【静寧と動乱の遙けき帝国】貴婦人、最後の恋

作者 工藤行人

すべてのエピソードへの応援コメント

  • 第14話 家族のかたち(竟)へのコメント

    こちらのエピソードの前半では、”牢乎として綰ねられた団欒の和”の中でのシンセーヌの疎外感が、”綰を眺めている自分に気付き慄然とする”、”遥か異国の音楽の如く”、"安住からざるに疾う疾う綰ねに連なるを諦め"などの表現に巧妙に記されていると思いました。

    後半、リスラーナ子爵フォニオスが登場し、シンセーヌに畏まり、幾分、気持ちが和らいだのも束の間、乗馬服の出で立ちで、パフシリエル大公爵とロイドルとの三人で晩餐の前の短い野駈に出かける算段とのことで、いささか物語に不穏な空気が流れてますよね。

    作者からの返信

    中澤樣

    シンセーヌの疎外感、順を追って丁寧にお酌み取り下さいまして恐縮です。久方ぶりに改めて私も読み返してみたのですが、「ああ、これは私だった」と熟々思い知らされました。同種の疎外感を現実世界で感ずる機会も時々ありますもので……。

    不穏な空気を流しており乍ら、書き止して已に三年以上が経過してしまいました。今後の展開は決めておりますものの、飽きてしまったのか、怠惰なのか、如何せん先に進みません……気長に続話、お待ち下さいますと幸いです。

    作家の方達が素晴らしいのは、やはり「書き切る」力をお持ちだというところ、私などは羨ましく思われます。

    2021年8月25日 13:26

  • 第12話 家族のかたち(頚)へのコメント

    コメントの順番が逆になりましたが、パフシリエル大公爵と大公妃メーランキアに対して、シンセーヌが「琴瑟相和す」と詩吟由来の故事成語をさり気なく使っていらっしゃる箇所など、語彙世界の趣きがあって、微笑ましい気持ちになりました。

    作者からの返信

    中澤樣

    此方にもコメント頂戴しまして有り難うございます。
    「さり気なく」使えておりましたか……良かった。こういった故事成語など、とにかく使いたい語彙を使うために設えた「世界」でしたので、そう仰って下さいまして私も安堵致しました。にしましても、夫婦の仲睦まじい様=状態を、楽器の音の協和として表現する感覚の妙には驚かされますね。そして言葉とて朗誦すれば音楽になる、文学と音楽の親和性にも改めて思い致しております。

    2021年8月25日 13:10

  • 第13話 家族のかたち(尾)へのコメント

    水晶玻璃(クリスタルガラス)の高脚杯(ゴブレット)は高級感がありますね。
    氷が自鳴琴(オルゴール)のように涼やかな音をたてて、大公妃が寛いでいる様子が想像されます。アンティークな雰囲気の中世ヨーロッパの貴族を描いた絵画を連想しました。

    水晶もパワーストーンとして有名ですよね。クリスタルの置物を家で少しばかり集めていて、友人にプレゼントしたりしたこともあります。

    鉱物は人類の歴史に計り知れないほど様々な影響を与えてきたのでしょうね。

    さて、新型コロナウイルスによるパンデミックについては昨今では変異種デルタ株が猛威をふるってますが、感染拡大のピークアウトを心待ちにしつつ、感染防止と健康管理に心がける日々が続いています。こちら、父亡き後のショックとパンデミックで深刻な現代ストレスの負荷が強かったこともあったためか、病に倒れた母の介護も続いていて、大変な現況なので、かなりマイペースですが、これからもフォロー、応援させていただきます。

    『ピアニズム—Life with piano—』のフォローもありがとうございます!

    作者からの返信

    中澤樣

    何時もコメント頂戴しまして有り難うございます。

    中澤さんも水晶玻璃(クリスタルガラス)の置物、集めておいでなんですね。私もクリスタルに限らず種々の硝子細工を愛好しておりまして、小学生の頃から集めている定番の動物の置物や、ここ数年ほどはリヒトミューレ(ラジオメーターの名称の方が一般的でしょうか)やガラスペンなど贈答用に買い求める序でに自分のものまでついつい購入してしまいがち……硝子の魅惑的な力にやられっぱなしなのです。
    ちなみにお気に留めて下さった高脚杯(ゴブレット)ですが、実は私のTwitterで8/15にツイートした写真に映るものが元ネタでございます。前米国大統領が大統領就任前にスロベニアのガラスメーカーとコラボレーションして製作したもので「ロガシュカ トランプ エルムスフォードゴブレット」という何ともご大層な名前が付いているのですが、決して名前負けすることなく、夏の今時分など氷と協えて心地良い琳瑯を響かせてくれます。大公妃殿下も聞き惚れるであろうこと、まず疑いありません。飲み物を注いでいる最中も、そして私のくしゃみにすら応えて響いてくれるくらいに繊細で感度の良い、愛用のゴブレットです。貴族ならずとも、こういったものを蒐集できるのは現代ならではでしょうか。だいぶ前に撮影したベストショットを先程、Twitterに再投稿しましたので「親〇カ」ならぬ「硝子〇カ」とお笑いになり乍ら見て遣って下さいませ。

    さて、ウイルスもなかなか手強いのでしょうか、世上の物怱も収まる気配がありませんね。中澤さんとご家族の安寧を、そして何よりお母様、頼もしいお嬢さんに支えられてきっと嬉しく思われていることだろうと勝手に推測し乍ら、お祈り致しております。
    私の方といえば、現況にあっても両親や祖母含め、お陰様で変わりなく過ごせておりますものの、日曜の午后などに電話した後、家族の皆が元気で笑い合える穏やかな時間は何時まで続くのだろうかと思うことが最近は頓に多くなっております。喪失の予感を気取らなければ、大切なものには気付けないのでしょうか……否、この辺りは単に私が鈍いだけかも知れません。

    日々の合間を縫って拙文にお運び下さること、大変嬉しく光栄に存じます。お忙しい折にも、ふと無為に何か「眺め」たくなるようなことありましたら、是非また拙文「眺め」に遊びにいらして下さいませ……ということで、懲りずに漫筆を失礼致しました。

    『序曲 プレリュード from season to season』の続編ですね『ピアニズム—Life with piano—』、私も少し纏まった時間を見付けて拝読しに伺います。でハ又。

    2021年8月25日 13:03 編集済

  • 第7話 純白の色付きと色めきへのコメント

    舞台である湖水地方は絶景というだけあって、自然景観が豊かな美しい場所なのでしょうね。

    ヨーロッパではイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、フィンランドなどに、美しい湖水地方として有名な場所がありますよね。

    作者からの返信

    中澤樣

    此方にもコメント、御礼申し上げます。
    湖水地方はまず以て英国のそれをイメージしつつ描写してみた積もりです。「自然景観が豊かな美しい場所」として思い馳せて下さり嬉しいです。
    自分の頭の中にしかなかったイメージが言葉を介して伝わり、それを自分以外の方が共有して下さる……言葉の機能に改めて思い致しております。何やらクラプトフェリア州が実在するかのような錯覚に陥りさえするのですから不思議なものですね。

    うわわ、フォロー、コメント、応援の「第二波」を頂戴しておりました。有り難うございます。こういう「波」ならば何時でも大歓迎なのですが、現実世界の有り難からざる「波」の方は早く凪いでくれないものでしょうか。

