第152話
気がつくと俺は、ろくに靴も履き替えず校舎を飛び出していた。
目の前に広がる人の群れを何とか掻い潜り、騒めき立つアプローチを抜けて正門へ。そのまま上履きに土が付着するのも御構い無しに、俺は街を勢いよく駆け出した。
どんどんと喧騒が遠退いていく。
……なぁ、白月。お前が今何を考えて、どこにいるのか、俺には分からない。
それでも必ずお前を見つけ出して、あの場所へ連れ戻してやる。
そして、あいつとの……柏城との因縁にも決着をつけさせてやる。
俺は徐々に呼吸が乱れていく中、自分自身にそう強く誓ったのだった。
***
晴人くんが蒼子ちゃんを捜しに行ったのと入れ替わりで、3-3教室前には晴人くんの親友だという2人の男子生徒がやってきた。
「キミが葉原さんだね」
「は、はい」
そのうちの1人、男子にしては髪が少し長めで白い肌が特徴的な方の先輩にそう声をかけられ、少し上ずった声で返事を返す。
「僕は霞ヶ原誠。そして、こっちのでかいのが天童輝彦。僕も輝彦も、晴人と同じクラスなんだ」
そう言って色白の先輩……もとい霞ヶ原先輩がニコリと柔らかな笑みを浮かべるのに対し、その隣に立つ体格の良い方の先輩……天童先輩はニヤリと悪戯な笑みを浮かべてみせた。
「君が葉原夕ちゃんか。……ったく晴人のやつ、白月さんの他にこんな可愛い後輩とも知り合いだなんて聞いてねぇぞ」
「か、可愛いだなんて……そんな」
不意の一言で、体温が急に2度くらい上がったような気がする。顔が熱い。
けれど、今はそれどころじゃない。
早くお客さんを中に案内しないと……!
私は頭を勢いよく左右に振ってから、2人に向かって口を開く。
「あ、あのっ! 実は少し事情があって、人手が足りなくなったんです。それで、先輩方には来場者の対応を手伝っていただきたくて……」
「うん。任せて」
霞ヶ原先輩が即答する。
「……晴人が僕たちに何かを頼むなんて、初めてのことなんだ。それは、それだけキミたちが大変な状況に追い込まれてるってことの証明で、それと同時に、晴人はキミたちのことを何よりも大切に思ってるってことだからね」
「あぁ、その通り!」
続けて天童先輩が言葉を発する。
「晴人は自分のことを『凡人だ』なんてよく言うけどよ、俺たちにとってあいつは “誇り” みたいなもんなんだよ。そんな晴人が俺たちに頼み事をしたんだぜ? ……そんなの、手を貸さないわけにはいかねぇだろ」
そう言って天童先輩は、ニカっと白い歯をむき出しにした笑顔をこちらに向ける。
私はそんな眩しすぎるほどの笑みを浮かべる2人に向かって、ただひたすらに深く深く頭を下げた。
***
先輩たちと共に来場者を教室内へ誘導している中、私はふと窓の外に目を向けた。
窓から見える淡い青色の空と、9月の陽光に照らされる見慣れた街並み。
そして、窓に薄らと反射して映る1人の少女の、今にも泣き出しそうな不細工な顔を見て、私は思わず自虐的な笑みを浮かべる。
……可笑しいなぁ。
どうしてこんなにも、泣きそうな顔をしているんだろう。
どうしてこんなにも、胸が苦しいんだろう。
蒼子ちゃんが辛い目にあってるから?
3人で文化祭を終えることが出来なくなったから?
……いや、多分どちらでもない。
私が今、こんなにも胸が苦しいと感じているのは、彼が彼女のことをどう思っているのか、はっきりと分かってしまったから。
彼女を想う彼の横顔が、去っていく彼の後ろ姿が、とても悲しそうで苦しそうで、そして何より、愛しいものを守るという強い意思を放っていた。
きっと、私と彼女が逆の立場だったとしても、彼はその感情を私に向けてはくれないだろう。
心配はしても、あんな顔はしてくれない。
それに気づいてしまったことが、何よりも辛くて悔しくて、そして悲しかった。
私は、そんな窓に映る歪んだ顔のさらに向こうをジッと見つめ、心の中で彼に届くようにと願いながら小さく呟く。
……晴人くん。こっちは何とかなりそうだよ。
だから絶対に、蒼子ちゃんを連れ帰ってきてね。
***
空はまだ蒼い。
街を照らす太陽は驚くほどに白く輝いていて、その暖かく和らかな陽射しは、まるで誰かを慰めているようにも見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます