第9章 それぞれの役目:敵の手②

「森にいる者たちのことはわからないわ。一族以外の者だって入り込めるんだし。でも、門はいつも8時には閉め…」


 奏湖が言葉を止める。


「何だ?」


 携帯の向こうの気配をうかがいながら、涼醒が語気を強める。


「門の鍵…かかってないはずだわ。だってそうでしょう? 館にいる者は誰も外に出られないんだもの。鍵は私も持ってるけど、今夜はまだ館に帰ってないの。お昼過ぎに一度戻ったけどね」


「一族が集まってる時に、夜遊びしてていいのかよ?」


「私が館にいたって、何の役にも立たないもの。ジャルドやほかの継承者たちが来てる時は特に…息がまるわ。それに、ラシャの者も苦手よ」


「昼間帰った時の様子は? あれだけの大人数が外に出るなと言われて、何して時間つぶしてる?」


「大人しいものよ。いろと言われた場所で、読書でもしてるんじゃない?」


「ジャルドや姉貴は?」


「会ってないわ。あなたたちが出掛けた後、客間にこもったきりよ。継承者たち全員…ラシャの者と一緒にいるの。トイレに行く以外は部屋から出ないことにしたらしいわ。お姉ちゃんは、0時に中空の間にいる義務があるけどね」


「ジーグと、あの部屋に?」


「そう。ジャルドが、自分はあやしい動きをしてないって見せるためじゃない?」


 奏湖の忍び笑いが聞こえる。


「それでも、誰かが森にいて、あなたたちが戻るのを妨害してるって聞いたら、ラシャの者はジャルドがやってると思うのかしら?」


「もちろんさ」


「どうして? ジャルドの信者が勝手にやってることだとは考えないの?」


 涼醒はしばしの間を置いた。


「ジャルドの信者なら勝手にはやらないだろ? それに…俺が奴だとしても、絶対の信頼の置ける者や、手足のように使える者くらい抱えてるさ」


「彼の兵隊は、みんな館の中よ」


「…何でそう言える? おまえの知らない奴らだっているだろ? それとも、ジャルドについて知らないことはないのか?」


「そんなに詳しいわけじゃないけど…」


 奏湖が口籠くちごもる。


「とにかく…館に戻るなら、一緒に行かない? 私もそろそろ帰ろうと思ってたところだし」


 涼醒が、隣で耳を傾けているキノに目配せをする。


「俺たちは4時半頃まで戻らない」


「え?」


「奏湖。館のまわりにいる奴らに会ったら、よく言っといてくれ。もし今度、俺たちの行く手をふさいだら…迷わず警察を呼ぶ。ラシャの制裁を受けたくなかったら、邪魔するなってさ」


 奏湖が息を飲む気配が伝わる。


「涼醒君…本気なの?」


「何が?」


「警察なんて、リシールが頼るものじゃないわ。そんなことしたら…」


「困るなら、俺たちを無事に館に帰らせるように、ジャルドに言うんだな。あと、館の電話が通じない」


「電話? ああ…配線が切れたって言ってたっけ。買いに行けないから、そのままなのよ」


「なるほどな」


「…私を疑ってるの?」


「いや。だから頼んでる。護りは必ずラシャに戻ると、ジーグにも伝えてほしい」


 奏湖が黙り込む。短い沈黙を破ったのは、あせりの混じる奏湖の声だった。


「あ…ちょっと待ってて。ほかから電話が入ったの。切らないでいて」


 小さな電子音が、単調なリズムで続く。


 キノが口を開きかけた時、奏湖の声が戻った。不自然にほがらかなその口調から、明らかな動揺どうよううかがえる。


「お待たせ…えっと、護りは戻るって伝えるわ」


「何かあったのか?」


「ううん。友たちから、明日の授業のことでちょっと…何でもないわ。じゃあ、私は館に戻るけど、あなたたちも…」


「気持ちだけもらっとくよ」


「だけど、早く戻った方がみんな安心するわよ。あなたたちだって、疲れてるでしょう? そんなところにずっといたってしょうがないじゃない。私一人の何を警戒するのよ?」


「そういうわけじゃないさ。だけど、自分たちで行く…戻る時はな」


 奏湖の溜息ためいきが耳に届く。


無理強むりじいは出来ないわね」


「奏湖…もうひとつだけ聞きたいことがある。今夜来る予定の継承者は、もう館に着いてるのか?」


「リージェイク? そう言えば、まだ見かけてないわ。もうとっくに来ててもおかしくない時間だけど…館の中にはいないみたい。あの男のことだから、庭で空でもながめてるのかもね」


「そうか…」


「彼がどうかしたの? ジャルドとは正反対の男よ。ここにいてもいなくても大して変わりないわ」


「奏湖。気をつけて帰れよ。ジャルドによろしくな」


「え? 待ってまだ…」


 言葉の終わりまで待たず、涼醒は通話を切った。キノに向けたが笑う。


「決まりだな」


「よそからの電話…何だと思う?」


「本当に電話だったのか、誰かと直に話したかは知らないけど、何かあったのは確かさ。あの後の奏湖は、自分のついた嘘も忘れちまったみたいだからな」


「館にいるのに、まだ帰ってないって言ったのは、ジーグに替われとか言われた場合を考えてだとしても…」


 キノが眉を寄せる。


「何かおかしくない?」


 見つめ合う二人の脳裏に、同じ疑問がはっきりと浮かぶ。


「そんなところって言ったよな。まるで、俺たちの居所を知ってるみたいに」


「それに…奏湖さん、一度も聞かなかったよ。今どこにいるのかって…」


 二人が電話をかけていたのは、ファミレスの裏側の路地だった。辺りを素早く見まわした涼醒の目が、100メートルほど先に見えるビジネスホテルを見上げた。


「希音…」


「わかった。急がなきゃ」


 キノの視線が、ホテルの灯りから涼醒へと戻る。


「服の裏まで、全部調べるしかない」


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