第172話

教室がしんと静まり返り、不用意に声を発することの出来ないような緊張感が俺たちを襲った。


そんな中、自分の意思を、想いを伝えた蒼子はただひたすらに柏城からの返事を待つ。

対して、蒼子の答えを受け取った柏城は、まるで品定めするかのようにじっと彼女を見つめ、その表情を崩そうとはしない。


そんな時間が数秒続き、開かれた窓から見える校舎前の車道を、一台の自動車が通り過ぎたところで、ようやく柏城に動きが見られた。



「……そうか」


3人の視線が柏城に集まる。

すると突然、柏城は肩を小刻みに震わせながらケラケラと笑い出した。



「そうかそうかそうかァ! ハハハハハッ!!」


まるで何かに取り憑かれたように笑い続ける柏城。俺たちの目には、その姿が狂気に映った。



「…………何が、おかしいの?」


そんな柏城に向かって、蒼子が尋ねる。


ちょうどこの時、俺も……おそらく葉原も、蒼子と同じことを考えていた。



こいつは一体、何が面白くて笑っているのだろう。今の蒼子の言葉の中に、笑えるようなものなど一つも含まれていないというのに。


……得体の知れない不安と恐怖が、じりじりと少しずつこちらに向かって近づいてくるような感じがする。



すると柏城は、そんな蒼子の問いに対し、変わらず笑いを滲ませた声でそれに答えた。



「『何が』って、そりゃぁ……お前の発言がだろ」


「私の……?」


そう蒼子が訊き返す間も、柏城の口元には嘲笑うかのような歪みが残っていたが、彼女に向けられている目だけは一切笑っていなかった。


寧ろ、その逆。


彼の瞳には、凝縮したようなどす黒い怒りが宿っていた。それにも拘らず、彼の口からは絶えず乾いた笑い声が漏れ出ている。



俺はそんな柏城の表情を見て、昔観たサスペンス映画のワンシーンを思い出した。


恋人を殺害された主人公が、悪魔にでも取り憑かれたかのように狂気に身を任せ、堪え切れない悲しみと怒り、そして笑うことでしか心の傷を和らげることが出来ないというアンビバレンスを抱えながら、犯人とその家族に復讐するという、誰も救われることのない酷く哀れなシーン。


今の柏城は、その映画の主人公と全く同じ目をしている。……とても、嫌な目だ。胸が騒つく。


開いた窓から吹き込む風は、もうすっかり秋の夜のもので冷たいはずなのに、俺の背中にはジワリと汗が滲んでいた。

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