19、Day0 繰り返すたびに衝突がひどくなる

 高校二年生、冬。この頃になると、仲の良い友達に愚痴を言うことも増えていました。私の家庭の煮詰まり具合は、もはや笑い話としてネタにすることでしか消化できませんでした。友達は時には笑い、時には父に怒りを示し、時には私に同情を寄せながら、話を聞いてくれました。この頃つるんでいた友達は、不思議と、家庭内に不和を抱えている子が多かった記憶があります。

 その中でも仲の良かったYちゃんは、特にうちと家庭環境が似ていました。彼女の父親は、うちの父と驚くほど言動や思考がそっくりで、もはや他人とは思えないほどでした。私とYちゃんは「うちの父親とそっちのお父さん、同一人物なんじゃない?」「生き別れの兄弟なんじゃない?」と、よく冗談を言い合っていました。


 事件の発端は十二月四日の夜でした。夕飯の洗い物が一部残っていたのがきっかけで、父が不機嫌を爆発させました。

 一度は部屋に避難して、友達のYちゃんに「なんかお父さん怒ってるんだけど」とメッセージを送りました。返事はすぐに来て、彼女は私を心配してくれました。そうやって外界とつながることで、どうにか自分を保っていられる気がしました。

 しばらく会話のやり取りをしていると、父が部屋に乗り込んできました。

 父は私のスマホをひったくり、部屋の外に投げました。そのまま父は私のお腹を蹴り、髪を引っ張って私をベッドに投げ出しました。再び髪の根元を掴まれ強引に立たされ、壁に頭を打ち付けられ、平手を張られ、至近距離で幾度とない罵声を浴びました。

「さすがの俺も我慢の限界だ」という、何度聞いたかわからない台詞。(「さすがの俺」とは何様のつもりなのか、これほど沸点の低い人もそういないのに、と私は彼の無自覚を心底軽蔑していました)

「誰のおかげで生活できてると思ってんだ」「今からお前がやる努力すべて無駄にしてやる」「大学受験まで人生が続いていると言いな」「大した飯作ってないくせにやった気になってんじゃねえよ」

 いつ止まるかとも駆らない罵倒の間、父はずっと私の髪を掴んだままでいました。

 ひとしきり怒りをぶちまけ、部屋の扉を乱暴に閉めて、父は出ていきました。

 私は壁際にへたりこんで、涙の流れるままにしていました。父に強く引っ張られたせいで、頭皮がひどく痛みました。

 そっと部屋を出て、スマホを拾い上げました。「返事なくなったけど大丈夫?」と、Yちゃんからのメッセージが届いていました。

『お父さんに髪引っ張られた笑笑 ハゲそう笑笑』

 冗談交じりにそんな返信をしました。泣きつくことができなかったのは、私のプライドのせいかもしれません。誰かに、ましてや同級生にもたれかかることに、抵抗があったからかもしれません。

 やがて私は部屋の電気がつかないことに気が付きました。父がブレーカーを操作したようでした。明かりがつかなくては勉強もままならないどころか、スマホの充電すらできません。父らしい姑息なやり方でした。

 いつもそうでした。父は、外からそれとわからないようこちらを害するのが得意でした。手を出すことはあっても、我を忘れて本気で殴るようなことはないのが彼のやり方でした。殴る蹴るの時も、わかりやすい痣や怪我ができないよう、あからさまに手加減をしていました。その上、手を出すときは、気軽に人に見せられないような場所、例えばお腹や足の付け根ばかり選んでいました。髪を引っ張るというのもそう。証拠を残そうにも、うかつにスマホを触ると取り上げられたり壊されたりして、録音すらままならないのが現状でした。

 この家にいたら私はだめになる。これから受験も始まるのに、まともに理性的な話し合いが成立しないこの環境では、どれだけの苦労を強いられるのだろう。私は絶望して、ひとりさめざめと泣いていました。


 この夜、母に連絡を入れることはしませんでした。端から当てにしようなんて思っていませんでした。連絡をしても、いくら泣きついたところで「卒業まで辛抱すれば自由になれるんだから」とか「学校を休むわけにはいかないでしょ、早く寝なさい」とか、そんな言葉ではぐらかされるとわかっていたから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る