第85話   占いペット?

 なぜか、食堂のテーブルの下に、腕の防具が落ちていた。知識だけならば竜の巣の授業であらかた習っているヒメは、コレがとある防具に、とてもよく似ているとわかった。


(革でできた手袋だ。たしか大きな猛禽類もうきんるいを腕に留めるための防具だった、ような気がする……)


 ヒメは鳥使いになる授業を受けていないせいか、いまいちピンとこない。


(この防具はひとまず置いといて。さっき動いてたのは、なんだったんだろう)


 ヒメがさらにテーブルの奥をのぞいてみると、まるっとしたスイカ大の、白いボールがあった。後ろに短いしっぽが生えている。


「ありゃ!? な、なに、この動物」


 ヒメの驚嘆の声に、ボールがもそっと顔を上げた。そこはかとなくトカゲっぽい顔立ちをした、二頭身のナゾの生き物だった。真っ赤な両目をぱちくりし、ヒメを見上げている。


 互いにじーっと見つめ合った後、ヒメはおろおろしながらジョージに振り向いた。


「ジョージさん……なんか白くて丸くて、目の色が真っ赤な不思議な大トカゲがいるんだけど、厨房の食材かな」


 ようやく尻の激痛がやわらんできたジョージは、少し身を傾けて、テーブルの下の生き物と目が合うなりギョッと目を丸くした。


「ガっ……い、いえ、なんでもございません」


「エメロ国の人は、トカゲなんて食べるんだね」


「え? い、いいえ、そのような食文化はございません」


 ナゾの白い大トカゲは、腕の防具を拾い上げると、大事そうに抱えた。手足が短く、お腹もぽこんと前に飛び出ているので、手に持った物がすぐにぽろりと床に落ちてしまう。


「それは、占いペットです」


「占いペット? どういうの? 初めて見た」


「知りたいことを尋ねると、なんでも答えてくれるんですよ。エメロ城で飼育しているんです」


 ジョージとヒメの会話に、今度は大トカゲがギョッとしていた。


 ジョージが立ち上がって、ゆっくりとテーブルの下へと半身を入れる。大トカゲは慌てて防具を拾い上げたが、あっけなくジョージに没収された。


「これが占いペットの宝物です。彼はこれを持っている相手に、ついてゆきますぞ」


 ジョージがすたすたと歩きだすと、大トカゲが大慌てでジョージを追いかけ始めた。

 ヒメはその光景に、ぽかーんとする。


「ほんとだ……。でも、ちょっとかわいそうだよ。この子、足がすごく短くて走りにくそうだし」


 ナゾの生き物は、ふかふかの絨毯に小さな足の指をうずめて、ころんでしまった。お腹がぽっこりと前に出ているせいか、頭から一回転した。


 起きあがるのも一苦労。短い両手よりもお腹のほうが、前に突き出しているせいだ。ヒメは彼を手助けしようか迷ったが、自力で起きあがったので安心した。


「あれ? この子、左手に包帯を巻いてる。ケガしてるの? 手当してもらったんだね」


 ヒメに指摘されて、大トカゲがびくりとする。慌てて左手を隠そうと右手をのばすが、やっぱり届かない。


「さっきシグマさんが、血の臭いがどうとか言ってたね。もしかして、この子のケガに反応してたのかも」


 ヒメは周囲の臭いを嗅いでみたが、部屋中がベーコンの食欲をそそる香りで満たされていて、お腹が鳴っただけだった。


(シグマさんの嗅覚って、どうなってんの……。トカゲとガビィさんの血の臭いを間違えてたし、鼻が効くのか効かないのか、よくわかんない人だなぁ)


 以前にも彼は、血の臭いを嗅ぐと落ち着くと言っていた。まさか、落ち着きたいだけの理由で、このトカゲかガビィを剣でぐちゃぐちゃにつぶしたかったのでは……そう考えたヒメは、シグマが戻ってくる前になんとかせねばと焦った。


 このトカゲっぽい生き物に、聴きたいことがあったから。


「そうだ! 私、この子を部屋に連れて帰るよ。この子の足じゃ、とてもシグマさんから逃げられないから」


 トカゲっぽい生き物が、ヒメを半眼で見上げた。


「私の部屋に置いてある鞄には、竜の巣から持ってきた携帯食が入ってるの。朝ご飯は、それにする。このベーコンはジョージさんにあげるね」


「私は朝食は済ませておりますので、このベーコンは姫様にお返しいたしますよ。竜の巣の食べ物は、どうせ乾煎りした豆類でしょう。果物やお肉も、姫様の御身には必要不可欠ですぞ」


