11、港町オルダーン (その三)
一日十五時間労働を七日続けてやっと街全員の解呪が終わった。
解呪と治療が間に合わなかった人は居ない。街の人の中にも呪いがかなり進んでる人が居たものだから、事前に考えていたよりも日数かかってしまった。
今はとにかく休みをください。
体力はまだまだあるけど、精神的にとても疲れた。
治癒の方が早く済みがちで、誰も俺を急かせたりしないのだけど、下工程で人手が余ってるのに遊ばせる状況を作るわけにはいかんと、必死に急いだ結果、とにかく疲れた。
解呪をすべて終えた翌日。
俺はソルディーノ家の離れを借りている。
起きたのはいつもより一時間遅い。
ベアトリーチェは既に起きて朝食の準備をしている。
俺が目覚めたことに気づいたベアトリーチェが微笑んで
「あなたのそんな弱ってる姿は初めて見ましたわ」
「うん、今日だけはリーチェとしか会いたくない。例外はサラだけ」
「あら、サラさんがここに来るようなら大事ですわね」
「うん、余程のことが起きない限り来ないでしょ。だからだよ」
俺は下着だけの姿で顔を洗いに行こうとする。
「ダメですよ? そんな格好で動き回っちゃ」
まあ、俺とベアトリーチェしか居ないのだから構わないと思うのだが、それでもいつ誰が来るか判らないのだからベアトリーチェの注意に従っておく。
考えてみると、ベアトリーチェも今日までずっと治癒と俺の世話などで忙しかったはずだ。かなり疲れてるだろう。
「リーチェも疲れてるだろう? 今日は極力休んでね。食事も簡単なものでいいからさ。あ、そうだ。マルティナ達はどうしてる?」
「マルティナ達は昨日のうちに戻りましたよ」
「そうかあ、戻ったらお礼しなくちゃなあ。ほんと助かった。」
洗面所で顔を洗い、食卓につき朝食を食べた。その後、居間に置かれたソファに座り、横に座るベアトリーチェの肩に手を置くと
「あなた、お疲れ様でしたね」
「ありがとう。リーチェもお疲れ様」
口づけして彼女の肩に手を置き、温もりを感じながら、ゆっくりと流れる時間を俺は心地よく感じていた。ベアトリーチェも黙って俺に身を預け、目を閉じ俺との時間を楽しんでくれているようだ。
「このまま一日が終わってくれると、きっと幸せだろうな」
「そうね。でもそうはならないと思うわ」
「その予感が外れてくれることを祈るよ。今日だけはリーチェと二人でのんびりしていたい」
フフフ……と笑うリーチェ。
午前中は幸せだったなあ……。
あのままソファでうたた寝したり、目を覚まして、またうたた寝。ずっとそばにベアトリーチェが居てくれて、ああ、ほんわかとした、つい頬が緩むような幸せ感じられて良かったなあ。
俺の幸せな時間は昼食後数十分までは続いたのだ。
玄関のノッカーが鳴り、当主を含むソルディーノ家の全員が来たことをベアトリーチェから告げられ、俺の幸せな時間が終わったことを知る。
俺の前に来ると、彼らは頭が床につくのではないかと思われるほどの礼をしてきた。
「ゼギアス様。この度は真にありがとうございました。何でも出会った時には娘のアンヌが大変失礼なことをしでかしたそうで、そんなことがあったにも関わらず、私共と領民全てを助けていただいたこと、この御恩は命ある限り忘れません」
「いや、アンヌさんのことは、事情を知れば無理もないことですしまったく気にしていませんよ。それに困ったときはお互い様です。たまたま俺にできることがあって、皆様のお役にたてたなら良かったです。妻のベアトリーチェも俺と同じ気持ちですよ」
ベアトリーチェも黙って頷いている。
「それで、お礼はどのように……」
「いりません。いつか俺達が困ったとき、助けをお願いすることがあったなら、その時出来る範囲で助けていただければありがたいです」
俺はまだ国を作れていない。もし国ができた時は友好な関係を結べればと思っていた。
「いえ、それでは私の気が済みません。私をゼギアス様の侍女にしてくださいませんか?」
「侍女?」
「はい、ゼギアス様にはとても仲の良い素敵な奥様がいらっしゃいます。もし独身でしたら奥方に、奥様との仲がお二人ほど宜しく無いようであれば側室にでもと考えましたが、お二人の間には誰も入り込めないほど強い愛情を感じました。ですので、それは諦めました」
なんとも真正面からの言葉だろうか。ベアトリーチェを前にして、もし仲が良くなかったら第二夫人になろうとすら考えたとは。これはマリオンとは違う方向で俺の手に負えない女性だな。
でも話し始めてから今まで一度も俺から目を逸らしていない。
本気だというのはよく判った。
まだアンヌは続ける。
「しかし、私はゼギアス様のお役に何としてでも立ちたいのです。家督は長男の弟が継ぎます。ですが、呪いの街の噂は広く知れ渡っていて、私を嫁や側室に迎えてくれるところなど無いでしょう。つまり私はソルディーノ家のためにも、オルダーンのためにも役にたてません。ですからどうか、ゼギアス様の侍女にしていただき、おそばで可能な限りこの身を役立てて、今回の御恩を少しでもお返ししたいのです」
ふむ、呪いの街の噂は俺は知らなかっただけで、ベアトリーチェは知っていた。
イワンも知っていたしな。この噂が消えて、他の地域の人達からの偏見が消えるまではしばらくかかるだろう。それなりの地位にある人は、今はもう大丈夫と知っても、過去に呪われていた時期があったというだけで避けるだろうしな。
「娘とは昨夜話し、家族全員納得しております。ゼギアス様、どうか娘の願いを叶えてやってはくれませんか?」
領主達も了解済みなのか。
娘の幸せに何が一番良いのか悩んだのだろう。俺のところへ来ることが幸せだと判断したのか……それは嬉しいけれども。