    2021年8月19日 12:47 編集済

  • 第2話 又しても伯爵へのコメント

    ""稀少な鬼御影(ペグマタイト)で総造りされた塔や居館""にヒントをもらいましたが、言語と鉱物の歴史を遡るとパワーストーンのルーツを辿れそうですね。

    ヨーロッパに多くの侯国があった頃に時代を遡ったファンタジー世界を構築されていらっしゃるんですね。貴族社会は系図や相関図が細やかな印象ですので、マイペースになりますが、読み進めていく意向です。

    「豊穣なる語彙世界」もささやかながら、レビューを書かせていただきました。ご意見等、何かありましたら、よろしくお願い致します。

    作者からの返信

    中澤樣

    「豊穣なる語彙世界」へのレヴュー、お寄せ下さいまして有り難うございます。人一人の人生では如何ともし難い「語彙の海」を引き続き私なりに「航海」して探索して参る所存です。不定期の更新、希有希見ではございますが、宜しければ今後とも「航(ゆうたり)」とお付き合い下さいますと幸甚です。

    【静寧と動乱の遙けき帝国】シリーズ、「貴婦人、最後の恋」と「貞淑なる女帝の後宮」へのフォローも有り難うございます。
    中澤さんは鉱物の類、お好きでしょうか? 私は大好きでして、漢語表記にしてもギリシャ語で石を意味する「ite」「lite」を語尾に付けるにしても、語そのものの形象や語感がどうにも私を魅了して離しません。仰るような「言語と鉱物の歴史」、語源や神話などに幼少時から強い関心を抱いておりました。石には得も言われず無性に惹かれてしまうのです。ペグマタイトの他にも貴石・碔砆の類を拙文中に鏤めております(と同時に、自己満足的に恐らくそれぞれに何らかの意味を持たせている筈です)ので、語彙の「鉱脈」と併せてこちらの鉱脈も辿り乍らご味読下さいますと倖いです。

    「貴族社会は系図や相関図が細やかな印象」……仰る通りですね。実は「豊穣なる語彙世界」を拵えるに先んじて、「この語彙を使いたい、どうしたものか」と思案した挙げ句に仮構したものが【静寧と動乱の遙けき帝国】というシリーズです。「使いたい語彙」が先にあったという点では「語彙世界」と執筆の動機は通じておりますものの、「帝国」シリーズはそれらしい物語性を保ちうるよう人物相関や国家国制、地形、歴史などの要素を予め設定しております。破綻や齟齬のないよう留意している積もりではありますが、如何でしょうか……?

    2021年8月19日 12:34

  • 第11話 家族のかたち(頷)へのコメント

    どちらに書こうか迷いまして、イメージカラー(と言うのでしょうか。キャッチコピーの色)を変えられた『貴婦人の部屋』に失礼します。夜ですが、robe montanteの襟を正して参りました。宮中大礼裳(マント・ド・クール)は、やはり、もとからそうであったかのような嵌まり具合ですね。

    未だ嘗て、これほどまでに美しく綴られたレビューを読んだことがあったでしょうか。
    素晴らしく美しい思の葉と言の葉を見ました。真夜中に感動で目が覚める思いです。
    このたびは『オフィーリア奏鳴曲』にレビューを賜りまして、誠に有難うございましたm(__)m
    spherule……初めて知る言葉でした。一度融けた鉱物が空中で再冷却されて生じる球状の粒子……これは、工藤様の語彙世界や物語にも通じるエッセンスであると思われます。工藤様の繊指(ゆび)が掬い上げる文字という要素。それがデジタルの画面上に、或るひとつの「美の指標」に沿って歌い上げられていく御作品の数々。いつも「心のドアノック体験」を有難十御座居〼。私のメモリーは工藤様から頂く言の葉を刻んで、「物語」になってゆくのでしょうか。陽が白を焦糖化(キャラメリゼ)するかのような、不思議に美しい現象です。未だ少年少女として生きられそうな、ジャネ―の法則も真っ青の集中力で、美文を味わい続けたいしだいです。
    レビューはスクリーンショットという便利機能を活用して保存しました。工藤様が退会なさることはないかと思うのですが、念のため。退会なさった御方の『spherule』という御作品、さぞかし美しかったのでしょうね。退会なさると御作品だけでなく、その方に頂いた御言葉も束の間に消えてしまうのがカクヨムの淋しいところです。どうか工藤様は永遠に此処にいらしてください……と何だか感傷的に希んでしまいました。大変失礼しました。おやすみなさいませ。

    作者からの返信

    宵澤樣

    今晩は。お返事が滞り気味で失礼致しております。
    イメージカラー、気付かれてしまいました。何らかの意図あるや否や、という以前に、相変わらない遅筆(否、これは「航(ゆうたり)」しているだけなのです……)で申し訳ないところです。ふた度と読み返して下さいまして有り難うございます。「宮中大礼裳(マント・ド・クール)」、再考の時機を頂戴したお陰様で個人的にも納得できております。折角ですから「ローブ・モンタント」「ローブ・デコルテ」を宛てた「女性通礼服」「女性中礼服」の漢語も何とかした方が良いかも知れません。後考を期したいと存じます。

    さて、御作へのレビュー、カクヨムご登録一周年に合わせてお送りしたいところでしたが何時も乍らに間が悪くて恐縮です。記念日を軽んじる鈍い男子は不可いと反省しつつ、「真夜中に感動で目が覚める思い」と仰って下さったことに安堵致してもおります。「真夜中」に駭かせてしまったとすれば、さらぬだに秋の夜長、「ドアノック」の時間にも留意すべきでした……(笑)
    レビューを書き慣れないせいか、他の読者の方を御作へと誘う呼び水、推薦の辞とは程遠いものとなり、未読の方には「何ダ是ハ?」と思われてしまう可能性もありましょうが、言葉の「意味」よりも言葉の「イメージ」で何かを読み取り、共感して下さる方にこそ御作を読んで欲しいという、私としての「思の葉」を「言の葉」に籠めました。スクショまでして下さったとのこと、光栄です。何より、他でもない宵澤さんが、御作への私の精一杯の賛辞としてお納め下さったのでしたらこれに勝る悦びはありません。

    私も『Spherules』という短編集に出逢って初めて「spherule」という語彙とその意味を知りました。あの作品は列ねられた文字によって表される「意味(メッセージ)」、そしてそれを「精確に伝達すること(=読者に受け取って貰うこと、リーダビリティ)」が抑も抛棄されていたのかもしれません、飽くまでイメージと語感とを薫らせて読者に解釈を委ねてくれる短編集で、既存の語彙が硬軟・緩急自在に用語されるだけでなく、しなやかな造語や宛字なども鏤められた、謂わば、意味伝達という手段のための「論理」で成型される以前の、言葉の「原始」を見ているようでした。

