妖狐達
荼枳尼から聞いた、「どこかの陰陽師が鵺を強化しようとしているらしい」ことを玖音に伝えた。
報告を聞いた玖音は、静かな部屋の空気をキリッと引き締めるような緊張感を醸し出している。何だろう、静かな怒りと言えばいいのだろうか。同じ空間に居ると俺まで感化されて、言い知れぬ怒りを現わしてしまいそう。
「怒ってらっしゃるのですか?」
この場の重苦しい緊張感に耐えられずに訊いた。
「ええ、あやかしを利用して何をしようとしているのか判りません。……あやかしを使って人間に害を為す者が居るから、いつまでも人間とあやかしは共存できない。もちろん、共存するために越えなければならないハードルは他にも数多くあります。でも、他者を害する者が……あやかしであれ、人間であれ……どちらにも居なくなれば大きな一歩を踏み出せる。……だから私は怒っているのです」
玖音が人間とあやかしの共存を考えているとは知らなかった。現在の神渡ビルでやっていることは、人間にあやかしとバレないように人間社会に馴染むこと。確かにこれでは共存とは言えない。あやかしという存在は無いことになっているのだから。
口を真一文字に結んだ玖音の視線は空間の一点を見つめ、その先に何を見ているのか俺には判らない。まだ見ぬ犯人の陰陽師か、それとも共存に向けた険しい道か。キツい視線の先が何であれ、神渡ビルのオーナーであるというだけでなく、しかと目標を見据えている玖音はやはり俺達のリーダーなのだと感じた。
「荼枳尼様は、千葉県の方角から怨気を感じたと」
「判りました。悌雲には千葉方面を中心に探索させましょう」
余計なことを言う必要はない。玖音から感じる怒りと決意は、断固として犯人を許さないと俺に伝えていた。ならば、あとは報告を待つだけ。そして発見次第動く、それだけだ。
「では」と一礼し玖音の部屋から出る。
自室に戻る間、術者は鵺を強化してどうしようというのか考えていた。
鵺は、頭は猿、体は狸で尾は蛇。そして手足は虎といういかにも異質な形をしたあやかしだ。身体的な能力は優れているに違いない。そして異様な声で鳴くということも知られている。
だが、それだけだ。
妖狐のように
自室の扉を開けると、葉風の他に風香と風凪が居た。
「よう、来ていたのか」
風香は雑に敬礼し、風凪は軽く会釈した。
「ええ、ちょっと伝えておこうと思って」
風凪がいつものように落ち着いた口調で話す。
「どうした?」
葉風はテーブルの上の急須にポットからお湯を入れ、お茶を淹れてくれている。その隣に俺は座った。座った途端に風凪が口を開く。
「うちのお客さんの関係者に、総司の妹さんと同じ症状の人が三人居てね。対処法は葉風姉さんから聞いていたから、霊気膜で身体を包んで怨気から防いできたの。風香姉さんと私でね」
「この分だと、まだ大勢居そうよね」
風凪の説明のあとに風香がヤレヤレ面倒といった雰囲気で言う。
全員のところへ荼枳尼を送り解呪して貰うわけにはいかない。風香達が処置したのなら、しばらくは問題はないだろう。その間に術者と鵺を倒せば、解呪の必要もなくなる。
「悌雲からの連絡次第だけど、急がなきゃな」
「焦っても仕方ないけどね」
できることならすぐにでも動きたいが、敵の居場所が分からないのだから風凪の言う通り待つしかない。
気は逸るけれど、目の前に置かれたかぐわしいお茶の香りを吸い、気持ちを落ち着けるように茶碗を口に運ぶ。
「そう言えば、聞いたわよ。朝凪のこと」
葉風からでも聞いたのだろう。ニヤッと笑って言う風香は楽しそう。
「あはは、まぁ、悪いことしたなと思ってる」
何せ、女神と契ると
「大丈夫。あいつは立ち直りが早いわ。顔はやつれていたけれど、曇兵衛に『大人の階段数十段上ったっす』って自慢していたもの」
「それならいいが……」
立ち直りの早さはさすが朝凪だ。
だが、曇兵衛にまた話しているとは、あいつは学習しないな。秘蔵コレクションについて曇兵衛から聞いた葉風にバラされそうになったのがトドメになったというのに。……その辺も朝凪らしいということか。
「それにね。荼枳尼と総司の体交法なんて葉風姉さんが許すわけないのよ」
「そうそう、相手が女神だろうと、無理矢理にでもしようと動いたら、屋上で戦争が始まってたわ」
「その時は二人にも加勢を頼むつもりだったわね」
風香、風凪、そして葉風と意識に乱れがない。葉風は天狐、風香達は仙狐で、三人とも通力はそうとう強いのだから自制を求めたいものだ。三人が荼枳尼と争ったりしたら神渡ビルがどうなるか判らないではないか。
まったくこの姉妹には困ったものだ。
俺が苦笑していると、風香がニヤニヤ度を増した笑いを向けてきた。
「で、葉風姉さんに肩をずっと抱かれて守られていた総司は、その時どういう気持ちだったの? いひひ」
「そうそう、いい加減、結婚しちゃいなよ。見ているこっちが焦れったくなる」
風香と風凪、二人の言葉を聞いた葉風は、隣で俺をじっと見ている。
「結婚するとしたら葉風ととは考えてるけど、まだ気持ちの整理がつかなくて」
ここで誤魔化して、葉風から後で問い詰められても嫌だ。俺は正直に今の気持ちを話した。
「ほっほう! そこまで来ましたか。姉さん、あとひと息だ!」
今にも大騒ぎしそうな風香。拳を突き上げて、GO!GO!とはしゃいでいる。
「そういうことを本人の前で言うな」
「いつまでも決めないからです。どうせ逃げられはしないのに」
冷たい視線を向ける風凪。首を横に振り、「諦めが肝心だと判っているでしょうに」と冷笑を向けてきた。
そりゃそうなんだが、迷いを自覚しているうちは結婚してはいけない気がする。
「……悌雲から報告が入ったら、俺と葉風は潰しにいく。お前達はどうする?」
「そりゃ行くわよ。こっちの客の件もあるからね」
「そうですね。一緒に行くべきですわ」
「助かる。その時は頼む」
多分、俺と葉風だけでも敵の思惑を潰すことはできるだろう。だが、不測の事態に備えたい。風香と風凪が来てくれるのは本当に心強いのだ。
隣の葉風に視線を向けると、妹達を温かく見守っている。
「今夜は、みんなで夕食を取るとしようか?」
「ええ、そうですね」
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