「あなた、領主様のご長女アンヌ様を侍女にというのはどうかと思いますが、お仲間の一人としてご協力いただいたらいかがですか?」
どうやらアンヌと領主の言葉はベアトリーチェの心を動かしたようだ。
だが、アンヌ達には俺の仲間になる上でハードルがあるんだ。
「実は今、エルフ達と共に、いろいろと実験しています。新しい食料生産。新しい工芸品製造などです。そうしていずれ経済的に自立し、グランダノン大陸南部からいつかは争いを無くし、亜人や魔族が大国の奴隷として使われないで生きられる国を作りたいと考えています。今はまだその道は遠いんですけどね。アンヌさんがもしこれまでの魔族への恨みを表面上だけでも出さずに彼らともやっていけるというなら、俺の仲間として迎えられます。できますか?」
「できます。ゼギアス様が恨みを捨てろと言うなら必ずそうなってみせます。今はまだ恨んでいますが、必ずこの気持ちを整理してゼギアス様のお役にたってみせます」
おっと、即答ですか。
そう言えば俺の血に魔族の血が混じってると知ってるんだったな。
もしかすると彼女にとっては想定内の話だったかもしれない。
「では、これから宜しくお願いいたします」
ここまで覚悟した上でならこちらも信用できる人手は一人でも多く欲しい。
俺とアンヌは握手した。
「そういうことでしたら、うちの使用人ゼルデもお連れください。あれはもともと商人でしたから、経済的自立を目指してるゼギアス様のお役にもきっと立つでしょう。後でこちらに寄越しますので、ゼギアス様のお眼鏡に叶うようなら連れて行ってやってください。ゼルデも恩を感じておりましたからゼギアス様にきっと忠誠を尽くすでしょう」
少し雑談し、港町オルダーンとも今後付き合いを深めることを約束した。
その後、ゼルデが来たので事情を説明したら、アンヌ以上の熱意で俺のところで働かせて欲しいと願われた。アンヌの訓練に付き合ってきたので剣も使えるからと言う。特別に力はなくても人間男性であることが重要な場合もあり、それを今のところ俺が一人でやってるようなものだったから、ゼルデの申し出はとても有り難い。アンヌとゼルデの剣の腕はまだまだだから、マリオンに鍛えてもらえばいいかもしれない。
そう考えて俺はゼルデの忠誠を受け取った。その様子を見ながらずっと考えていた様子のアンヌの叔母シモーナが、アンヌに着いてきたいと言い出した。
そろそろ五十に手が届くのではと感じる領主の妹として見たらずいぶん年の離れた若い女性で、最初に叔母だと紹介されたときは、アンヌの姉の間違いじゃないのかと疑ったものだ。この女性も呪いのせいで他家に嫁ぐこともできずに、いつまでもここにくすぶっているのは嫌だということ。
人間から見て別種族と判らない者はうちには少ない。だから、人間の協力者が欲しいのは確かだ。俺とサラそしてマリオンだけだった。今回、アンヌとゼルデが加わってやっと五名だ。
でもなあ、俺達の住んでるところは、戦闘力や防御力の無い人には生きていくのに楽な場所ではない。アンヌやゼルデは騎士として多少は訓練していたから、あと少し鍛えればいいだけだし……と考えてたところ
「私は経理が得意です。この領地の数字も私がずっと管理してきたのです。ゼギアス様が経済的自立を目指すというのであれば、数字に強い者が必要になるでしょう。確かに私は戦いに向いた力は持っていません。ですが、経済での戦いには必要な力を持っていますわ」
わお。正論きました。
確かに、そうなんだよな。これから数字に強い人材は必要なんだ。だがそれだと数字を管理していた人材がここから居なくなることになり困るのでは? と質問すると
「それは私がやるので問題ないです。ちょうど良い機会ですからクラウディオにも覚えさせればいい」
領主様が問題はないとはっきり言うのだから、こちらとしても欲しい人材を断る理由がなくなった。では、お願いしますとシモーナさんに伝えると嬉しそうに
「飛竜にも乗れるわ~」
おいおい、本当は飛竜に乗りたかっただけじゃないのか?と危うく思ってしまいそうなほど喜んでいる。家から飛び出て、ソルディーノ家の庭で大人しく寝ている飛竜に近づき、鱗をそーっと触るところなど子供のようだ。
「叔母はいろんなところを見て回りたかった活発な方なのです。でもああいうことがあり、領地の外へ出ることも叶わなくなり、とても悲しかったのだと。それでやっと外の世界を見られるとはしゃいでいるのですわ」
アンヌが叔母の状態を説明してくれた。
嫌いなタイプじゃないな、いやどちらかと言うとああいう活発なタイプは好きなタイプだ。
さて、今日は休んでいようと思っていたけど、こうなってはそれもできないだろう。
「リーチェ、一旦、帰ろう」
「ドワーフのところへは行かないのですか?」
「うん、それは日を改めて行くことにするよ。だって見てご覧?」
ソルディーノ家の門から見える場所でイワンがこの街の人相手に商売を始めていた。どうやら商売繁盛の様子で、イワンの顔には満面の笑みが浮かんでる。
後ろを振り向き領主様へ
「あの男がもし適正価格以上の値段で商売してるようでしたら、俺にすぐ教えてください」
その言葉を領主様に伝えた時、俺の表情はきっと悪い笑顔だっただろう。
だがさすがは領主。俺の意図を汲みながらもその笑顔には悪者感はまったく感じられなかった。俺のほうがいくつもの人生を経験してるはずなのにな。
今日は、自分の至らなさを痛感いたしました。
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