第10章  いざ、偽造品を制作すべく

第91話   部屋にいるかと思いきや

 竜の巣にも、同業の好敵手ライバルや、悪党を根絶したい正義の味方といった、いわゆる敵が多い。


 彼らから情報を守るために、遠方の仲間と連携を取る際には伝書鳩を使うことがある。本物の手紙を託すのは一羽だけで、あとの数羽はおとりとして飛ばす。


 しかし、一羽だけに遠距離を任せては、弱って高度が下がり、撃ち落とされる危険性が高まるので、各所に点在させた餌場えさばに、竜の巣の民を待機させて、飛んで来た鳩をしっかりと休ませたり、他の元気な鳩に交代させたりして、またおとりの鳩たちとともに、空へと飛ばす。


 そうして最後は、竜の巣がある山のふもとの山道に待機している仲間が、鳩から手紙を受け取り、その足で山を駆け上って、竜の巣へと連絡を届けるのだ。


 こんなに手間をかけるのも、竜の巣が同業者の多くを敵に回しているため。全ては竜の巣の王の悪態による賜物であった。


 だが、ときには火急の用事というものもある。今すぐに竜の巣へと連絡を入れたい場合に使用するのが、竜の巣付近に生息している、獰猛な鷹だった。


 その選ばれし猛禽類は、弓矢の届かぬはるか上空へ素早く上昇し、休憩を挟まず一気に竜の巣へ到着する。


 いずれも、まだヒメの習っていない分野だったから、ヒメは詳しくなかった。


(あれ? どうして占いペットくんが、あの防具を持ってたんだろう……まあ、いいか。今はガビィさんと会うのが先だ)


 突如、巨獣が大あくびしたかのような、気の抜けた咆哮が聞こえた。否、これは絶対にあくびだとヒメは確信した。ついに隣国の竜がどのような具合なのかもわかってしまうほど、その存在感と声が大きくなっていた。


「……。さっきの鳴き声、国民にも聞こえたよね。不安がって、引っ越しちゃう人も、いるかもしれないな……」


 今は、竜をどうすることもできない。ひとまずヒメは、自分の頭の中にある作戦を、ガビィたちに話すことが最優先であった。


「たしか、ガビィさんの部屋の扉って、通り過ぎちゃうくらい地味だったんだよな」


 しかしガビィの部屋があった箇所に、扉はなかった。正確には、粉砕された扉の残骸が廊下の絨毯に散乱していた。


 こんな事をした犯人の見当は、付いている。ここにガビィはいないような気がしたが、部屋の中から女性のため息が聞こえてきたから、様子をうかがいに部屋の中をのぞいた。


 まずヒメが驚いたのは、ひっくり返って真ん中から叩き斬られた寝台だった。


「う、おわ〜……」


 寝具が床にシワを作り、踏みにじられた痕跡が、大きな足跡として残っている。他には、巨大な武器を振り回してぶつけた壁の裂け目と、その勢いが飛び火したのか、窓硝子ガラスも粉と散っていた。


(寝込みを襲ったのかな……)


「寝込みを襲ったようですわね」


 ヒメの思考と重なって口火を切ったのは、一人、割れた窓の硝子ガラスへんを拾って、大きなあさの袋に入れてゆくマデリンだった。割れた窓から差し込む日差しが、彼女の金貨色の髪を美しく輝かせている。しかし、髪を鮮やかに飾っている緑色のリボンは、少したるんでしまっていて、それがどことなく彼女の雰囲気を暗くさせていた。


「こんにちは、マデリンさん……」


「ご機嫌よう、マリーベル」


 マデリンがゴミ箱代わりに使っている袋の中には、たくさんの硝子片を繊維に引っ掛けたカーテンが、無造作に突っ込まれていた。これもきっと、彼女が一人でやり終えたのだろう。


