43、ざまあみろ

 八月の頭からお盆を過ぎるくらいまで、夏期講習がひと段落し、私は長い休みに入りました。ハマると極端にのめり込んでしまう悪癖のある私は、その間ずっとゲームに興じていました。受験を過ぎたらやろうと思っていたドラクエⅩⅠを、一気にクリアするつもりで、気づくと寝食とお風呂以外はずっとゲームという日が続いていました。(ふとした瞬間我に返ってからは、一分も触らなくなりました)

 そんな最中でしたが、私がささやかに楽しみにしていたことがありました。八月十日、友達と一緒にカラオケに行って、その後ラーメンを食べるという計画がありました。授業で一緒になることが多い友達二人との、初めての遊びの約束でした。


 前日も早朝四時ごろまでゲームに興じ、来たる八月十日。早朝六時過ぎのこと。父からの電話で目が覚めました。

 何事だ、いつもなら出社のために起きるくらいの時間なのに。もう少し寝て居たかったのに起こされたという苛立ちと、寝起きのローテンションで、「何」と短く返事をしました。

 救急車を呼んでくれ、と父は言いました。

 私に電話ができるんだったら、その電話を使って自分で呼べばいいのに。

 怪訝な気持ちを呑み込みつつ、私は父の部屋に様子を見に行きました。

 ヘルニア持ちだった父。どうやら、ふとした瞬間に腰痛が悪化し、起きれなくなったようです。下着姿で痛みに唸っているのが滑稽でした。

 のそのそ起き出してきた妹を尻目に、初めて一一九番に電話をかけました。先方は一〇分ほどで着くと言っていましたが、うちのマンションのエントランスで迷っていたらしく、実際はその倍ほどかかりました。(なんで迎えに行かないんだよ、と父には怒られました)

 当然のように、病院まで私も付き添うことになりそうでした。「私は友達と約束があるから」と全てを妹に押し付けて家を出ることも考えたけれど、何より後が面倒になりそうだったので辞めました。

 なんで今日に限ってこんなことになるのだろう。出端から一日を台無しにされたようで、恨めしい気分でした。救急車の中を見れる貴重な機会だと思うことでしか、事態を肯定的に捉えられませんでした。のたうち回る父の唸り声がひどく耳障りでした。

 心配だとは全く思いませんでしたが、「大丈夫?」と言わないと面倒なことになるんだろうなと思い、心配しているふりだけはしていました。


 病院に着くなり応急措置がされました。待たされる時間は言うほど苦ではありませんでした。友達に「今日ダメかも」と泣く泣くメッセージを入れ、妹と二人で措置が終わるのを待っていました。二時間程度しか寝ていなかったので、ひどく眠く頭が痛かったのを覚えています。

 問題はその後でした。措置をした父のもとに通された私たちは、診察待ちのために、そこで五時間もの待ちぼうけを食らいました。お昼を食べることもできず、カーテンで区切られただけの狭い個室の中、父の傍にずっといなければなりませんでした。その上異様に電波が悪く、外と連絡を取ることもインターネットにつなげることもできませんでした。仕方がないからひたすらドラクエをやっていました。


 父は痛み止めを投与されていましたが、しきりに痛がっていました。その姿を見ながら、私は、いい気味だとしか思えませんでした。

 父が今まで母や私に味合わせてきた苦しみを考えると、当然の報いでした。むしろ足りないぐらいだとさえ思いました。

 このまま苦しんで、苦しんで、自分のやったことを悔いればいい。

 呪いにも似た言葉を胸中で吐きながら、その日は父の病院で一日が潰れました。


 父は医師から勧められた入院を断りました。どうせ安静にしているなら家でも病院でも同じ、それなら金がかからないだけ家にいた方がマシ、とのことでした。舌打ちをしたい気持ちでした。

 手術をするかどうかは、次の診察で様子を見て決めるとのことで、父は家で絶対安静を申し付けられました。会社はしばらく休むことになりそうでした。


 帰り際。看護師さんに「いい娘さんですね。お父さんのことこんなに心配してくれて」と言われていた父を見て、さらに気分が塞ぎました。

 私は痛みに耐える父を見て冷笑するような人間なのに、ひどい皮肉もあったものだなと思いました。

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