第7章 エメロ国の城下町へ
第61話 影武者を使って、お出かけ!?
「おはようございます姫様」
「おはようございます、ジョージさん」
金色のボブヘアーを揺らして微笑む、可憐な王女。ヒメよりもお姫様な立ち振る舞いの、ヒメの影武者。
朝食を食べに食堂へ向かう、影武者と執事の後ろ姿を、廊下の曲がり角の影から、こっそりと見守る女が二人……。
「あわわわ、ばれたらどうするの~」
「ジョージさんが騙されていますから、大丈夫です」
「こんな事してまで、果物を買いに城下町へ? 本気なの? ナターシャさん」
ヒメは身にまとうメイド服の白いエプロンをひらひらさせて尋ねた。誰かの着替えだろうか、新しい物ではなく、長いスカートの
「って言うか、あんなにそっくりな影武者が作れるんなら、私がここで王女のニセモノしてる理由が、ないんじゃないかなーって思うんだけど」
「はい? よく聞こえませんでしたが」
「エメロ王に絶望を吐くって任務……影武者さんに任せるのって、ダメ?」
小首を傾げて、お願い混じりに尋ねるヒメに、大人っぽいメイドのナターシャは、満面の微笑みを返した。
「いけませんわ姫様。我が王の命令を、お忘れなのですか?」
「イイエ。エメロ王ニ絶望ヲ吐イテ早急ニ帰宅シマス」
「はい、よくできました。我々が消し炭とならないためにも、がんばってくださいませね」
仲間の命も人質に取られているヒメだった。大変な任務じゃないのに重圧だけがものすごい。今日中にエメロ王に会おうかと考えたけれど、どうにもエメロ王の涙には弱かった。
「姫様がエメロ城にご不在の際は、竜の巣の民が影武者となって、姫様のお誕生日会などに顔を出しておりました。本当に、特別な日だけ、そのようなことをしていました」
「私がここにいる理由が、ますますわからない……十六歳のお誕生日も、影武者でいいんじゃない?」
「素顔がマリーベル姫に似ているのは、
取って付けたような理由に、ヒメはまだ納得できず口を開きかけたが、ナターシャに「しーっ」と人差し指を口に当てられて、目を白黒させて押し黙った。
ナターシャはその指で、肩越しに静かに後ろを指さす。廊下の曲がり角付近の窓を、せっせと
「朝はメイドたちが忙しい時間です。姫様は誰に何を尋ねられても、わたくしの後ろに隠れて、顔が見えないように深くうつむいて、
「はい……」
では行きましょう、と歩きだすナターシャの後ろを、少々不自然な距離の詰め方で歩きだす、緊張でガチガチのヒメ。ナターシャのほうが背が高いので、縦に並ぶとヒメが見えにくくなる。
ナターシャは仕事仲間に笑顔で挨拶、ヒメはうなずくだけ。声をかけられた使用人たちは、なんでもないように挨拶を返してくれた。皆、いつもの仕事を時間内に終わらせることで忙しく、内気なメイドの不作法に目くじらを立てている暇はない様子だった。
無事に二人で階段を下りて、一階に到着。静かな窓の外へ視線を向けると、朝の練習が終わったのか、騎士団の姿はなかった。
(ここでガビィさんと鉢合わせしなくてよかった。見つかったら、ほっぺたを思いきり引っ張られてたかも……)
姫様、と小さく声をかけてから、ナターシャが立ち止まった。ヒメも立ち止まり、何事かと辺りを見回す。
そこは、裏玄関の前だった。昨日、ヒメがガビィとグラム伯爵のケンカを止めた後に、ここから城の中へと戻った。
「この先が難関ですわ」
ナターシャが小声でヒメに話しかける。
裏玄関のカーペットを掃除しているのは、マデリンだった。開いた扉から朝日が差し込み、それを浴びる彼女の髪は美しく輝いていた。まるで絵本で見た妖精のようだと、ヒメは感嘆する。竜の巣で読んだ絵本だったから、内容は理不尽で不快なものだったけど。
「マデリン様はメイド長のお立場があります。ここ最近は、使用人の脱走に悩んでいるご様子、わたくしたちが手ぶらで外出するところを目撃されては、無用な疑いをかけられてしまいます」
「何かを手に持っていたほうがいいってこと? 何を持とう、
ナターシャは前髪を押さえていたヘアーバンドがずれてきたようで、一度外して、また付け直した。
「わたくしに案があります。倉庫へ移動しましょう」
指を差された先は、ガビィの部屋と変わらぬ、飾りのない扉。二人はその部屋へ入ると、季節感皆無のごちゃついた家具の中から、眺めているだけで寂しい気分になる古い
「ナターシャ! 何をしていますの!?」
「おはようございます、マデリン様」
さっそく声をかけられていて、ヒメは箪笥を置いて逃げることもできず、無言で棒立ち状態だった。
「危ないですわ、その箪笥、重いでしょう? 処分しておいてとは頼みましたけれど、せめて男手を借りなさいな!」
「中身を取り出したら、案外軽かったんです。このまま捨てに行きますね」
おほほほほ~、と涼しい顔して、古びた箪笥の
ヒメは箪笥の後ろっかわにおり、マデリンからは顔が見えない。が、ヒメからもマデリンの顔が見えなかった。気づかれているのか、そうでないのか、ぜんぜん推し量れない。
「転ばないようになさいね、二人とも。わたくしは次の掃除場所へ移動しますけど、この扉は開けておきますわ。閉めておいてちょうだいね」
マデリンが気遣いの台詞とともに、すたすたと去って……行かなかった。ヒメのほうへ用事があるようで、こっちに向かってくる。
(うへえ、気づかれるかも……)
どう言い訳したらいいんだか、と冷や汗が流れるヒメの背中をベシッと叩いて、
「もっと
と助言して、マデリンは去っていった。
なにげに叩かれた背中がジーンと痛む……。
「ふふ、気づかれませんでしたね」
ナターシャは嬉しそうにしているが、ヒメは生きた心地がしなかった。メイド服まで着て何をしていますの! という恥ずかしいお説教を回避できて心底安堵する。
「私たちも三男さんみたいに、天井裏を伝って外に出ればよかったんじゃない?」
「真っ暗な天井裏を移動するのはコツがいります。上からの物音は、かなりの確率で気づかれてしまいますから。ここは物静かな人が多いですので、なおさらです」
「あー、読書中のリアンさんとか、気づくだろうね……」
箪笥をいろんな箇所にぶつけてへこませないように、マデリンが開きっぱなしにしてくれた裏玄関から、ゆっくりと運び出して、外に出てきた。
「この箪笥は、誰のだったの? なんだか寂しい感じがするね」
「誰かさんが衝動買いしたんです。ジョージさんが来てからは、お城がとても華やかになりましたけれど、それ以前のエメロ城は、なんというか、古ぼけておりました」
「もしかして、エメロ王?」
「……捨てる許可は、ちゃんと取ってあります」
ナターシャはこの箪笥を家具屋へ引き取ってもらうと言う。裏門からが近いと言うので、ナターシャと箪笥に導かれるまま、ヒメは箪笥の後ろを持ってついていった。
「うう、箪笥が大きいから前が見えないよ。ナターシャさん、段差があったら言ってね」
「段差はありませんが、シグマ様がお待ちですよ」
「え?」
「彼なら一人でも箪笥を持ち上げられますから、もう少しの辛抱ですよ」
ヒメはシグマの不思議な会話が苦手だった。今日も会うとは思いもしなかったので、話題も用意していない。
会話はナターシャに助けてもらうことにした。
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