 と言うので、ヒメはとりあえず生焼けのベーコンを厨房でしっかり火を通し、適当な果物を丸かじりして水分を補給した。早く部屋に戻らないと、シグマが戻ってきてしまうと思い、急いでベーコンを口に入れるが、思ったより長さがあって、しかも油でカリカリに上がってて固い。


ふぉはへふんカゲくんわへへあえう分けてあげる


 三分の一ほど切ったのをトカゲにあげようとしたが、トカゲは口を両手でふさいで、首を横にぶんぶん振る。


(あれ? トカゲって肉食じゃなかったっけ? あ、虫は食べるけどベーコンは食べないのか)


※人間の舌に合わせた塩味の食べ物は、他の動物が食べると塩分過多になってしまう恐れがあります。トカゲに人間用のベーコンをあげるのはやめましょう。


 ジョージはヒメの食事が終わるまで廊下で待機している。おかげでお下品な食事作法を注意できる者が誰もいなかった。優雅さのカケラもない朝食を終えた一国の姫は、大きなトカゲをナゾの防具で誘導しながら廊下へと出てきた。


 本気で防具を返してほしがるトカゲの目が三角につり上がるが、背が低すぎてヒメには伝わらない。


「ここだとゆっくりお話ができないから、私の部屋でないしょ話しよ」


 首を猛烈な勢いで横に振る大トカゲ。


 ヒメが厨房を出て廊下に移動するので、大トカゲも、しぶしぶ歩く。このままヒメがあの防具を持って行って部屋に鍵をかけてしまっては、取り戻すのが厄介だった。


 廊下ではジョージが待っていた。歩きだす二人の間に挟まれて、大トカゲがちょこちょことついてゆく。


「階段は、大丈夫かな。だっこしてあげようか」


 ヒメは彼の短すぎる足を心配して、振り向いた。さっき絨毯にもつまずいていたし、些細な段差すら苦労しそうに見える。


 嫌がって逃げようとする大トカゲを追いかけて、ヒメはその両脇に腕を差し入れた。腰に力を入れて持ち上げようとしたそのとき、予想外に重たい大トカゲに驚いて、座り込んでしまった。


「うっそだ〜、どこにそんな重量が……。わかったよ、じゃあ、ゆっくり階段を上ろうね。待っててあげるから」


 ヒメの青い瞳にのぞきこまれて、大トカゲは赤い目をぱちくり。大きな瞳孔が細くなって、赤いっぱいにヒメの顔が映りこんだ。


(ん……? なんだろう、この子の目の中、どこかで見覚えがある気がする)


 初対面であるはずの大トカゲから、不思議な既視感を覚えつつ、とりあえずヒメは立ち上がった。


「姫様、たぶんそのペットくんは成人男性並みに重たいと思いますよ。抱き上げるのは、あきらめましょう」


 そう言って追いついてきたジョージを見て、ふとヒメは、これから大トカゲと話す内容を一般人のジョージに聴かれるのは大変まずいような気がして、焦った。


「ジョージさん、あの〜、まことに申し上げにくいんだけど、占いペットくんと、二人きりでお話したいの。いいかな? あ、べつに仲間外れにしようとしてるわけじゃないよ、ただ、その〜、なんて言ったらいいのか……」


 いつもジョージが誠心誠意尽くしてくれる分、心苦しかった。おそるおそる顔色をうかがうと、彼は穏やかに微笑んでいた。


「はい、そのためのトカゲくんですから。それに私も、竜の巣の秘密に深入りするような恐ろしいことはしませんよ。姫様には姫様の世界があります。難しいお立場なのは、この爺、しっかりと理解しておりますよ」


「ジョージさん!! 本当にいつもありがとう。あなたには背中を押されてばかりだよ」


 ヒメの胸から、ごろごろするような気持ち悪い迷いが、ほんの少しだけど晴れてきた。たとえ筆を転がすだけの占いでもいいから、今の状況を少しでも打開できる策が欲しいと、強く願っていた自分にようやく気が付いた。


「それじゃあ占いペットさん、私たくさんお話しちゃうけど、いいかな」


 大トカゲがぐったりしている。疲れているようだから、ヒメはやっぱり階段だけでも持ち上げようと思ったが、いざ階段の前まで来ると、大トカゲは自力でよじ上り始めた。


「ゆっくり行こうね。途中で休憩してもいいからね」


「……」


 いらぬ世話だと言わんばかりに、両手も使って黙々と段差を乗り越えてゆく。そしてついに、安定して階段を上りきったのだった。


「すごーい! おめでとう。って、私が持ってるこの手袋を返してほしいだけなんだよね。ごめんね、ひどいことして」


「……」


 ヒメに部屋の前まで案内された大トカゲは、何度もジョージを恨めしげに振り向きながら、ヒメの私室へと吸い込まれていったのだった。


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