    その『Spherules』の著者の方はお別れの予告をして下さる方でしたが、カクヨムと退会のこと、私も折々に考えさせられております。宵澤さんの最新の近況ノートも拝読しまして、皆さんご身辺に種々ご事情おありとは理解しており乍ら、ふと気付いた時には何の前触れもなしに忽然と居なくなってしまっている……その方が人生のひと時を注いで生き生きと、時には苦しみ乍ら想像された「我が子」ともいうべき「世界」が寸毫残さず消えてしまっている、而も他でもない著者自らの意志で、リライトされるでもなく、他所に転載されるでもなく、容赦なく徹底的に「消されて」しまっているという情況、それが些かなりともコメントの遣り取りをさせて戴いた方だと尚更に強い喪失感を覚え、遣りきれない気持ちになりますね。私も何度かそういった情況に当面することがありました。現代的といえばそうなのかもしれませんけれども……。
    例えば〇ixiなどでは、ユーザーが退会してもコメントを書き込んだユーザー名が「退会したユーザー」に変わるだけでコメントそのものは残りますから(この方式、「詠み人知らず」みたいで逆に何やら面白いと思います。何方が下さったコメントか後でしみじみと思い出す楽しみにもなり得ますから)、ぜひカクヨムでもそういった形にならないものでしょうか。「往復書簡」のように何度も読み返したくなるコメントが泡沫に消えてしまっている時の喪失感、兎に角にも筆舌に尽くせません……私には頂戴したコメントを折々に読み返す愉悦を「えいやっ」と抛つことは勿体なくて出来なさそうです。自身の貧乏性もこういう時ばかりは有り難く感じられます。

    『語彙世界』へのレビューの御礼は、後刻、新たなるオフィーリアにお会いする時に改めまして。誠恐誠惶頓首謹言。

    2020年10月8日 19:15 編集済

  • 第4話 国母の来臨へのコメント

    工藤様
    「宮中大礼裳(マント・ド・クール)」が既に文章に馴染んでいるように、お見受けします。「裳」に「女性用」という意味を含ませて表現された新たな装い、上品です。ヴィスコンティ監督の映画の一幕で観ることのできた臙脂色の長い裾、絢爛豪華なあの装いこそが「宮中大礼裳(マント・ド・クール)」ですよね。動画も素敵でした。いつも私の心の扉に良い刺激を頂き、ありがとうございます。では、また後日、改めて語彙世界で、お話の続きをさせてください。今後とも宜しくお願いしますm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    早速にご覧下さったのですね。有り難うございます。馴染んでいましたか……そう仰って下さいますと、何やら「マント・ド・クール」は固より「宮中大礼裳」であったかのように思えてきました。私の場合、造語の愉悦はなべて完全なる自己満足に終わってしまうことが多いのですが、こうしてご意見を頂戴できると弥増して嬉しいものなのですね。

    それから「押し売り」動画にまでお付き合い下さいまして恐縮です。仰るとおり「あの」装いこそマント・ド・クールです。各国によって微妙な相違はあるようですが、ヴィスコンティ監督自身、爵位を持つイタリア貴族ですから、恐らく考証には信頼が置けます。やはり文献や絵画、写真等の静的情報にない「強み」が映像にはありますね。

    にしても、自分のお気に入りを「見て、見て」とついつい何方かにお示しして共有し、共感して欲しくなってしまうのは「少年」時代から変わっていないようで、些かお恥ずかしいところです……私こそ、御作拝読する度に何時も刺激を頂戴しております。分けても魅力的な語彙と義訓の数々、御新作でも遺憾なく鏤められているのでしょう。楽しみです。

    物語は要約されてしまうけれど、語彙は要約できない……こちらこそ、今後とも宜しくお願い致します。それぢゃ。

    2020年9月8日 14:54

  • 第16話 招かれざる客人へのコメント

    工藤様、おはようございます。
    宵五に雑事から帰宅後、疲れていたのかバッタリ眠ってしまいました。少しばかり頭が明確な此の好機に今一度、シンセーヌ嬢(と呼ばせていただきたく)とロイドル君の運命に想いを馳せております。
    「永遠の少年(プエル・エテルヌス)」の「大母(グレート・マザー)」として、ロイドル君を立派に薫陶したかのようなシンセーヌ嬢ですが、彼女の中の女性(にょしょう)、そしてロイドルくんに眠る本統に天然の男子(なんし)の稚さが禁断の「恋」を物語る……などと、落馬の大公様の御容態も気に成りつつ物語の先へ想いを巡らせてしまいました。ロイドル君は「父の娘」ならぬ「母の息子」で、此処に義母で在るからこそ可能かもしれない愛のカタチを想像したのです。
    「シンセーヌに、未だ何色かに染まりうる余地はもうそう残されては居なかった」という一文を、逆に「些少なりとも何色かに染まりうる余地はある」と読んだとき、それがロイドル君の色だったら如何なるのかしらと。
    「"破滅"は気取(けど)らるることも無く何時(いつ)の間にかシンセーヌの旁(かたわ)らにいたのである」という 音と併せ、勝手な想像を巡らせましたこと、お詫び申し上げます。

    第16話は嗅覚をくすぐる香水(パルファム)に充たされていますね。「竜涎香」……未知の香りです。漢方薬などもそうですけれど、哺乳類の結石とか蛙の毒腺の分泌物とか、そういうものを最初に利用しようと思い立つ人が凄いですね。香と言えば「香箱座りした猫」! 「すねこすり」はアニメ六期鬼太郎で観たとき、犬派にも猫派にも愛玩されて然りな可愛らしさでした。猫は心許せる相手を前に香箱座りを見せるらしいですね。本当に可愛い座り方で、癒やされます❤ そして「ニーベルングの指輪」のヴァルハラ入場と言えばワーグナーを想います(大作過ぎて詳細は分からない……私はピアノ小品しか扱えないようです)。

    今更ですが、吉野弘さんの「虹の足」を拝読しました。
    「バスの中の僕ら」には見えて「村の人々」には見えない。
    「他人」には見えて「自分」には見えない幸福があるのでしょうね。
    そう言えば昨日、奏鳴曲を読んでくださった或る御方から、工藤様と私のコメントの遣り取りを褒めていただきまして、改めて幸福を感じたしだいです。私の場合は公に見えた幸福でした。本当に有難うございます。

    作者からの返信

    宵澤樣

    昨日はよほどお疲れだったのでしょうか……そうしてお息みになって、すっきりとお目覚めになった後の「脳のゴールデンタイム」を拙文に費やして下さったとは、嬉しいやら申し訳ないやらです。と、同時に「読み返し」をして戴くということは、続話が未だ成っていないことの裏返しでもありますから、その点も大変申し訳なく存じます。

    実は「貴婦人、最後の恋」はこの第16話を成稿した2017年末の段階で、結末までのプロットのようなものを既に作ってはあるのです。ただ、書き切ら(れ)ずに、もう3年近く寝かせたままになっております。理由は幾つかあるのでしょうが、やはり一番の障碍は「語彙への拘り」なのだと思います。「プロットに則って書く」というアプローチの仕方が向いていなかったようで、どういうことかと申しますと、やはり私の場合は先ず語彙があってそれらが何らかのイメージと結合し、更にそれが連続して「物語らしきもの」に偶成するという、謂わば「語彙至上主義」(笑)でここまで書いてきたものですから、先にプロットを作ってもそれを原稿用紙に「刻印」するための語彙が「降って」こない限りは如何ともし難いのです……。可笑しな話なのですが、譬えて言えば、食材も無く、ゆえに装うべき料理も無いまま、食器だけ用意してしまったような状態、肝心の食材や料理が何時になれば届き、出来上がるのかも解らない状態とでも言いましょうか(しかも、その後「豊穣―」の執筆を始めてしまったが為に、偶成した「物語」の断片はそちらに回収されていくことになります。私には「豊穣―」の形態の方が向いているような気がします)。