「兄がしでかした事ですから。身内のわたくしが片付けを請け負わねば、ガビィに合わせる顔がありませんわ」


 ヒメが何か声をかけようとしたそのとき、今度は、グウウウウ〜ンという、伸びをしたかのような呻きが、轟いた。あくびに、伸びに、なんだか竜がのびのびしている。


 マデリンの顔が、窓の外を向いた。


「今日の竜は、とても元気がよろしいこと……。きっとそのせいかしら、今日のお兄様は、とても不安定ですの」


「そ、そうみたいだね。今はナターシャが付いてるから、大丈夫だよ」


「そうでしたの。彼女は奇跡の人ですわ。お父様も、家柄や名誉はひとまず置いておいて、お兄様を本当に愛してくれるお相手と、話をするべきですの。わたくしもお父様に、手紙を何度も書いているのですけど、返事はもらえておりません」


 それを聞いて、ヒメの目が泳いだ。マデリンはナターシャの正体を知っているのだろうか。あれは竜の巣の民が化けた別人であり、本物のナターシャではないのだと。ヒメは怖くて聞けなかった。


「お父様も、何をなさっているんだか。『今のシグマならばスノウベイデルの竜も倒せるぞ!!』とか、ワケのわからないことをおっしゃって……ハァ〜、これ以上の心労を増やさないでほしいですわ」


「グラム伯爵は、となりの国の竜をシグマさんに倒してほしいんだね。でも、ナターシャが、シグマさんととなりの国の竜は友達だって言ってたような」


「ええ、それはおそらく、本当の話ですわ。お兄様がそのようなことを仰っているのを聞いたことがあります」


 大きな破片を、ざっと袋に入れ終わったマデリンは、今度は壁に立て掛けていた箒と塵取りを持って、細かな硝子片ガラスへんを掃除し始めた。


「お父様は苦労して手に入れた『竜の黒爪』という大剣を、お兄様に託しましたの。呪われた竜の王子様が、お姫様を救出するために売却した、とかなんとかイワク付きの、不気味な剣でしたわ。本物かどうか試すために、竜殺しの騎士団が使う白銀の剣と打ち合わせてみたところ、白銀の剣が折れませんでしたの。竜の黒爪が、竜を素材にした武器であることに間違いありませんわ」


「へええええええ!! 見たいな〜その剣!!」


「……もう、ありませんわよ。お兄様が竜の眉間に突き刺したまま、帰宅してしまいましたもの。一緒に帰還した騎士いわく、犬と飼い主が棒切れを投げ合うような光景だったそうで……ハァ、エメロ国の名誉を賭けた決戦となるはずでしたのに。戦いがお好きな、お兄様らしくもない……」


「部屋の片づけ、私も手伝うよ〜」


 マデリンを元気付けるため、ヒメは廊下でパニエを脱いで、真っ赤なスカートをぎゅっと縛り、ひらひらのドレープを腕まくり。そんな格好で部屋に戻ってきたヒメに、マデリンは呆れてしまう。


「ありがた迷惑ですわよ、マリーベル。王女の貴女が使用人と同じような立場にいては、周りに示しが付きませんわ。気さくな性格が周囲に舐められることもあるんですのよ」


お姫様わたしをこき使っても、あなたにお説教できる人なんて誰もいないよ。ついでに、私をバカにする人も現れないと思う」


 マデリンのこめかみにビキッと青筋が。掃き掃除をしていた手を止め、ヒメに振り返る。


「あーら、言うようになりましたわね! でも、その通りですわ」


 あっさり認めるあたり、やっぱりこの城で彼女に敵う者はいないのだとヒメは苦笑した。


「さてと、硝子は片付きましたわ。ではマリーベル、寝台を片付けましょう」


 そう言ってマデリンが、真っ二つになった寝台のかどっこに両手を入れると、ぐいっと持ち上げて、すたすたと部屋の外へと運び出す。


(うーわ、さすがヴァルキリー)


 小柄なマデリンに負けじと、ヒメも残りの寝台の一部を、必死に持ち上げて、廊下へと運び出してゆくのであった。

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