21、整いつつあること(その二)

 俺の前でサラとサエラが立って俺を見下ろしている。二人は俺が仕出かしたことを叱ってるのではない。俺は、ただ自分の馬鹿さ加減に情けなくて四つん這いになって項垂れているだけだ。


「本当に今まで気づかなかったのか? 愚か者めが……」


 俺の背後からエルザークが呆れた声を投げつける。


「ああ、今まで気づかなかった。……何と言われても仕方ない」


 俺は魔法で様々なものを複製できる。

 実際、地球でサイズの小さいもの……種子や書籍を複製し、それをこちらの世界へ転送している。


 で、何に気づかなかったのか?


 思念伝達や思念回析の装飾品を複製すれば、必要数を揃えられるのにそれをせず、銀のペンダントや指輪を細工師が作るのを待って、出来上がったモノに森羅万象で魔法が定着しやすくし、サラへ渡していた。


 俺やサラが居なくても様々なモノを作れるよう、極力、力を使わないで済むようやってきた。だが、装備品などの品物に魔法が定着しやすい状態を作れるのは俺しか居ない。思念伝達と思念回析の魔法はサラ以外でもある程度の魔法力があれば使える。魔法ならその理と術式を理解できれば、あとは魔法力次第だからだ。


 俺しかできないのであれば、他人の手を煩わせる必要もない。その上、俺の魔法力なら百個や二百個の装飾品を複製することなど簡単。


 まずそんなことにも気づかずに一年近くもコツコツ一つ一つ作っていた自分に愕然とし、サラの一言で止めを刺された。


「あら、お兄ちゃん。森羅万象の訓練のためにわざわざ非効率的なことやっているのかと思っていたけどそうじゃなかったのね」



 ……わざわざ

 …………非効率


 ええ、何も言い返せませんでした。


「主様、誰にでも失敗はありますよ。でももう少し早く気づいても良かったように思います。あ……主様、そんなに落ち込まないでください」


 サエラの優しい言葉に俺は泣きそうになる。

 人はどうして悲しい時や辛い時に優しい言葉をかけられると泣きたくなるんだろう。


 泣いちゃうから、そんなに優しくしないで頂戴。


 久々にダンゴムシになりたい気分だ。


 ジズー族との戦争も終わり、新たな仲間を迎えられそうで俺も皆も喜んでいた。ちょっとやり過ぎはあったけど、ヴァイスもその辺は笑って済ませてくれたし、最近順調と思っていたんだ。ベアトリーチェ達とも仲良くやれていて家庭円満、ああ、なんて素晴らしいんだと思っていたんだ。


 俺だけが非効率的なことやっていたのなら、ここまで落ち込まない。


 だけど、ネックレスやペンダントに指輪を作る職人さん、思念伝達魔法や思念回析魔法を定着させるため毎日時間を割いてくれたサラとエルフ達、材料を探してあちこと歩いてくれた者達……忙しいのに多くの人達にいらぬ仕事をさせていたかと思うと、自分が情けなくてねえ。


「お兄ちゃん。いつまでそうしてるの? 自己嫌悪なら家でやってなさい」


 ああ、そうだね。

 今の俺ウザいよね。


 俺は俯きながら立ち上がり、”何かあったら呼んでね”と伝えてサエラと共にサラの家を出た。


「主様、そういえば神殿の森の私達の家にはライラも住めるよう部屋を用意してくださってると聞きました。ライラもとても喜んでいました。ありがとうございます」


 ライラは現在、サラの家に住んでいる。


 サエラが側室になると決まった時、一緒に住もうと考えたのだが部屋数が足りなくて、まさか側室のサエラと一緒の部屋というわけにもいかず、サラの家に住んで貰っていたのだ。姉妹仲がとてもいいから本当は一緒に住まわせたかったのだけど。


 現在、神殿の森で建ててもらってる俺の家は、部屋数は二十を越える。

 そんなに要らないと言ったら、シモーナから


「すぐに増築の必要が出たらどうするんですか? この際大きめの家を建てたほうがこちらとしては楽なんです」


 と叱られて受け入れた。


 ”そんなに度々部屋を必要とすることなんて無いのにね? ”とベアトリーチェに言うと、”子供部屋や、これから増える愛人の部屋などいくらでも必要ですよ”と笑顔で返事された。


 うーん、子供は判る。


 愛人?

 今でも十分すぎると思うのに?