    さて、「母の息子」としてのロイドルの運命、二人の禁断の恋の帰趨、そして嬉しいことにお察し下さいました「未だ何色かに染まりうる余地は『そう』残されては居なかった」の部分、シンセーヌが最後に染まる「色」とは何色なのか……プロットによれば、今話の「大公様」の「落馬」は次話で途んでもない(と私自身が思っている)方向に展開していくはずなのです。また第10話、父となったロイドルとその子ども達を丘の上から見守る「鍔広帽」の「真白き女性」が誰なのかの種明かしなどなど、何だかんだで既成のプロットも容易には棄てがたく、何とか「物語」の形でご披露したいところではあります。やはり「物語」は完結させてこそ価値を持つのでしょうしね。その点、多くの物語を書き切って来られた宵澤さん、凡そ書き手の皆さんには心よりの敬意を表するものです。

    因みに「竜涎香」は「アンブルグリ」にルビ振りしておりますが、私もアンバーグリス=アンバー単体の香りを聞いたことはないですね。どんな香りがするのかな……確かに仰るとおり、昔の人はどういう感覚で香料に用いようと考えたのでしょう。謎ですね。そういった先人達の好奇心というか試行錯誤(時に犠牲)が文化を創り出していると思うと、何やら厳かな気持ちになりますし、それに「竜の涎の香り」だなんて、抹香鯨を「竜」に見立てた字面にも心惹かれます。

    そして「すねこすり」! そうなのですか、香箱座りは心許せる相手に……親愛の表明があんなにも可愛らしいとは、此方も嬉しくてゴロロロ……と思わず唸ってしまいそうです。置物が欲しくて探しているのですが、中々「これだ」と思うようなものに出逢えておりません。PCのディスプレイの下にすねこすり、置いて眺めてニヤニヤしたいのですが……。それより何より、宵澤さんは六期鬼太郎をご覧になっていたんですね。歴代鬼太郎の中で最も和のテイストとおどろおどろしさが抑えられ、動きもシャープでスピーディな格好良さに現在のアニメーション技術の水準を見た気がしました。今時分に鬼太郎をやるとこうなるのだなぁと妙に納得した記憶があります。

    いつも此方の取り留めの無い「水向け」を拾って下さるお優しさに甘えて書き散らし放題で心配しております。ただ、コメントのやりとりを褒めて下さっている御方がいらっしゃるとのことで、先刻、私も拝読に伺ったところです。嬉しいですね……。「虹の足」のお裾分け、此方こそ有り難うございました。

    今後とも「往復書簡」、続けさせて下さいますと幸いです、ぢゃ(一気に音読して下されば、妖怪「語彙ぢぢい」が顕れます)。

    追伸:
    究極の非営利組織なればこそ美しい「少年少女透明推進委員会」の宵澤議長をお支えできるのでしたら、私は委員長でも書記局長でも一委員でも何でも拝命致します(笑)※何やら某政党のようになってしまいました……。

    2020年9月3日 20:23 編集済

  • 第6話 母たるは如何なる事かへのコメント

    工藤様、こんにちは。
    本日は工藤様の物語世界に没頭したく今一度『貴婦人、最後の恋』の「序章」姫様の旅立ちから「第壱章」まで拝読致しました。
    二十一歳のロイドルくんと二十四歳のハニーナさん。
    麗容の青年大公と深窓の令嬢。
    古典の世界では十六歳が成年式ですね。ロイドルくんを支えたシンセーヌさんは気付くと四十歳。ロイドルくんの婚姻により「私のもの」ではなくなる気持ちが伝わります。立派に成って嬉しいような、一方で寂しいような複雑な気持ちです。
    ルビでは、鬼御影(ペグマタイト)、緋色(あけいろ)、女性大礼服(マント・ド・クール)が気になりまして調べてみました。
    第6話の「深紅の長衣(ながぎぬ)」こそ、女性大礼服(マント・ド・クール)ですね。日本の皇室の御方も纏っておられる礼服の正式名称を知ることができました。
    僭越ながらラルムくんを思い出すと同時にロイドルくんを思い出します。私は読解力に欠けますので二度三度、拝読して丁度良い傾向です。また後程、続きを読ませて頂きたく思いますm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    語彙世界のみならず『貴婦人、最後の恋』へのご再訪、有り難うございます。「読み返したくなる」ということがどういうことか……私が「読み返したくなる」時に感じていることと同じようなことを、もし宵澤さんも感じて下さっているのだとしたら、今までの悦びにも増してまた一つ深い悦びを与えて戴いたような気が致しております。

    コメントを頂戴して実は私も改めて通読してみたのですが、シンセーヌさんの言う「私のもの」には、かなり複雑な思いが含まれているようですね。例えば第4話でシンセーヌがハニーナの顔を思い浮かべ乍ら「新しき大公妃となる彼女への憐愍と嫉妬とが綯い交ぜ」になって混乱している描写があって、子の妻、義理の娘に対する「嫉妬」なら「母」も持ちうるものでしょうが「憐愍」まで持つだろうか、やはりロイドルの秘密の恋人たる「女性(にょしょう)」の然らしむるところ、下卑た表現をすれば「妻はあなたに譲るけれど、彼が本当に愛しているのは……」的な含意が少なからずあるのかもしれないな、などと考えております。
    調べてみましたら、この文章の原態はカクヨム投稿以前の2016年に執筆したもののようで、当時は意識して書いていたのかも知れませんが、今こうして改めて通読してみますと、ロラン・バルトの言う「作者の死」でしょうか、作者たる私ですら何やら新しい意味づけを発見できそうな気が致します。それはそれで、面白いことですね。

    さて、今回も幾つかの語彙にご注目下さいました。「鬼御影」は別のお話で「おにみかげ」とそのまま読んで、ちょっとした「仕掛け」をしてあるのですが、まだ何方にも気付いて戴けておりません(泣)……とはいえ、それをものしただけで満足してしまっている自分もおりまして、完全に一人だけの「独り遊び」ですね。

    「マント・ド・クール」は思い入れが強く、学生時代に三島「豊穣の海」四部作の一作目「春の雪」を読んでその存在を初めて知ったものです(語彙としてはその更に後でした)。春日宮妃殿下という人物の曳裾(マント、あるいはトレーンとも言うのでしょうか)を持つ御裾捧持の侍童として、主人公の松枝清顕が奉仕する場面が印象的でした。その後、ヴィスコンティの映画「ルートヴィヒ」で映像として見て「ほわぁぁ……」となり、何時か使いたいものだと狙っていた語彙なのです。
    大礼服は戦後、各国でほぼ廃止されているようで、現在では日本の皇室含め中礼服であるローブ・デコルテが最上の礼装の位置付けのようです。ただ、私の知る限り、連合王国のエリザベス女王だけは毎年の国会開会式に際して今以てお召しになっています。
    ところで、この「マント・ド・クール」への宛字、「女性大礼服」を宛ててはみたものの、性質をそのままズバリといった感じの事務的な印象が拭えず、個人的にはあまり気に入っておりません。マント・ド・クールの華麗さに語彙が釣り合っていないように感じられるのです。何か別の心惹かれる漢語の宛字はないものでしょうか?

