増えた選択肢

 みんなを呼んで話した玖音の用件とは、これからのことだった。


「神渡ビルを建てたのが五十年前。一度建て替えてからそろそろ十年が経ちます」


 大会議室で一人立つ、小豆色の和服姿の玖音は、パイプ椅子に座るおよそ百名のあやかし達をその金色の瞳で見回す。


「あやかし達の間ではこのビルも有名になっているようで、頼ってくる者も最近増えました」


 顕の状態になれ人化できるあやかしならば働けるが、なれないあやかしは働けない。このビルに住むならば働かなくてはならない。つまり幽の状態のあやかしはこのビルに迎え入れることはできない。


 あやかしの多くは顕の状態になれないから、頼ってきた者の多くを断っている。生きることが難しくなって日本の各地から来るあやかしを何とかしたい。だが今のままでは難しい。


「そこで、宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様に相談したところ、高天原の一角に居住地域をいただけることになった」


 日本の神々が住む高天原。

 そこならば神渡ビルほどではないにしろ霊気が多く餌も豊富で、あやかしが生きていくのに不便はない。

 困窮して人を襲わなければ生きていけないようなあやかしは、高天原に移住させたほうが良いという宇迦之御魂神うかのみたまのかみの判断だそうだ。


「高天原への移住を希望する者は、いつでも言ってきて欲しい」


 高天原では、このビルでのような人間と同じような仕事をしなければならないわけではない。だが、修行はしなければならないし、神々のお使いやお世話もしなくてはならない。

 高天原と現世のどちらで暮らす方が性に合っているかだ。


 俺や葉風たち妖狐姉妹は、殺生石回収という仕事があるから、高天原に住む選択はない。だが、他のあやかしはどちらかを選べるようになった。


 このビルでの生活に不満があるあやかしが居るかは判らない。だが、不満があっても我慢し続けなければならない状況ではなくなった。それはいいことだと思う。


 俺と葉風たち姉妹以外に、玖音から解散が告げられた。

 他のあやかしが大会議室から出ると、玖音は俺達のところへ近づいてきた。


「頼ってくるあやかし達の中には、避難してきた者が居るの」


 弱いあやかしを襲って食べるあやかしが日本の各地に頻繁に出没しているという。

 ニセウから聞いた話と似ていた。


宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様は、そのことがあるから高天原と相談してくださったの」


 俺はニセウから聞いた摩周湖周辺でも同様のことが起きている件を話した。


「そう。はっきりと判る地域は、北海道、長野、三重、九州。他の地域でも起きているかもしれない」


 美しく整った表情を曇らせ玖音は黙る。

 そして再び口を開いた。


「殺生石の探索、芦屋家の動向、そしてあやかしを襲うあやかし。稲荷にはこれらに注意して調べて貰う必要がある。悌雲一人で全部仕切るのは難しいわね」

「では、あららぎを悌雲の補佐役にどうでしょう?」


 風香が玖音に提案した。

 蘭はBAR薫風で長年働いてきた地狐。バーテンをやりながら客からの情報を集めている。笑顔を絶やさない温和な男で客からのウケもいい。情報収集役なら立派に務められるだろう。


「いいの? 蘭の代わりを務められる妖狐は居る?」

「ええ、彩雲がもうじき気狐に昇格できそうなくらいまで育っていますし、他にも成長した者がいます」


 風凪も頷いているのを玖音は確認した。


「助かるわ。じゃあ、蘭を悌雲の補佐役に就けましょう。……では、悌雲からの情報があり次第、総司と葉風には動いて貰う。いいわね?」


 俺も葉風も強く頷く。


「あ、総司。あなた達には、朝凪の代わりに家事を手伝う者を一人付ける。あとで部屋へ行かせるから宜しくね」

「朝凪の代わり?」

「総司達はトレーナーの仕事の他に、風香達のバックアップや、殺生石の回収などと仕事が多い。せめて家事くらいは楽にしてあげなきゃね」

「どんな子なんですか?」

「名前は紫灯しとう。地狐になりたてで、人化できるようになったばかりなのは朝凪と同じ」

「他には?」

「……えーと、と、とにかく頼むわね? ほら、ニセウのお世話もあるしね?」


 え? 頼むわね? 俺達の身の回りの世話係じゃないのか?


 急に落ち着きを失った玖音は俺達から目を逸らした。


 紫灯に何か問題があるのは間違いない。

 だから、俺達に預けたというところか。


 まぁ、玖音がこのビルに置くのだから、悪さをするような奴ではないだろう。


 俺と葉風は顔を見合わせ、玖音の態度の意味を理解しあって苦笑した。


「判りました。つまり、身近に置いて躾けてくれということですね?」

「あ、ま、まあ、そうと言えばそのようなものね……」

「姉さん。いつになく歯切れが悪いですね? でもいいですよ」


 いつも毅然としている玖音が冷汗をかいている。

 俺と葉風に申し訳ないと感じているのは確かだ。


 だが、俺達の他には任せられないということだろう。

 ならば、ここは玖音にささやかでも恩を売っておくのもいい。

 いや、恩返しかな?

 和泉の件で、荼枳尼をビルに受け入れて貰ったからな。

 ……貴い犠牲朝凪のしもべ化は生じたが。

 でも、朝凪あいつは喜んでいるから結果オーライか?


 まぁいい。

 きっと紫灯ともうまくやっていけるだろう。

 そう思うことにしよう。

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