十年前。日比野相木。七歳。花咲町に位置する、とある地区。

 盆地なので夏でも夜の間は涼しいこの土地は、今日も穏やかに次の日を迎えるはずだった。

 午前零時。


「ん……」

 日比野は、目を覚ます。

 あたりに光が満ちている。時計を見ると、ちょうど午前零時だ。日比野に両親はいない。後に太陽兄ちゃんと慕う日向太陽に出会う以外に、親族的なものは存在していないのだ。児童養護施設の窓からあふれる光を前にして、日比野相木は起き上がる。

 そして……。


 ガガガガがガガガがガガガがッ!


 町に鳴り響く轟音。すぐに職員が日比野たちの下へ走ってくる。

「大丈夫ッ!?」

 どうやら、大規模な地震が起きているらしい。棚の食器が割れている。しかし、日比野以外の子供や大人は、光については気付いていないようで、必死に懐中電灯を探っていた。

(俺にしか……、見えてない……)

 

 すぐに街の小学校の体育館へと避難する大人たち。あわただしく移動する大人たちをよそに、日比野は町を出ていた。そして。

「日比野くん……?」

 見知った顔がこちらをのぞき込んでいた。可愛らしい同級生の女の子だ。

 田中桃子。

「あの……その……。『光』、見えてる……の?」

 不安になって、クラスでよく接している日比野に話しかけたのだろう。日比野はうなずく。

「あ、うん。俺も光が見えてるんだけどよ……。周りの人たちは全然見えてないみたいなんだ」

 すると、もう一度揺れが起こった……。


 今度は強烈な轟音ッ。塀が崩れて中の大人たちが慌てだす。

 日比野は悟った。何かが起こっている。

「桃子ちゃん、こっちだ!」

 必死に田中桃子の手を取り、日比野は駆け出す。確実に何かが起きている。

 そして、町を異様な光景が包んでいた。


 花。

 花花花花花花花花花。開花する花、枯れる花、芽吹く花、蕾の花、実をつける花。ありとあらゆる花が町のいたるところに咲き誇っている。

「こ、これ……なぁに……?」

 桃子は、塀が崩れた町の中を花に見とれながら歩き始める。

「わからないよ。……でも、こんなのおかしいよ」

 日比野は、怖かった。しかし、この花や正体不明の明かりが自分たち以外に見えていないのだとしたら、……もう常識が通用しない。学校で教わったことも、施設で教えられたこともだ。

 日比野は、頭を抱える。

「……大丈夫だよ?」

 桃子は、怖がっている日比野の肩に、そっと手を置いた。

「え?」

「大丈夫。こんなにきれいな花が咲いてるんだよ? 怖いことなんて起るわけないじゃない……」

 街に出ている人はほかにもいた。日比野は、おそらく自分たち以外にもこのたくさんの花が発する光に気付いた人たちが、いるのだと悟った。

「……」

 すると、一本の花が急速に成長し、日比野の方に延びてきた。そして。

「うわぁッ!」

 日比野の体を貫き、めり込んでくる。のちに調べると、この花はトリカブトであることが分かった。

 不思議となんともなかった。ただ、体の中に光が満ちていくのが分かる。

 周りを見ると、他の人たちも様々な花に貫かれている。そして、体から花が生えてきているのだ。

「日比野くんッ!」

 一瞬その光景に見とれているときだった。

 田中桃子の体に。

 花が。

 日比野がよく知っている。

 〇〇〇〇という花が。

 めり込んでいた。のだが。

 その根元を見てみると。


 石があった。

 そう、ただの石ころ。

 そこから伸びる〇〇〇〇。

 

 彼女の表情は、恐怖で怯えていた。何故だったか、一七歳になれば分かった。

 ニャルラトから教えられた、『意思を持つ石』。それこそが花の日のトリガーなのだと。そして、石から生える植物にとらえられたものは。

『決定的な能力』を発現し。次の花の日にトリガーとして、犠牲になる。


「へ……?」

 十六夜は、間抜けな声を上げる。日比野は続ける。

「だから、俺は窓ガラスなんか割ってません。こんな能力を持っているにはいるけど、……おそらく伏見さんの所でしょう? 俺はやってないんだ。他に犯人がいるはず」

「だ、だとしたら。どういう……」

「……すべては、『言隠詩』という人物が知っていると思います。貴方が誰かは知らないが、たぶん『花の日』の能力者。ちょっとは何か、知ってるんじゃないですか?」

 すると、十六夜は、はっとした表情を浮かべて、慌てて説明しだした。

「しし、知ってるも何も! 今日、昼に会ったッ!」

「会ったってッ!? どこで?」

「しょ、商店街でゲームを買ってもらうのに、付いてきてもらった……」

「……今、彼がどこにいるのか分かりますか?」

「それが、深夜に出かけるから睡眠をとるって言って、古臭い神社の方に行ったから……。今頃は、その廃工場に行ってると思う……」

「そうですかッ」

 日比野は、駆け出す。

 まずい。

 既に、ニャルラトは、面白半分で詩を引っ掻き回そうと接触しているのだッ!

 しかし……。

(言隠詩ッ。花の日以外の能力者ッ!)

 日比野は走り続ける。廃工場に向かう。


「どうしたんです? 日向さん? こんな夜遅くに……」

「す、っすまん! どこかで、日比野相木って高校生が補導されてないか!?」

「え、えっとわかったっすッ。ちょっと調べ……」

 交番に駆け込んだ太陽。日比野が見つからない。

(何処に行ったんだッ。日比野……。一体どこに)

 すると、交番の前を通る人影。

「あッ!? 夜見ッ! 月夜!」

 そう、姉弟だ。そして、自分が知らない女性もいる。

「その人は……?」

「あ、ども。伏見の友人の十六夜って言いまーす!」

「な、なんでこんな時間まで」

「いや、お、お兄さんでしたか……いや、そのー」

 十六夜は、目を泳がせる。

「怒るのは、後にしてもらえると嬉しいんですがーね? なんか、フード付きパーカーを被った高校生ぐらいの少年が不良をボコってたもんで……」

「そ、それって……」

 間違いない。日比野だ。

「太陽兄ぃ……どうかしたの?」

 月夜が、心配そうな顔をして交番に入る。

「悪いッ。先に家に帰っててくれ。あと、十六夜さん。事情は後で聞きますッ。じゃあ!」

「待って!」

 声を上げたのは夜見だった。

「太陽にぃッ。一緒に行かせて!」

「き、危険だッ! 何を言って……!」

「その人、太陽にぃの大事な人なんでしょ……? 僕たちもいくッ、異論は認めないよ」

 続けざまに、姉、月夜も言った。

「それにね。最近周りの様子がおかしいの。私たちが狙われたり、伏見さんの記憶を消した後も、不審者がうろついてたり。きっと何かあるんだよ!」

 もう一度、夜見が話す。

「それにさ……太陽にぃは、『能力を持ってない』。もし何かあったら。逃げる手伝いくらいはさせてよ!」

「……わかった」

 太陽は了承した。

 

 物語が崩壊していく。

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