    私がラルム君の物語を拝読している最中に、折しも宵澤さんはご執筆と併行して「貴婦人―」からロイドルを発見して下さったのでしたね。ご新作ではそのラルム君も登場するはず……そういった時機にご再訪下さったこと、改めまして本当に有り難うございます。

    もう一つのコメントへも、仕事が一段落した後、宵五過ぎにはお返事を差し上げられると宵、否、良いのですが……それぢゃ又。

    追伸:
    偶然なのですが、先日、私のtwitterで「ルートヴィヒ」のマント・ド・クール登場シーンが含まれた動画のツイートをしたところでした。もしご興味ありましたらぜひ覘いて見て下さい。また男性のマントのバージョンですが、御裾捧持の侍童も登場しております。本当にこういった映像は貴重という他ありません。

    2020年9月3日 14:57

  • 第15話 家族のかたち(閏)へのコメント

    工藤様、思いの葉と意伝子の行交いの時間を、ありがとうございます。

    「竟」と「閏」の御説明に感謝です。分からなくて、お訊ねしたいと思っていたところでしたので。
    あら!「『像』が何やら良さそう」に思ってくださったのですね。しかし、既に美しく表わされた『かたち』を崩してしまうのは勿体ないかもしれません。うしろに「首頷頸尾」が付くことを考慮しますと、バランス的な面で平仮名が良いかと。すみません。何が良いと云えない芸術の世界にて私見を失礼しました。

    『永遠』の敵は『退屈』。『永遠』は手に入れるまでが『夢』……ならば永遠の夢に生きる人生すなわち『束の間』のさいわいを永続させる人生を望んでしまいますが、そんなに好い瞬間ばかり続くものではないですね。茉莉嬢の「タオルの話」のような人生観を持ちたい私です。
    人生の後ろを無垢という性質で生き切った嬢と弟君は、可愛い黒柳さん効果でブレイク(?)してほしいですね! 私も新潮文庫の「私の美の世界」を読み返していたのですよ。同時に「貴婦人、最後の恋」も読み返しておりました。裁く父なき世界で、実母も不在のロイドルくんには、義母シンセーヌ嬢と情事を続ける甘い背徳の日々が邪にも似合い、御子を持つ父と云う国家になったあとも、彼にはイノサンが、つまり「幼(いとけな)き男子(なんし)の樹液をその体内に宿している」と感じたしだいです。だからこその秘めやかし。

    「目に見えない何物かが、目に見える形になって顕れる」という状態、光や影の描写も此処に含まれるでしょうか。工藤様は「木洩れるもの」の描写が殊に、お上手であると感じるのです。影に射す光、あるいは光に射す影。例えば「大客間(おおきゃくま)の一面に巡(めぐ)らした玻璃窓(はりまど)から見晴るかす沢(なだ)らかな緑の斜面のその先では青緑唐檜(プンゲンストウヒ)の巨木が強い風に枝を撓(しな)らせ、木下闇(このしたやみ)の形を刻々と易(か)え乍(なが)ら光と戯(あざ)れ合っている」……圧巻です。

    「首頷頸尾」と「竟」と「閏」を纏めて拝読いたしまして、落馬という展開と共に気になるルビも沢山でございます。それは、あえて別の機会に、お取り置きしまして、その前の章に登場されました「面紗(ヴェール)」を、連載中の拙作の最終回で共有させていただきたいと、慎んで願うしだいです。よろしくお願い致しますm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    何時も乍らお返事が遅れ気味で恐縮です……。

    心の奥を軽やかに敲いてくれる音符のように心地よいお言葉をいつも有り難うございます。仰るように「かたち」は平仮名のままのほうが良さそうですね。「家族の像(頸)」ですと些か硬質で仰々しい感じになってしまうかもしれません……なぜ「かたち」と平仮名表記にしたのか確とは思い出せず、「像」の字を見てこれが好適だという感覚だけはあったのですが、今はご高見に従おうと思います。ぜひ今後ともご遠慮なくご感想をお寄せ下さいませ。

    「永遠の夢に生きる人生」……これはやはり文学や音楽といった芸術が織り成す虚構の世界として拵えるより他ないのでしょうか、ラルム君やお母上のように。「幸せは途切れながらも続くのです」という、又してもスピッツのスピカの歌詞を想起しつつ、「タオルの話」を私も先刻読み返したところです。以前読んだ時には気付かなかったのですが、「!!!」は珍しい、余程、感動されたのでしょうね。歳を重ねると些細な出来事には感動できなくなるようですし、私も実際そのような自覚はあるのですが、先日買って来てまだ開けていなかった、沖縄のもずくで作った佃煮を今日の朝に白米に載せて一緒に食べた直後の私を襲ったものは、明らかに「幸福」であったと思うのです。森茉莉さんにとっての朝のように、予期せずしてhappenするhappinessを、ささやかな幸せと感じられる準備というか、心構えというのは意識して出来るものなのか、その場合は如何に可能であのるか考えてみますと、やはり恋愛や金銭、名誉といった様々な欲望と関連がありそうですが、よくわかりませんね……あるいはそういった欲望の果てに辿り着く境地なのかも知れません。あと、コメント拝読し、何故か𠮷野弘さんの「虹の足」という詩のことを思い出しました。

    「貴婦人、最後の恋」、読み返して下さったのですね。上げている分以外に成稿できているストックも無くなってしまい、後は3万字程度の断片が残るのみとなってしまいました。これとそろそろ向き合わねばならないですね……有り難い読者の方がいてくださればこそ。
    結末は決まっているのですが、ロイドルの造型は必ずしも定まっているわけではなかったので、宵澤さんのご感想も参考にさせて戴こうと存じます。彼は未だ「こどもの領分」に蓋をしてはいないのかもしれませんね。物語的には、こどもからおとなへとメタモルフォシスするエピソードが「落馬事件」の後に続くことになるかと思いますが、にしても「無意識のイノサン」と対峙するシンセーヌもさぞかし大変だろう、などと自分で書いておき乍ら思う次第です(笑)

    光や影の描写についてお褒め下さり有り難うございます。光栄です。確かに拙文の幾つかを読み返してみましても、光についてやや思い入れがあるような書きぶりが多いような気が自分でもしております。こういう、何方かに指摘して頂ける「知らない自分の一面」を発見できることが作文の楽しみの一つですね。

    ルビも語彙も、是非ともどんどん共有して下さい!! 気紛れ、遅筆な私のLexiconの裡に永らく監禁されているよりも(実は未使用の語彙がまだ少なくとも3000語程度、「ブリキ罐」の中に放置されております……)、躍動する舞台のあればこそ、語彙たちも水を得た魚の如く喜ぶことでしょう。

    まだ落ち着いてスピンオフを拝読できておりませんこと、残念なのですが、今週中には伺えるかと存じます。「面紗(ヴェール)」に如何なる活躍の場を下さいますのか、それも楽しみの一つに加わりました。でハ又(こちらもお褒め下さり有り難うございます。手紙の結びに使っている祖母も喜びます)。

