妖魔合身

「ご当主! これ以上は危険です!」


 式札しきふだが貼られた縄で三重に囲まれた空間の中央に、芦屋猛の顔を持つ身長二メートルを越える禍々まがまがしい気を放つは居た。四つん這いのまま芦屋隆造を睨む顔こそ芦屋猛であったが、真っ白な術師服からはみ出る手足は獣のようにごわついた体毛で覆われ鋭く長い爪が生えていた。瞳は血走り、牙こそ生えていないが半開きの口端から涎を垂れ流し、既に人としての意識が残っているかも怪しい。


 板張りの部屋には芦屋隆造とその一門の者達が壁際に立ち、何かを唱えながら縄で囲まれたに向け手をかざしている。作業に集中する皆の視線は鋭く、額から汗を流している者もいる。

 

「判っている。だが、これではあの玖音どころか、あの尸解仙にも勝てぬ」


 芦屋隆造の隣に立つ術師の一人へ鋭く言い放つ。


「いくら元が術師でも、既にあやかしなのです。ご当主の禁呪で無理矢理に力を増そうと、の霊核の器を越える霊力を持たせることはできません」

「栄をここへ連れて来い」

「ご当主!」


 隆造の言葉が意味するところを悟った術者は、悲愴さを目に浮かべて抗議を言葉に込めた。


「……我らの目指すところも玖音等には知れていよう。我の力も把握されている。いくら力を持っていようとも、芦屋があやかしに屈するなどあってはならんのだ」

「お互いに領分を侵さねば宜しいではないですか」


 自らを納得させるように、隆造は険しい表情のまま淡々と告げる。 


「ああ、その通りだ。だがその状況は、あくまでも芦屋が上であってこそのものでなければならん」

「何故でございますか? 神渡ビルのあやかしどもは人間社会との共存を目指していると、ご当主自らが仰っていたではありませんか?」


 自負? 信念? その双方が入り交じった強さを、術師は隆造の言葉から感じた。しかし、その言葉の圧力にたじろぐことなく問い詰める。


「我らの祖である芦屋道満は安倍晴明に勝てなかった。術師同士の勝負の結果だ。それは受け入れよう。だが! 陰陽師としての誇りある限り、芦屋家があやかしに力で劣るなどということがあってはならん。術師として安倍晴明に負け、今度はあやかしにまで負けるというのか! そのようなこと認められるか!」


 芦屋隆造自身にも自身の行いに迷いはあったのだろう。その迷いを消すかのように、語気を荒げて思いを吐いた。隆造を問い詰めていた術師は、引き続き言葉を続けようとした。

 だがその動きは、式札が貼られた縄で縛られた芦屋栄を伴った術師の言葉に遮られた。


「連れて参りました」


 栄の左右で術師が腕を掴んでいる。その一人が不安そうな表情で伝えた。

 身体は猛ほど大きくもなく、表情にも人間らしさが残っているが、口元に皮肉屋のような笑みを浮かべていた栄とは違い荒々しい狂気が瞳にも表情にも現れている。


「よし、そのまま中へ入れろ」


 術師に押されて、縄で囲まれた空間へ栄はヨロヨロと歩みを進める。足に力が無いというよりは、命令に従っているだけ栄の意思が歩みに感じられない。

 栄に向けて隆造は手を向け、術をボソボソとつぶやいていた。

 本来ならば、あやかしは式札を貼られた縄の内側へ入ることはできない。だが、隆造の術で縄を越えようとする栄の動きが阻まれている様子はない。


 壁際に立ち並ぶ、猛へ向けて術を送っている術師達の表情には焦りがある。これから何が起きようとしているのか全員が察しているようだ。


 栄が縄の内側に入ったのを確認した隆造は、手を一旦降ろして周囲を見渡す。

 再び、猛と栄に目を向け、これまで以上に険しい表情で口を開いた。


「では、先ほど伝えたように、猛と栄の妖魔合身ようまがっしんを始める。芦屋道満が、安倍晴明使役する十二神将に対抗するために開発した秘術。しかし道満は成功しなかった。我らは研究を重ね成功させた……」

「成功はしましたが、それは力の弱い……低級なあやかし同士で……」


 思いとどまるようにとまだ実験が足りない事実を隆造に伝える。

 術師にチラと目を向けた後、意に介した様子もなく彼は話を続けた。


「皆が恐れていることは理解している。妖魔合身で生まれるあやかしは、それまでより大きく力を増す。二体の力を合せたより飛躍的に大きくなる。あやかしは別のあやかしに変わったとも言うべき存在になり、契約が一旦白紙となる。故に、調伏して新たに契約しなおさねばならない。それが可能か不安なのであろう?」

「左様です。意識が残る栄の術師としての力はかなりのものです。ですが、暴走寸前で意識も残らない猛と合身させて契約できるか……」


 コクリと頷くのを見た術師達の目には期待があった。しかし、続いた言葉を聞き落胆の色に変わった。


「だが、猛の力が必要なのだ。暴走したあやかしの力が必要なのだ。それも陰陽術の修行の中で体得した……霊気を周囲から取り込む力を持つあやかしが必要なのだ」


 芦屋隆造は、周囲の意見を蔑ろにするような当主ではない。どんなことでも必ず一考する。だからこそ芦屋家の家人は、大切だと思えることは隆造の方針に反しても意見する。

 そして今回の合身については、ここに至るまで何度も意見してきた。


「我の意地に付き合わせる。皆、すまぬな。……力を貸してくれ……始める」


 三十数人の術師達の覚悟した表情を目に留め、芦屋隆造は栄に両手を向けた。

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