23、Day6 いつの間にか五人兄弟の長女になっていた

 土曜日にY家を後にしました。午前授業があったので、Y家の人に荷物を学校まで届けてもらい、そのまま母の家に直行する手はずになっていました。学校近くのスーパーの駐車場で荷物を受け取ると(この時も緊張しました)、別れの挨拶をして、私は普段の帰路と同じバスに乗りました。

 やがて電車に乗りました。集合場所は東京にある終着駅。私の家の最寄り駅を過ぎ、座席にぼーっともたれていたとき、母から「まだ学校?」とLINEがありました。「今電車」とそっけなく返すと、「学校が終わったら連絡頂戴って言ったでしょ!」とすぐさま返信がありました。全然覚えていませんでした。

 やがて終着駅に着き、微かな緊張を覚えながら改札口に向かいました。そういえば、母は私の知らない妹(Uちゃん)を連れてきているはずだ。どんな子なんだろう。警戒されたり嫌われたりしないだろうか。ちゃんと優しくできるだろうか。そんな気持ちを抱えながら、やがて遠くに母の姿を認めました。

 母に会うのはおよそ二年ぶりでした。母は向精神薬の副作用とかで、以前見た時よりも丸々としていました。やがて母は私を目に留めると、こちらに大きく手を振りました。

 母の傍には小さな人影が二つ。黒いジャンバーを着た弟のIくんは、前よりも少し背が伸びたでしょうか。その陰に、ピンク色のジャンバーとリュックの女の子。あれがUちゃんだろう、と私は思いました。

 しかしながら、母の傍にはもう一つベビーカーがありました。Uちゃんはベビーカーに乗るには少し大きすぎる年齢です。それに加え、Iくんがしきりにベビーカーに向かって話しかけているのも見えました。

 怪訝に思いながら、改札を抜け、母と合流しました。母は私のことをぎゅうっと強く抱きしめました。まだ母の背は越せていないはずなのに、母の身体が随分と小さく感じました。

 大荷物でやってきた私のカバンのひとつを受け取り、母はベビーカーの中を指し示しました。

 中に、ロンパースを着た小さな男の子が横たわっていました。母は彼の小さな手を私に握らせました。母と再婚相手に生まれた二人目の子供。名前はKちゃん。その頃一歳を過ぎたくらいでしたが、まだ起き上がることもできないようでした。

 しばらく私はベビーカーの中に見入っていました。私が呆気にとられていたのは、自分も知らない兄弟がさらにもう一人いた、という驚きだけではありませんでした。

 水頭症、という病気を聞いたことがあるでしょうか。読んで字のごとく、頭に水が溜まってしまい、頭部が肥大化する病気です。成人でも発症することがありますが、小児の場合は多くが先天性のものです。

 私も当時は、ネットで少し記事を読んだことがある程度の知識しか持っていませんでしたが、一目でわかりました。Kちゃんの頭部は、ネットで見た水頭症の子供の写真とそっくりでした。

 驚きはしたけれど、拒否感はありませんでした。意外だとも思いませんでした。母は当時四十代半ばで、かなりの高齢出産です。障害を持った子が生まれるリスクは十二分に高い。決して不思議なことではありません。

 それ以上に、にこにこと静かに笑いながら私の手を握るKちゃんは、とても愛らしく思えました。十六歳も年下の弟。広いおでこを撫でてやると、きゃっきゃといいながら笑っていました。

 見たところ、IくんはKちゃんをとてもかわいがっていました。私にとって「甘えん坊の末っ子」だったIくんは、すっかり「三人兄弟の長男」として、お兄ちゃんらしい面倒見のいい子になっていました。私は何とも言えない寂しさを感じました。

 ベビーカーと二人の子供連れでは、お昼ご飯の場所探しにはかなり難航しました。結局入ったのはチェーンのファミレスでした。料理が運ばれてくるころには、Uちゃんは「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とすっかり私に懐いてくれていたけれど、Iくんは少しよそよそしいままでした。人見知りもあるのでしょうが、いきなり現れた大きな姉に戸惑っているようでした。

 母のアパートに着き、弟たちと一緒におやつを食べたり、ディズニーのDVDを見たりしながら、ゆっくりと時間を過ごしました。一緒にお絵描きもしました。Uちゃんは三歳ながらとても絵が上手でした。

 一緒に遊んでいるうちに、IくんもUちゃんも少しずつ打ち解けてきて、距離をつめてくれるようになりました。小さい子の面倒を見るのは嫌いではないので、とても楽しい時間でした。


 その日の夜、母の再婚相手のおじさんがアパートに帰ってきました。突然転がり込んできた高校生の女の子に、おじさんはすごくどぎまぎしているようでした。妻の前夫の長女と母の再婚相手という、なんとも言えない関係性の私たちは、お互いがコミュ障だったせいで、母を通してしか話ができませんでした。

 それでも、おじさんは素敵な人でした。私にあれこれ気をつかって、ちょっといいプリンやらケーキやらをたくさん買って帰ってきてくれていました。子供たちを見ているおじさんの目は、とても優しく、穏やかでした。

 ああ、母は幸せになれたんだな。そんな感慨が私を襲いました。同時に、父親の違う兄弟たちにちゃんと「パパ」がいることに、深く安心していました。


 子供たちが寝てからは、母と二人で話をしました。Kちゃんの話。進路の話。家の話。小言もいくらか言われました。母が淹れてくれた、甘くて濃いミルクティーの味が好きでした。

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