    2020年5月25日 23:09 編集済

  • 第10話 家族のかたち(首)へのコメント

    工藤様
    真夜中に失礼しました。割に頭がはっきりしている今、改めて物語の感想をお伝えしたく出直しました。

    「首頷頸尾」は「起承転結」に当たるでしょうか。まずはタイトル「家族のかたち(首)」の「かたち」が平仮名表記である点に注目致しました。「形」でも「像」でも「容」でもない。今更ながら「第弐章 朝陽に満ちた暗い部屋」も魅惑的な見出しです。本章も流美が、さり気無く素晴らしく、拙作に頭を悩ませ過ぎて芯が腑抜けている中でも「泪」「頸筋」「口許」と云った表現に出逢うと目覚めるかのようでした。何故だか「涙」「首筋」「口元」では赦せない自身のこだわりが目覚めるようで……「素描」に「したがき」と宛てられるセンス、さすがです。私は無難に「デッサン」と宛てることしか思いつきませんから。
    物語は、父なき環境に育ったロイドルくんが三兄弟妹の御父上に成られていて、彼が「永遠の少年」としての夭折ではなく「始原児」としての成長を選んだ事実が読み取れて、ラルムもそうであったと想い、非常に感慨深いです。
    「束の間」と「永遠」は「互に報われぬ想人」であり「美の共犯関係」……なんとも神秘的な表現でいて真実でございますね。『金閣寺』の焼失が物語るとおりの真実です。
    「光の残滓は尚、シンセーヌの居室に留まっていた。つい一辰刻前まで居たロイドルの気配と一体しながら……」には、甘やかな蜜と硫酸の混ざったような妖しい背徳感が感じられます。
    ところで、まさに「あなたのイノサン、あなたの悪魔――三島由紀夫様」です。茉莉先生が三島先生を「こども」と仰って、最後は姉様の御心遣いで閉じるところに、優しさと親しさが滲みますね。
    「思葉(おもんば、おもいは)」は初めて目にしました。「言の葉」と同様に魅力的な単語です。「襯(はだぎ)」は「襯衣(シヤツ)」が元ネタでしたか! 郷愁を感じたのは、そのせいですね。
    またまた長くなりまして、大変失礼しましたm(__)m
    いつも、ありがとうございます。

    作者からの返信

    宵澤樣

    いつも丁寧にご感想・ご返信下さり有り難うございます。冗長である上に取り留めの無い私の思い付きが、ご執筆のお邪魔になっていなければ良いのですが……。

    「首頷頸尾」は「起承転結」とほぼ同義です。前者が漢詩の律詩(八句形式)において、後者が絶句(四句形式)においての称に当たるでしょうか。拙文では綺麗な「起承転結」の造形美にならず、その後ろに「竟」(※これで竟り=終わり!)、「閏」(※ああ、はみ出ちゃった)という歪なおまけが付いております。ご愛敬ということでご笑覧下さいませ。あと、「かたち」を平仮名表記にしましたが、挙げて下さっている「像」が何やら良さそうな気もしてきました……どうしましょう。
    「朝陽に満ちた暗い部屋」は江國香織さんの『真昼なのに昏い部屋』よりの借用なのですが、江國さんの御作は真昼にカーテンを閉め切っていることによって物理的に「昏い」のである一方、拙文は窓掛けが総て上げられて光に充ちているのに何かが「暗い」ことの含意です。そして今話でもやはり流美、否、ルビに御目を留めて下さったのですね。「泪」「頸筋」「口許」そして「素描(したがき)」……「素」は「白」のことなので、輪郭だけというイメージで、黒く縁取られただけの白い画を如何に色づけて行くかがロイドルにとっての関心事であるように思われましたのでそうルビを振りました。真綿の純白の色めきが、生い勝って如何に色付くのかという意味も込めまして(自註ばかりでお恥ずかしいのですが、やはり私は「説明」したくなってしまう質のようです)。「光の残滓は―」の件の御評、そのように読み取って下さって嬉しいです。恐らくロイドルは自身の気配が叔母の部屋に残るなどと思いも寄らないことでしょう。嫩さゆえに。そういった無意識の所作こそが、時に最も罪深いのかもしれません。

    ラルム君とロイドルは符合する部分の多いキャラクターですね。私も驚いております。普遍性を持つ一つの造型ということになりましょうか。新作スピンオフのミヨシ君とお祖父様は「永遠の少年」と「老賢者」の組み合わせなのか、それとも……そして今度は一転して「母の不在」の物語になるのですね。楽しみにしております。

    「束の間」は儚く脆く壊れやすいため、「永遠」に比して分が悪そうですが、「永遠」にもきっと「退屈」という強敵が待っていると思うのです。「永遠」は手に入れるまでが「夢」で、ひと度手に入れてしまったら徐々に飽きて「もういいや」と抛棄してしまいたくなるような性質のもののように思われます。不老不死の存在が、その不老不死ゆえに「生」に飽いて自ら滅びを選択するという話型は世界に結構あるのではないでしょうか(確と調べたわけではないのですが)。「束の間」と「永遠」は互いに互いを引き立て、あわよくば「反対物」として「一致」することで究極の「美」を生み出すのかも知れませんね。先日来申し上げておりますが、こういう「説明」でなく、「説明」せずとも「示唆」して気取って貰う技術を私も習得したいものですよ……。

    「あなたのイノサン、あなたの悪魔――三島由紀夫様」、やはりそうでしたか! 私も先だって思い出して、新潮文庫の『私の美の世界』に所収のものを読み返しておりました。黒柳さんのご紹介の効果で森茉莉さんへの注目度ももっと上がらないものでしょうか。三島氏は今年没後50年の節目でもありますし、「御姉弟」が再評価されることを願って已みません。

    「思」が「葉」になって相手に届くというのは迚も素敵な発想だと思います。宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」でも主人公の堀越二郎が「だあれが風を見たでしょう。僕もあなたも、見やしない。けれど木の葉をふるわせて、風は通り抜けていく。風よ、翼をふるわせて、あなたのもとへ届きませ」と独語ちて、恋人の菜穂子に向けて紙飛行機を飛ばす描写がありましたが、私はどうも「目に見えない何物かが、目に見える形になって顕れる」という状態に思い入れがあるようです。その流れでこじつけてしまいますけれども、「襯衣(シヤツ)」に「郷愁を感じた」と仰る宵澤さんの裡には、目には見えないけれど確かに長野まゆみさんのミーム(模倣子、意伝子)が在って、それが語彙を見て反応したのですね。私の中にもあるいは同じミームがあるから、特定の語彙やルビに反応してしまうのでしょう。

    スピンオフ、後日確りと拝読させて戴きます。なるべく簡にして要なるコメントを残せるよう精進致します(と申し上げつつ、今回も冗漫になってしまいました……)。でハ又。

    2020年5月21日 22:35 編集済

  • 第9話 繰り返される帰結へのコメント

    工藤行人様
    たくさんの「共鳴」をありがとうございますm(__)m
    レヴュー、お納めいただけて良かったです。改めて読み返してみると少々気恥ずかしいですね。レヴューの改善点など気が付かれました折には、お伝えくださいませ。
    自分だけの「秘密の世界」を創造して、大切に磨き上げ、永遠性を感じられるものにしていきたい。工藤様の小説は既に「永遠」を感じる尊さで、私は程遠い「束の間」です……精進いたします。
    「父の不在」は、たしかにロイドル君とラルムに通じる要素でしたね。少年には普遍的に「覚悟」と「強さへの憧憬」が芽生えるものなのでしょうか。三島由紀夫氏も「強さ」に憧れて肉体改造へと至ったのでしょうか。
    黒柳徹子さんが外出自粛中の機会に「贅沢貧乏」を読んでおられる旨の動画を観ました。黒柳さんも、また少女性溢れる御方ですね。森茉莉氏と意気投合するはずです。
    茉莉姉様と三島弟君の関係性は良いですね。「あなたの楽園、あなたの銀の匙――森茉莉様」は未読でしたが、工藤様が「華麗なる往復書簡」の魅力を伝えてくださいました。弟君が「蜜、硫酸」と喩える完全に無垢な文学への讃辞。姉様は評論家に褒められるより、三島氏に褒められるほうが嬉しかったというエピソードを何処かで小耳に挟みました。姉様は弟君をつかまえて、エッセイの中で「こども」呼ばわりされていますが、茉莉姉様にも「こどもの女性(にょしょう)」の本質が溢れ、なんとも微笑ましい関係の、おふたりですね。

