トリカブト【物リン】

玲門啓介

 パソコンの光。

 画面の光。

 その人工的な光は、暗闇に包まれる部屋の中での唯一の光だった。コンビニエンスストアのおにぎりを貪る音と、キーボードを打つ音だけが部屋にこだまする。

「相木ぃー。お前、そろそろ出て来いよ」

 日向太陽の声が、ドアの前で響く。

「あー、太陽兄ちゃん。もう少しやらせて」

 すかさず返事をするこの少年。日比野相木ひびのあいきは、涼し気なフード付きパーカーを羽織っており、ヘッドホンをつけて、パソコンで作業している。その眼は、元気そうな声とは裏腹に、死んだ魚のようなものだった。

 この二人がいるのは、花咲町のとあるマンションだ。駅に近いということもあって、田舎と言えどマンションぐらいはある。その三階だった。少年、日比野相木はパソコンで調べ物を続ける。

 もっとも、調べているのは『日本国最高機密』レベルの情報だが。

 この日比野相木は、一七歳。平日の昼間に部屋に籠っているのは、通信制高校に通っているからである。いろいろと自身の能力を使って、とある詮索活動をするため、一年前に地元の有名進学校から通信制に転入したのだ。

 日比野相木の能力。『アイゼンルフト』。

 気体、主に大気を圧縮、硬化して固体状にする能力である。十年前に、この能力を手に入れてから、彼の日常はおかしくなり続けている。


 曰く、『花の日』


 十年前、この町で起こった忌まわしい出来事。その真髄を知るものは一人としておらず、その対価によって『異能力』を植え付けられ、開花させられたこの町の住民は、数えきれない。

 彼は、うんざりしていた。あんなことが起こらなければ、今頃俺は『普通』の学校生活を送っていて『普通』の日々を送っているはずだった。しかし、高校に入ってから、『奴』に会ってしまった。そう、一度。『たった一度会っただけで』。フラッシュバックする。記憶が。


「誰、……なんだ?」

 目の前にいるのは。褐色肌。黒いスリット状の服。流れるような銀髪。日本人だとは思えない。そして、路地裏でさえ光っているかのように錯覚させる美貌を持っていた。その女は、無邪気な声で、こう告げる。

「んーッ! いい質問! そうだねぇ。通りすがりの『神サマ』とでも言っておこうか?」

 女は、路地裏で休憩していた日比野に近づく。

Nyarlathotepニャルラトホテプって呼んでくれるといいな。僕のこと」

 どこか妖艶だが、どこか危なそうな雰囲気をまとったその女は、日比野にこう告げた。

「えっと……。来年あたりかな。『花の日』。もう一回起こりそうなんだよねぇ……」

「……はッ?」

 この女の言っていることが理解できない、そう日比野は思った。

「僕は、『ニンゲン』大好きなんだッ! だから、君たちがもっと発展できるように、異能力をプレゼント! したいんだよね。でもでもぉ、九年前の花の日を人間に起こさせたときにはぁ、なんだかいろいろトラブっちゃってさぁ? 外国で起こしたときに比べたら、ちょっと小規模なんだよねぇー……」

 曰く、この女、ニャルラトホテプこそが、花の日の真犯人らしい。

「君たちの脳機能に影響を与えて、妖怪やら花言葉やらを具現化する方法は、だいぶうまくいったから、次こそは『新世界』に着手したいのさッ!」

 彼女は、輝く目で日比野に詰め寄る。

「お前は何が言いたい……」

「そーそー。君、不幸なことに、友人の中に生贄ちゃんがいるんだよねぇ!」


 パソコンの画面が切り替わって、現実世界に引き戻される。

(そうだ。……ニヒリストの俺にも、しがみつくものがあるはずだ)

 彼は、そっとパソコンの画面で情報を抜き取る。

(セキュリティー甘すぎ。これが国家の最大機密? ……『人間の脳機能を再現した石ころ』……。なるほど。とりあえず、『この町にあるその石ころを見つけ出して破壊すればいい』ってわけかッ。あとは、……)

 カタカタ。

(危なそうなのが、一人。『言隠詩ことがくれうた』)

 相木は考えた。自分はやらなければならないとッ。

(太陽兄ちゃん……。ごめんな。俺、あんたの思ってるようないい奴じゃねぇんだ。あんたは警察官。これから俺のやることは許せないだろうけど。俺はやめるつもりはないッ)

 これから相木のやることは決まっている。


 元の高校の親友ッ。『田中桃子たなかももこ』を守るためッ!

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