35、受験生ゆきこの奮闘

 夏休みのほとんどが課外授業に費やされました。

 もともと集中力に乏しい上に、家にいると気が滅入ったから、ずっと外で勉強をしていました。学校の教室や自習室を使うこともあったし、スーパーのイートイン、図書館、ショッピングセンターのフードコートなど、色々な場所で勉強をしました。

 夏ごろから私立入試の申し込みが始まりました。センター利用を含め、五つの大学に申し込みました。受験料は父が払ってくれました。

 お金がかかるたびに、束縛が強まっていくような感じがしました。父の援助で生活が成り立っていると痛感せざるを得ないからでしょうか。感謝をするべきことなのだろうとわかっていても、支配されているような感覚は日増しに膨らむ一方でした。

 金銭面の一方的な関係を、あからさまに言い立てられることも少なくありませんでした。そのたびに私は、「この人が老いなどで一人で生きていけなくなっても、それで助けを求めてきても、絶対に突き放してやろう」と心に決めました。

 前期で受ける予定の国立と、大本命の私立の赤本は、自分のお金で買いました。

 

 夏休みから、学校が再開し冬休みに入るまでは、特に大きな事件もなく過ぎました。とはいえ、父は相変わらず怒りっぽかったし、私が通り掛けにものを落としただけで「喧嘩売ってんのか」と語気を荒げることもありました。

 家族団欒という理想図を強要してくるのも相変わらずでした。父は家庭の不和の原因をコミュニケーション不足だと考えていたようでしたが、父が積極的にコミュニケーションを図ろうとする(らしい)ことは、私にとっては逆効果にしかなりませんでした。

 それでも、一応、親として受験生の応援はしてくれていたようです。父なりに気を遣っているらしいことが、それとなくわかることもありました。


 センター試験前になっても、ぐちゃぐちゃした気持ちはずっと続いていました。

 第一に、私の成績はあまり芳しくありませんでした。世界史だけは安定していたけれど、国語は振れ幅が激しく、苦手な英・数・理はずっと低迷していました。

 特に英語に関しては、国立・私立ともに重要な科目なのに、それまで勉強をサボっていたツケが一気にまわってきていました。国立志望の英語課外に必死で縋りつきながら、まじめに課題をやらずサボりがちだったことを悔いました。

 努力は人を裏切らない、なんてよく言うけれど、あの言葉の真意は「努力をしなかったツケはいつか必ず回ってくる」ってことなんじゃないか、なんて考えることもありました。


 いいこともありました。センター試験が目前にあるということで、いつもの年末年始の青森行きが、私だけ特別に免除されたのでした。

 必然的に一人でお正月を迎えることになりました。しかし、どこかわがままかもしれませんが、それではあまりにも寂しい。とはいえ、母の家に行くのは、青森行きをセンター試験を言い訳に拒否した以上、辻褄が合いません。

 考えた末に私が計画したのは、うちにYちゃんを招いての「勉強合宿」でした。(家出騒動の時にお世話になった、あのYちゃんです)。幸い、父も相手の親御さんも快諾してくれました。


 Yちゃんは約四日間うちに滞在しました。その間、黙々と勉強をする傍ら、三度の食事は私が腕をふるいました。料理をすることはとても好きだったし、小説を書きたくても書けない受験期で、数少ない息抜きの一つでした。Yちゃんは細かな家事などを手伝ってくれ、私の料理を「おいしいね」と大袈裟なくらいにほめてくれました。

 毎日のようにお風呂を沸かせたのも最高でした。父は「ガス代がかかる」とお風呂を張るのを嫌がり、沸かすなら一日は残り湯の追い炊きを強制しました。前日のお湯に入るのは、ぬるぬるするし汚い気がして嫌いでした。(部屋の掃除はできないのに、こんなところばかりは気にしてしまう節がありました)。鬼の居ぬ間にと言わんばかりに毎日お風呂を入れました。

 毎日新しいお湯! いくらゆっくり浸かっても文句を言われない! なんと素敵な日々だったことでしょう。

 

 三十一日は紅白を見ながら勉強しました。年越しも二人で祝いました。

 お正月には、簡単なお雑煮も作りました。安いお刺身と松前漬けの小さなパックを買い、卵焼きをつくっておせちに見立てました。簡素ではあるけれど、青森で目にしたたくさんのごちそうよりも、いっそうおいしく感じました。

 たまのお料理や食材の買い物以外は、ほとんど勉強漬けの数日間でした。しかしながら、この勉強合宿は、私の人生の中で最も充実した時間の一つになりました。砂漠の中に点在するオアシスのような存在です。

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