    本章「繰り返される帰結」は、艶めかしく扇情的な風景を崩れることの無い耽美な文章で綴られたハイライトに感じられ、絵画的に美しく殊に「汗あえて潤い、絹地(きぬじ)のように涼(ひん)やりとしたロイドルの髪をシンセーヌは梳(くしけず)った。母が幼子(おさなご)にする親愛の相図(あいず)と想人(おもひびと)への愛撫の肇(はじま)りとが同じき行為であるのは何故(なにゆえ)であるのだろう」には頭が下がります。美文です。
    そして工藤様も「言の葉」と云う表現を用いておられますね。いいですよね、言の葉❤ルビでは「襯(はだぎ)」「敷妙(シーツ)」と云った身に付けるもの。「肌着」や「シーツ」では表わせない風合いを感じます。
    「三國屋善五郎」の「姫様ブレンド」は、工藤様の御想像どおり「円んだ味にも少しく締まりがある」のです! 芳香も味も甘酸っぱくて、花と果実の合わさった何とも表現の難しい馥郁たるブレンドです。湯の中で遊ぶ茶葉が、えがく廻旋にも魅せられます。紅茶とは奥深いものですね。文學のお供に、UCCミルクコーヒーと共に欠かせません(ミサトさんのUCCミルクコーヒーの消費量ほどではありませんよ。無料公開の時期に映画を観ました! いい世界を知りました)。では、またm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    お返事が遅くなってしまい御免なさい。
    レヴュー、どうぞそのままにお願い致します。私などは本当に気紛れでしか書かない(書けない)ものですから、精進すべきはステディに書き続けておられる宵澤さんではなく、余程、私の方ではないでしょうか……。改善と言えば、拙文を「物語」としてどのように進めて行くべきか、あるいはディティールなど、此方こそご意見を伺いたいくらいです(音楽や楽器についてなどは殊に)。
    「永遠」と「束の間」は「互に報われぬ想人」であるようでいて、実はお互いが美の共犯関係にあるように思われます。『金閣寺』は焼失したことで、その美が束の間であったことを告白し、そのことによって永遠の美を手に入れたという逆説なのでしょうし……。

    「父の不在」は「男子(なんし)」にとって大きなテーマであるように思われます。ジェンダー論活況の昨今ですが、善し悪しは別にして、これまでの数千年に亘る人間社会の文化的・因襲的な文脈の中で、古今東西、男子にとって父は常に「越えるべき壁」であり、それに対処する話型として、往にし方の「父殺し」や現代における「親父超え」などが宿命づけられているようにも思われるからです。「父の不在」によって行き場を喪った男子のエネルギーが何処へ向かうのか、あるいは如何に「男性」として形成されていくかという問題を考えてみる時、野暮だとは思いつつも、例えば敢えてユング心理学の元型論などに託けてみれば「太母(Great Mother)」の振る舞いの影響から自由でない。母の振る舞い如何によって、男子は「永遠の少年(プエル・エテルヌス puer aeternus)」として成長せず(できず)保存される(あるいは夭折する)か、「始源児(Miracle Child)」として成長して「未来」を獲得するかが決せらるようです(あくまで話型として、なのですが)。
    多かれ少なかれ、「母」たる存在の強い影響下にあるロイドルは、有終の美を飾ったラルム君(おめでとうございます。諸々落ち着きましたら感想とレヴューを書き込ませて戴きます)の運命と軌跡を同じうするようにも思えますが、どうするか未だ決めかねております。どうなりますか。

    黒柳徹子さんも森茉莉嬢のように「永遠の少女」とお呼びするに相応しい方のようですね。黒柳さんが動画の中で「(森茉莉さんに)会いたいなぁって思います」と仰っていたところまでの一連の件は、何故か何度も繰り返し見てしまいました。可愛いんですね。

    >姉様は弟君をつかまえて、エッセイの中で「こども」呼ばわりされていますが
    「あなたのイノサン、あなたの悪魔――三島由紀夫様」でしょうか。「サド侯爵が無垢だとすれば、三島氏は無論、大無垢の筈でしょう」「三島氏の本来の性格は、好奇心と探究心で一杯の子どもだと思います」と評しながら、「あまり悪口を書きましたので……」と、最後は一寸だけ褒めて稿を閉じるところに只ならぬ心遣いを感じます。

    「艶めかしく扇情的な風景を崩れることの無い耽美な文章で綴られたハイライト」との御評、有り難うございます。公開分には未だ含まれておりませんが、似たような場面を数年前に断片的に複数書いておりながら納得がいかず、そのまま「寝かせている」ものがありましたので、そろそろどのような具合で「発酵」しているか見てみようと思います(腐敗して跡形も無くなっていたりして……)。お陰様で、このお話の続きを少し書いてみようという気が湧いて参りました。重ねて御礼申し上げます。

    宵澤さんも御作で「コトのハ」、使っておられましたね。「嫩(ふたば)」などもそうですが、印象的な語彙は「植物」の表象として顕れるのでしょうか。「言」だけでなく「思」も「葉」に形象化されて相手に触れるもののようで、「言葉(ことのは)」とともに私は「思葉(おもんば、おもいは)」も好もしく、出典を失念してしまったのですが、ある漢詩の一節に「覇思葉敲櫺(はやるおもんばれんじをたたく)」なるものがあって、いいなぁと思ったものです。あと「敷妙(シーツ)」は違うかも知れませんが、「襯(はだぎ)」は長野まゆみさんの御作で出逢った「襯衣(シヤツ)」が元ネタでした!

    今後も宵澤さんのお茶(もしくはUCCミルクコーヒー!)のお伴に拙文をご味読下さいますと幸甚です。

    2020年5月19日 12:30

  • 第8話 亡母の俤へのコメント

    工藤行人様
    『亡き母の俤』では小公子ロイドル君が哀しみの中、成長する過程が、えがかれていますね。
    「大公家を嗣ぎし者としての覚悟と、若き男子が往往にして有する「強さ」への憧憬」……僭越ながら、ラルムが持った覚悟と憧憬に、通じる部分が大きく思えて驚いております。男子に「なんし」と宛てられた表現、しなやかに感じられて好きです。
    「塒の雛鳥をその翼で抱擁する人生」に続く一連の立場の倒錯に、ロイドル君の尋常ならざる色香と云いますか逞しさと云いますか、嫩い魅力が伝わってまいります。

