第33話

すると、その言葉を受けた白月は驚きで一瞬両目を大きく見開くと、すぐに素の表情に戻って俯いた。


長い髪に隠れて白月の表情は見えない。


部室内には再び嫌な沈黙が流れ出した。



俯いたまま黙る白月を見て、少し強く言いすぎたか、などと思っていると、いつの間にか再開した吹奏楽部の演奏と、外から聞こえる雨音に紛れて白月がポツリと呟いた。




「……知らないくせに」


「は?」



恐ろしく静かな白月の声。


——嵐の前の静けさ。

そんな言葉が脳裏を過ぎった。


まるで、鳥達が翼をばたつかせて騒めくような得体の知れない不安と不気味さが、嫌な予感を感じさせる。


そして、それは現実となった。




「何も知らないくせに、勝手なこと言わないでっ……!」




突然発せられた白月の怒号に驚き、思わず体がびくりと反応した。


白月は先程まで俯かせていた顔を勢いよく上げ、その冷ややかな双眸で俺を睨みつける。瞳の端には微かに涙が溜まっているのが見えた。


制服のスカートの端を強く握る手は静かに震え、俺はすぐに白月は怒っているのだと理解した。



「あなたに……! 凡人のあなたに、一体何が分かるって言うのよ! 」


開いた口を閉じることも忘れ、ただ呆然とその場に立ち尽くす俺に、白月は続けて言葉を並べる。



「毎日毎日、名前も知らない人たちから身勝手な期待を押し付けられて、『天才だから』『凄い才能を持っているから』って、失敗することすら許してもらえなくて……! 私だって、辞められるのなら今すぐにでも辞めたいわよ!!」



俺が白月に対して6年間抑え続けてきた想いを吐き出したように、白月も俺に対して、今まで決して口にすることはなかった……いや、口に出したくても出せなかった想いを思い切り吐き出した。


今まで、白月が一度たりとも俺に見せたことがなかった表情に圧倒されながらも、不思議と頭はクリアだった。



そんな白月は最後に、白月が最も強く思っているであろう言葉を静かに口にした。



「天才になんて……生まれて来なければ良かったのに」



それっきり、白月が口を開くことはなかった。

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