(3)


「あんたと俺は何かが似ているな。俺も両親からつまはじきにされてるからな。

 あ、別にあんたが両親に疎まれているってことじゃないからな。あくまでも俺の方の話な。

 俺の生まれた家は初めからそれなりに大きな商いをしていた。だから親父もお袋も忙しかったから、俺の相手は専ら使用人たちだ。

 町を歩けば親父やお袋と手を繋いで歩いているガキ共を沢山見て来た。今はそう思わないが、小さかった頃の俺はそれが凄く羨ましくてな。

 どうして僕にはお父さんもお母さんもいないの? って本気で思ったものだ。使用人は言って聞かせてくれたよ。旦那様も女将さんもお忙し過ぎて、可愛い坊ちゃんと触れ合う機会すらないと嘆いております。もう少し、我慢して下さいね――ってな。だから俺は子供心にこう思ったわけだ。

 お手伝いをして、お仕事が早く終われば少しだけ手を繋いで一緒に歩けるかもしれない。

 今にして思えば単純馬鹿だとは思うがそのときは本気でそう思っていた。

 だから簪を……ああ、家は簪屋なんだがな、簪を並べるのを手伝ってやろうと思ったわけだよ。そしたらあんた、『何しているの!!』と、平手打ちが飛んで来た。実の母親からだ。俺は手伝おうとしただけだと言ったが、母親には聞く耳が付いていなかったらしくてな、一方的に『ここは子供の遊び場じゃない! 仕事場には来るなと何度言えば分かるの!』と来た。

 あんまりだとは思わないか? 子供ながらに精一杯考えて出した結論を木っ端微塵にした挙句、自分らがいる仕事場には顔出すなと来た。

 その頃は小さかったから、反抗心よりも嫌われてしまうことの方が嫌だった。

だから俺は言われたとおり、仕事場には近付かなくなった。母屋にいて大人しくしていた。そうしていればその内どっちかが迎えに来てくれると思った。でも、来なかった。朝から晩まで待っても来なかった。ずっとずっと来なかった。挨拶すら返してくれなかった。

 それでもな、まだ親父は声を掛けてくれたんだ。お袋の眼がないときだけだけどな。お袋は徹底して俺を無視した。俺は自分が何をしたのか全く身に覚えがなかった。どうして自分が母親から嫌われているのか見当が付かなかったんだ。

 それは次第に不満に変わっていった。不安が不満になったんだ。不満になったなら不快になって、不快から怒りに変わった。

 あれは十歳過ぎ頃か? 俺は来るなと言われている売り場に出て行って、自分にはけして向けることのない笑顔を浮かべて接客しているお袋の横で、商品棚をひっくり返してやった。

 当然怒られたさ。折檻もされた。折檻って言うのはやり過ぎても駄目だし、優し過ぎても駄目だと言うことで、いつもお袋がやっていた。

 そのときだけ、お袋は俺を見た。叩きつけられる言葉は罵声だけだったけどな。そのときだけは見てくれていたんだ。

 俺はいたずらを度々繰り返した。そうでもしなきゃ、お袋はこっちを見ようともしないからな。今となっては何だってそんなにお袋にこだわっていたのかわからねぇ。

 向こうがこっちをいらねぇっていうのなら、俺だっていらない。その代わり、生んだ責任だけは取ってもらわなくちゃ困る。だから俺は店の物を使わせてもらってるんだ。

 家にいても誰も俺の話を聞こうとはしない。俺自身を必要として、俺自身を好きになってくれている奴はいない。家に居たって、両親は俺には構っていられない。使用人は雇い主の息子だからそれなりに気を遣って接して来るが、もしも俺が使用人の息子でなけりゃ誰も俺の相手なんてしない。

 だから俺は家を出た。話の合う連中を見つけた。そしてあんたは俺のことを待っていてくれる。俺を本当に必要としてくれているのはあんただけだ。

 それとも、あんたも他の連中と同じで、今まで誰も来なかったところにやって来た、ちょうどいい話し相手でしかないか? だとしても、俺はそれでかまわねぇよ。あんたは特別だ。他の連中にだったら腹が立つところだけどな。あんたは別だ。

 いや、なんだ、引かれると困るんだが……あー、あれだ。つまり、お互い様ってことだ。あんたは俺が来て楽しいと思ってくれてる……んだよな?

 それと同じぐらい、俺は必要とされていることが嬉しいんだ。金をばら撒いているわけでも、物を貢いでいるわけでもない。ただ話をしに来ているだけだ。それでもあんたは喜んでくれている。他の何者でもない。俺自身があんたを楽しませてるんだ。俺はあんたのお陰で自分の存在価値を見出した。だからお互い様だ。むしろ俺の方が感謝してる。だから俺はあんたが喜ぶ事がしたい」


 その後から、平汰は着物や簪。小物など、来るたびに置いて行くようになった。

 水菜は誰かから贈り物をされたこともなかったために、とても嬉しかった。

 同時に、何も返せないことが心苦しかった。そのことを正直に言うと、平汰は笑いながら言った。

「そんなことは気にする必要なんてないよ。俺はあんたにあげたくてあげてるんだ。ほら、これ付けてみろよ。おお、やっぱり似合うじゃないか。

 そうそう。そうやって笑ってくれればそれでいいんだ。俺はあんたを笑わせられていることが嬉しいんだ。あんたといれば、俺は一人じゃない。あんたがいるだけで、俺は満足だ。もしも返すものが何もないってことを気にしてるんなら、ずっと俺が来ることを待っていてくれないか? 俺のために、俺の居場所になっていてくれないか? 俺はあんたがいればそれでいい」

 思わず涙が出た。自分のような人間でも、誰かに必要とされることがあるのだと初めて知った日だった。道具としてではなく、一人の人間として、水菜として必要とされたのだ。

 水菜は泣いて喜んで、頷いた。

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