第11章 守るべきもの、切望するもの:冷たい仮面の下に②

「私が今望むのは、今日が終わっても…きみのこの手に触れることが出来る私で…冷酷な支配者のままの私でいたいということだけだよ。可能性は絶望的だけどね」


「ジャルド…?」


 奏湖のが、困惑こんわくに揺れる。


「いったい、何を言って…」


「ずっと…きみの信頼を失うことだけが怖かったよ。だけど、このままでいられるとも思ってはいなかった」


 ジャルドがゆっくりと奏湖の手を離す。遠いで二人を見つめていたリージェイクが、静かに口を開く。


「護りの発動は無意味だ。9人の継承者が一堂いちどうかすす時が来ても、一族の繁栄を願うことはない。何故なぜなら、たとえ浩司を説得出来たとしても…私がそれをこばむからだ」


 キノと涼醒は、無言で見合わせた目をリージェイクへと向けた。浩司の視線は、ジャルドに固定されたまま動かない。


 話を続けるリージェイクのが、初めて強い意思を見せる。


「きみに…一族の繁栄を願うことをあきらめてほしい。いや、それを望まなければと思い込むのをやめてほしい」


「…それがきみの答えか」


 部屋に響くジャルドの声とその顔に、先程まであった嘲笑ちょうしょうの色はない。リージェイクに対するこれまでの発言にそぐわない、真摯しんし眼差まなざしを彼に向けている。


「3年前、最後に二人で会った時に聞いたことの…それがきみの答えなのか」


「そうだ」


 ジャルドがかすかに首を横に振った。


「継承者の存在意義は、一族の繁栄を願うためにある。そう教え込まれて来た私たちには、あの予言は確かにショックだったよ。だけど、信憑性しんぴょうせいには疑問があった。私たちを牽制けんせいするためのラシャの策略さくりゃくじゃないかってね」


「…予言を知ってたのか?」


 浩司の問いに、ジャルドがうなずく。


「護りの力で回避出来ないものだとは知らなかったけど…私たちを育てた、継承者だった叔父が亡くなる前に聞かされてたよ。7年前にね」


「私たちとは、おまえと…リージェイクのことか?」


「私が10歳の頃から一緒だった。彼が21歳で最初の失踪をするまの5年間だけどね。その後も館には戻らず、居所を見つけられる度に姿を消して…この3年くらいかな。一族から逃れることをやっとあきらめたらしいのは」


 ジャルドは、しばし浩司に向けていた視線をリージェイクへと戻す。


「あの時…自分の選ぶ道が見えないと言うきみに聞いたね。『私は、もしその時が来たら、迷わず一族の繁栄を願う。予言通りこの世界が滅びるとしても、予言が外れこの血が繁栄するとしても。あるいは、何も起こらないとしても…。求めるものがほかにないなら、きみも賛成するだろう?』と。『わからない』ときみは言った。今…その答えはNOなのか」


「私は、この世界になくしたくないものがある」


「そんな感傷がきみにあるとは驚きだね。継承者としての義務もほこりも持たず、自分をも捨てたがっていたきみが…」


「…それはきみも同じだろう」


 リージェイクの言葉に、ジャルドのが揺らぐ。


「一族の未来を思い、ラシャにされた制約をく…それは確かにきみの望みだったろう。けれども、そのもう一方で、君は…全てを道連れに、ただほろびたかったんじゃないのか?」


 ジャルドを含め、部屋にいる全員がリージェイクを見つめる。


「母親をなくし、叔父のラストワに育てられたきみは、一族の繁栄を願うことを最大の使命とする彼の思想をいだ。度を超した国粋主義者こくすいしゅぎしゃにも似たラストワの思想は…まだ子どもだったきみに、母親を奪い、心に深い傷を負わせた一族以外の人間を否定させるのに充分だったろう。同じようにラストワに引き取られ、兄弟のように育った私が、彼の影響を受けなかったとは言わない」


 リージェイクは、自らの作る沈黙に溜息ためいきをひとつ吐き出した。


「ラストワのく理想の世界。そのためにすべきこと…理解は出来ても、私には望めなかった。人間に守る価値はないと彼は言った。私たちリシールも、同じみにくさを持つ人間であるのにだ。ただ、異質なところがあるのは否めない。そして、それをほこることが、私にはどうしても出来なかった。自分がほかの人間とは違うものだとはっきり自覚した時、私が強く感じたのは…優越感ではなく劣等感だった。いや、嫌悪感といってもいい。私は、普通の人間ではなくリシールであることを憎んだ…自分がその血を濃く受け継ぐ継承者であることを…」


「不思議だね。同じことを学んでも、行き着く先は全く違う。ラストワはいつも言っていたよ。きみにあるあざこすっても落ちないのは、何故なぜだろうって」


 ジャルドの声に、皮肉の持つあざけりの色はない。


「継承者である彼は、継承者の私たちに教えるべきことを教えたんだよ。そのために手元に置いていたんだしね。きみは姿をくらましてばかりだったから…私が後を引きぐしかなかった」


「ジャルド…きみは、予言がいつわりで、一族が世界を支配する未来を本当に望んでいるのか? 予言通り破滅はめつしてもかまわないんじゃないのか? きみも…自らの血を憎んでいるように思えてならない」


「…何故なぜそう思う?」


「きみは、普通の人間を憎むことでリシールとしてのほこりをたもち、運命への反発とすり替えた。私はリシールの血を憎み、運命から目をそむけた…選んだものは違っても、私たちは同じ思いを抱えて来た」


 ジャルドとリージェイクは、互いのひとみを射るように見つめ合う。


「冷酷で無慈悲むじひな支配者を演じることに、限界を感じていたはずだ。誰もがリシールであることを憎むように仕向ける。ほろびる世界を惜しむ者がいなければいいと。けれども…それは不可能だと知っているんだろう? 自分をしたう者、愛する者を思う心がきみにあるのも、また事実。そして…浩司が現れた」


 リージェイクが浩司を見やる。浩司は何も言わず、ただその視線を受け止めた。予期せぬ話の展開に、キノも涼醒も、発する言葉が見つからない。


「終わりになるのは、きみのゆがんだ渇望かつぼうか、自分を含めた世界全てか…。本当は、愛する者のいるこの世界を守りたいんじゃないのか? 浩司のように、望まぬ運命の残酷ざんこくさを受け入れ、対峙たいじし、望む道を選び取る強さを欲しているんじゃないのか? 冷たいからで覆う自分の心が、弱くもろいものだと知っているから…私はそうだ」


 リージェイクが言葉を区切った。黙って話を聞いていたジャルドは、しばし天井をあおぎ見る。


「リージェイク…さすがに、私を弟のように見て来ただけのことはある。いつか誰かが見抜くとすれば、きみ以外にいないと思っていたよ」


 ジャルドが唇のはしで微笑む。そのは、言いようのないほどに暗かった。


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