第6章 Lusha(ラシャ):最後の記憶①

海路かいじ希音きのん、ようこそラシャへ。私はシキと申します」


 軽く頭を下げ、シキが微笑んだ。キノは無意識にお辞儀じぎを返す。


たちばな涼醒りょうせい…4年ぶりですね。あなたは何故なぜここに?」


 涼醒に目を移し、シキがたずねる。


「希音の護衛ごえいさ」


 ふらりと立ち上がった涼醒が、にらむような目でシキを見据える。


「護りを取って来てイエルに戻るまで、俺も一緒に行く」


 シキの視線が浩司へと向けられる。


「あなたが連れて来たんですか? 私たちが信用出来ないと?」


「涼醒が来たのは自分の意思でだが…俺におまえたちを信用させたかったら、まずそっちが俺を信じることだな」


「私はあなたを信じています。ただ、ヴァイのリシールのことを危惧きぐしているだけです。万一の事態があってはと」


「…明日は誰が降りるんだ?」


「ジーグが参ります。そのことですが…明日ではなく、今夜でも可能ですか?」


 浩司の視線がシキを射る。


「発動中の方が安全だからか…。だが、もし10日の夜明けまでに見つからなかったらどうする気だ。明日もう一人降ろすことは出来ないんじゃないのか?」


「そうです。しかし、ヴァイの者たちの動向が思ったより深刻であった場合、発動可能になる前の方が、負う危険は少なくて済みます。ジーグがヴァイにあるうちに、是非とも護りを発見してください。あなたにとっても、その方が都合良いはずです」


「…何が起き得るか予測してるわけか」


「はい」


「もしも…ジーグが一人で戻ることになっても、俺たちは残る。それでいいなら、今夜降りよう」


 シキの紅いが、浩司の目を照らす。


「たとえそうなったとしても、護りは必ず持ち帰る。信用しろ」


「万一のことが起きてしまったら…もうひとつのあの約束は無効です。それでかまわないのであれば」


「そんなことは起こさせない。リシールたちに屈して約束を反故ほごにされるくらいなら、俺はお前たちに力を返す方を選ぶ」


「…紫野しの希由香きゆかは、あなたにとってそれほどまでに大切な存在なんですか? しかし、彼女と同じ魂を持つ海路希音を私たちが必要とするかぎり、たとえあなたが…」


「合意だな?」


 シキの言葉をさえぎるように浩司が言った。キノと涼醒は黙ったまま、沈黙する二人を見つめている。


 シキが目をせた。


「わかりました。部屋を用意してあります。どうぞこちらへ」


 シキが通路の先を示す。キノのが浩司の視線をとらえる。


「万一のことって何? 約束って…力を返すってどういうこと?」


 真剣な顔で浩司に質問を浴びせるキノを見つめ、浩司が微笑む。


「万一のことなんか起こらない。安心しろ。護りが戻れば何の問題もない。おまえは、見つけることだけ考えるんだ」


「…後で教えてくれる?」


「必要ならな。シキが、落ち着ける部屋に案内してくれる。そこで、希由香の記憶を思い出せる」


「見つけたら…」


「わかってる。ちゃんと話すと言ったろう。嘘もなしだと」


「…うん」


 浩司にうながされ、キノがシキの後に続く。涼醒は、浩司の前で足を止めた。


「浩司…ヴァイのリシールは何を考えてる? 力を返すって…あんたが命と引き換えにしても奴らに守らせたい約束って何なんだよ?」


「おまえには関係ない」


「希音がかかわってるんだろ? 俺がそうですかって納得するとでも思ってるのか?」


 黙って自分を見据える浩司のひとみから目をらさずに、涼醒が続ける。


「それに…あんたも前に言ってたけど、ラシャが希音を必要としてるのは本当に、ヴァイにある護りを見つけるためだけじゃないんだな。シキの言い方でわかった。さっき湶樹と話してたのも、そのことなんだろ? 知ってるなら教えてくれ。あんたみたいにはいかないけど…希音は俺が守るよ」


「…愛してるのか?」


 涼醒の視線がキノの後姿に移る。


「俺は…女を愛したことがない。だから、自分の気持ちが何なのかわからない。ただ、あいつを守ってやりたいって思ってるよ。どんなことをしてでもな」


「そうか…」


 浩司のが切な気に揺れる。


「ラシャがキノを必要とする理由は、俺よりシキに直接聞く方がいい…だが、出来ればキノのいない時に聞け。シキが何故なぜヴァイのリシールを警戒するのかは、むこうに行ってみればわかる。万一のことが何かもな」


「希音が知りたがってるのは?」


「…護りの在処ありかがわかったら全て話すとキノに約束してることがある。気になるなら、おまえもその時一緒にいろ」


「いいのか?」


「かまわない。いや…その方がいい」


 涼醒が探るように浩司を見つめる。


「護りを見つけるまではキノに話せないってことは、キノがそれを知ったら見つけるのに支障が出ると思ってるからだろ?」 


「…頭痛は平気か?」


「俺のことはいいさ。はぐらかさなくても、今聞いても仕方ないってわかったよ。何にしても、希音を動揺させるような話なんだな。あともうひとつ、希音は…あのことは知ってるのか?」


 浩司が目をらす。


「継承者のあざのことは知っていたがな。それ以外は、湶樹が話していないなら…キノは知らないだろう」


「…あんたはいつ知った? 自分が継承者だって知らなかったって言ってたけど、そんなことあるのか?」


 涼醒へと視線を戻し、浩司が薄く笑う。


「20日くらい前にな。俺の素性すじょうが知りたけりゃ、後でキノに教えてもらえ」


 浩司がゆっくりと歩き出す。その姿を目で追いながら、涼醒はやりきれない表情で深い溜息ためいきをついた。


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