 そもそもベアトリーチェの脳内では俺に愛人ができることは確定してる言い方だ。


 前の説明で、強い雄の責任とやらは一応納得してマリオンとサエラを側室にした。もうこれでいいだろう? という気分だ。だがベアトリーチェにはまだ足りないと思ってるフシがある。一度きちんと話さなければならない。


「ライラちゃんもサラと仲良くなったことだし、そんなに喜ばないんじゃないかと思ってたんだが、喜んでくれたか。それは良かった」


 腕を組んで歩いてるうちに、だいぶ気分が上昇してきた。


 サエラの髪から石鹸の香りが微かに漂ってる。

 銀の髪から優しい香り、サエラをギュッとつい抱きしめたくなる。

 ……自重するけども。


 そう、冬の間に化粧用石鹸と殺菌用石鹸の製造に成功している。


 亜人や魔族は衛生面に気を使わない。比較的気を使ってるエルフでも、殺菌という考えは持っていなかった。自然と隣合わせで生きる亜人や魔族。本来なら衛生面に気をつけないといけないのにまったく気をつけない。だから病気が蔓延することもある。


 これは絶対に良くないと、手洗いと入浴時などの洗浄機会には石鹸を使ってもらおうと考えてたのだ。今では、大人も子供も関係なく、家に戻ったら殺菌用石鹸で手洗いすることを強制している。習慣として根付くまでは強制することも厭わない。


 そして化粧用石鹸、これが女性の間で流行しているのだ。

 アマソナスやゴルゴンはもちろんエルフからも、石鹸の香りの種類をもっと増やして欲しいという要望が届いてるらしい。

 石鹸作りはエルフの女性達と里から来た女性達の仕事になってる。


 この世界にも石鹸はあったのだが、動物性脂肪原料のちょっと臭いもので女性からは不評だった。そこでオリーブに似た樹から採れる果実油を使ってみたのだが、これがなかなか良かった。それに俺達はガラス製造に必要な原料を作る過程で苛性ソーダを作ってるので、石鹸作りは比較的楽な仕事だ。

 苛性ソーダの取扱には十分注意が必要だからその辺はきつく言ってある。


 ちなみにシャンプーも作った。

 余談だが、最近はシャンプーを入れておくためのガラス容器作りが盛んだ。

 あとは浴衣さえ用意すれば、風呂上がりの女性の魅力が格段にアップするだろうと個人的には思ってる。


 石鹸の香りが香る湯上がりの女性に浴衣。

 ベタだけど最高の組み合わせだと俺は信じてるんだ。


 うちの仲間は女性の比率がとても高い。

 男女比、三対七くらいだろう。

 それは女性のみの種族や部族が多いからなのだが、おかげで、数少ない男を騙し……いえ、男性に注目されたい女性が多い。そういう女性には武器がいくつも必要らしく、香りの良い石鹸とシャンプーはとても歓迎された。


 今のところ外部に売りに出せるほど生産できないが、そのうち商品にと期待している。


 絶対に売れる!


「サラ様にはライラにとても良くしていただいて、文字を教えていただいて最近では一緒に絵本を作ったりしてるそうです」


「絵本?」


「ええ、ブリジッタさんが、子供に読ませるような本があればと言っていたのをサラさんが聞いて、じゃあ、文字を覚えるための絵本を作ろうということになったのだそうです」


 ふむ、版画で絵を乗せた紙に、文字を書いて……うーん、印刷技術までまだ手がまわらないなあ。


「なるほどな。楽しんでやれてるならいいね」


「ええ、とても楽しんでますわ」


 サキュバスというのもなかなか世間で生活しづらい種族だ。


 今もサエラは白いローブを被ってるのだが、このローブはサキュバスから出るフェロモンを吸収するのだという。淫夢を見せたり、特定の相手を催淫するのは意識してコントロールできるらしいのだが。


 だから外出する時は、このローブを被っていないと男からはやたらと言い寄られるし、女からは敵視されやすいのだという。当然、ライラも外を歩く時はローブを被ってる。


 今は十六歳になってるから自分の体質のことも含めていろいろ理解しているだろうが、幼い時は危ないロリ好き男から狙われて嫌な思いもたくさんしただろうし、うっかり外で遊ぶこともできなかっただろう。


 だから家の中で楽しめるモノが見つかったのなら、それはライラにとって喜ばしい。基本的に女性だけでサラは暮らしてるから、あそこに居ればライラもローブをずっと被っていなくていいからね。


 サエラとの会話でいろいろ考えてたら気分が完全に晴れた。


「ねえ、サエラ。このまま少し歩こうか?」


 知らない人が見たら、サエラがサキュバスなどとは信じられない、少女のような可愛らしい笑顔で頷いて、俺の腕に抱きついているサエラの腕に力がこもったのが判った。

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