第38話

「そういえば」


「……なに?」


「あれから、どうなった?」



先日、この天文部の部室で、白月が長年己の内に隠し続けてきた想いを俺の前で吐露とろした。


俺はそんな白月に対して至って普通の、誰でも考えつきそうなありきたりなアドバイスを提示したのだった。



白月はそんな俺の問いの意味を理解したらしく、「あぁ、そうね」と小さく呟くと、窓際からテーブル席の方へと移動し、俺とは対角の位置に腰を下ろして話を続けた。



「ちゃんと報告しておくべきね。というか、皇くんをここに呼んだのはそれについて言っておかなければならないことがあったからだし」


「言っておかなければならないこと?」


俺は白月に尋ねる。



「あの日、家に帰ってからお父さんと2人で話をしたの」


「…………」


俺は黙って白月の話に耳を傾ける。



「かなり勇気が必要だったわ。声は震えるし、冷や汗は出るし。自分の想いを口にしたところで、聞き入れてもらえなかったらどうしよう……って、すごく不安になった」


白月は両手の指を噛み合わせるような形でテーブルの上に腕を置くと、そわそわと指を動かしながらゆっくりと話を続ける。



「初めはすごく怒ったような顔をしていたけれど、正直に自分の想いを言葉にして伝えたらお父さんもなんとか分かってくれたみたいで、週に1日は休みをくれる約束をしてくれたわ。……もちろん、『条件付きで』だけどね」


「条件?」


俺はまたもや疑問を口にする。

すると、白月はそんな俺の疑問に答えるように口を開いた。



「学校の成績は絶対に落とさないこと。それと、私が本当にやりたいことを見つけるまでは、大会やコンクールでも決して気を抜かないこと。これがお父さんから出された条件」


「相変わらずキツい条件だな。お前はそれを承諾したのか?」


「当たり前でしょ? これくらい、私にとっては何てことはないんだから」



ただの強がりなのか、本気で言っているのかは定かではないが、どちらにしろこいつの要望が通ったようで少しホッとした。

これなら、アドバイスをした甲斐があるってもんだ。



「そうか。……まぁ、良かったな」


一応、事情を知っている者の立場として、素直に祝福しておく。


それはそうと、今、白月が言った「私が本当にやりたいことを見つけるまで」という言葉が少し気になる。

確か、先日この天文部の部室で白月と話をした時、感情の流れに任せて「好きでもないことを続けるな」的なことを言ったような気もするが、それと関係があるのだろうか……。


そんなことを考えていると、白月は俺の言葉に答えるようにその小さな口を開いた。



「えぇ。でも、これは皇くんのお陰よ」


「は?」


予想もしていなかった言葉が白月の口から飛び出してきたため、思わず間の抜けた声が零れた。



「だから、一応お礼を言っておくわね。……ありがとう、皇くん」


「…………おう」



なんだか少し照れくさいような、気まずいような、そんな沈黙が天文部の部室に流れる。


あいにく、今日は一足早い夏が到来したかなような晴れ晴れとした天気で、先日のような沈黙を紛らわせるような雨音は聴こえない。


耳を澄ませば、白月の呼吸音が聞こえてくるんじゃないかと思うほどの、そわそわとした長い沈黙。



そんな息が詰まるような沈黙を破ったのは、白月の一言だった。

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