    内容に先立って「語彙」がある。構築された世界は模型やプラモデルの愉悦!! 私の原点も、そもそも「閉じた世界」に存在するドールハウスでありました。カクヨムにて「分かりやすさ」に走りそうになることも、しばしばな未熟者でございますが、工藤様の信念に共鳴する者として、勢い余った(こどもじみた)レビューをしたためてしまいました。的外れ甚だしいと感じられましたら取り下げますので、ご遠慮なく教えてくださいませm(__)m
    「黄水晶(シトリン)の着想は三島文学でしたか! 三島氏と言えば森茉莉氏のエッセイで散々に突っ込まれ……肉体を鍛える作業が作家に必要でしょうか?という旨の純粋な茉莉氏の疑問がユーモラスな筆致で踊躍しており、笑ってしまったことがありました(^.^)
    レモングラスの、お味を教えて頂きまして感謝です。刺激の少ない飲み心地なのですね。カモミールティーも、まろやかですものね。茶葉のブレンドと言えば「三國屋善五郎」の「姫様ブレンド」なるハーブティーがございまして、こちらにはレモンバームが入っているのです。その他、林檎、薔薇、ハイビスカスなど。そんな紅色に澄んだ御茶が「貴婦人、最後の恋」の冒頭に、似合う気がしております。
    長々失礼しましたm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    「貴婦人、最後の恋」にも素晴らしいレビューを頂戴してしまいました。「共感」をより能動的にした「共鳴」を拙文にお示し下さったことに得も言われぬ昂奮を覚えております。心より御礼申し上げます。

    模型・プラモデル、そしてドールハウスですね……「閉じた世界」をお気に入りで充たす愉悦、まさに仰るとおりです。私もそのイメージなのです。ささやかなりとも、己が創造した世界、コスモスは、それが創造されるまでの過程をも含めて愛おしく思われるもの。自分だけの「秘密の世界」は、他でもないその自分自身がそれを忘れ、葬ってしまったら、他の誰に知られることもありせず跡形もなく消えてしまうものだからこそ永く大切にしていきたい、独り占めしておきたい。反面、時折「拙宅」にお運び下さる「お客様」にだけは、一寸だけその「秘密の世界」を開帳したくなってしまう……そういう心性に、なべて「表現する」という衝動を起ち上げるモメントと相通ずるものを感じてしまいます。

    さて、ラルム君とロイドルの類似性、御作の最新話を拝読して私もそのように感じておりました。これはやはり一つの「少年」の造型ということなのでしょうかね。殊にラルム君もロイドルも「父の不在」という要素が共通していますから、これが否応にも少年達の中に「覚悟」と「『強さ』への憧憬」を醸成する素地となっている風です。

    さて、已にお気付きかも知れませんが、私は男女をそれぞれ「男子(なんし)」「女性(にょしょう)」と表することが多いのですが、これには男性の「子供っぽさ」と女性の「さが(のようなもの?)」(イメージ化と言語化は未だ必ずしも出来ておりませんが……)を強調したいとの含意があります。その点、森茉莉・三島由紀夫両氏の関係性には如上のイメージを体現する男女の一つの理想型を見出します。奇しくも、本当に奇しくも先日(5/12ですか)、黒柳徹子さんがインスタグラムでご自身と森・三島両氏とのエピソードを語っておられる由のニュースを眼にしましたが(ご覧になりましたか?)、両氏の関係はまさに「大らかで優しい姉様」が「才知に溢れる麒麟児の弟」を「いじりまわす」といった風情で、大変微笑ましく思われるのです。とりわけ両者間の手紙の遣り取りは素晴らしいの一言です。もうご存じでしたら野暮ですが、三島氏は「あなたの楽園、あなたの銀の匙――森茉莉様」(もとは「華麗なる往復書簡」という、雑誌の特集記事で、今は森茉莉全集4の月報2に収載)の中で森文学を「人はその壺に落ち込んだが最後、『蜜』どころか甘い硫酸に溶かされてしまいます。それといふのも、その蜜が、その硫酸が、その言葉が、完全に無垢だからであります」と絶賛しておられ、別の場所でも「森茉莉商店でしか売つてゐない言葉」などと表しています。例の肉体鍛錬の「いじり」はお二人の信頼関係の為せる、なんとも羨ましい遣り取りに思われます。

    お茶のお話。レモングラスとレモンバウムは非常に相性が良く、根強い人気のある組み合わせです。「三國屋善五郎」の「姫様ブレンド」は存じ上げませんで……調べてみましたら、なるほど「お姫(ひい)樣」にぴったりの色ですね。ハイビスカスがブレンドされているならば、円んだ味にも少しく締まりがあるのでしょうね。

    今後ともよしなにお付き合い下さいませ。

    2020年5月14日 12:39

  • 第7話 純白の色付きと色めきへのコメント

    工藤様、こんばんはm(__)m
    なんと先日は、端無くも推敲中に、お伺いしていたようで!!
    「お掃除中お邪魔いたしました」という感覚です。
    此方の御作品は工藤様が「使いたい語彙や比喩を多く抱えているだけで吐き出せていなかった頃にそれらと睨めっこする中で拵えた世界」であったと教えて頂き、なんとも長野まゆみ先生の創作方法に酷似するものを見て、且つ私自身の創作方法に通じてしまうエッセンスすら見付けて、嬉しい気持ちになりました。物語と言えばストーリー性と信じている人が多いですが、私はデザイン性と言いますか、マニエリスム性を重視する向きにあり、工藤様の小説は大変に好みです。今回、黄水晶(シトリン)に出逢いました。末嫩き裸身の光沢の比喩表現、艶麗です。シンセーヌの「真綿の領分」が染まった表現には、森茉莉文学を読んでいるような感覚に陥りました。我が国では「幼さ」を追い求める傾向が強いようですが、諸外国の若者は「大人っぽさ」に憧れ「真綿」を早く何色かに染めたがると感じます。工藤様の小説の舞台が何処であっても「若き者と老よすけた者とは、互に報われぬ想人たる」運命は万国共通。共感しました。
    ところでレモングラスのお茶、私は頂いたことがないのです。レモンティーとは、また違うのでしょうね。味を言葉にするのは難しいと思うのですが、どんな風味なんでしょう。カモミールティーのような感じでしょうか。
    吸入器が必要なほど……大変でしたね。本年は御無事とのこと、良かったです。くれぐれも御自愛くださいませ。
    夜光虫(ノクチルカ)の似合う時刻に、なりました。そろそろ我が家に還って拙作の更新をします。長々失礼いたしましたm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    お返事が遅くなりまして失礼しました。

    先日は奉迎の支度が間に合いませんで……「貴婦人、最後の恋」、表記揺れなど未だ未だあるかと存じますが、どうぞ煦かくお見守り下さいますと幸いです。

    誰かに伝えたい「内容」に先立ってまず自分として使いたい「語彙」があり、それを使うために世界を拵えるという手法、何らかの目的を以て書く文章に嗜好を紛れ込ませるのではなく、嗜好そのもののための文章を書く愉悦からは容易に抜け出せそうもありません……。その愉悦は、相手を楽しませることを必ずしも企図しない、模型やプラモデルの愉悦にも似ているように思われます。なればこそ、自室という「閉じた世界」の棚の上で部屋の主を楽しませるためだけに存在している「作品」に、自分以外の何方かがご興味をお持ち下さったり褒めて下さったりするということ自体、望外の悦びと言うほかありませんし、同じような嗜好を共有して下さる方の存在は本当に得がたいものであると思うのです。カクヨムで拙文を公開していることの最大の目的は、そういった同じような嗜好をお持ちの方とお話ししたいからに他なりません。

    宵澤さんがご自身の「創作方法に通じてしまうエッセンス」を拙文に見出して下さったのは、お言葉をお借りすれば「マニエリスム」と表される志向、「語彙」を含めた嗜好を共有して下さったればこそと思われ、有り難く受け止めております。にしても、やはり長野まゆみ・森茉莉両文学の世界に少なからぬ影響を受けた者として、その徴候は陰に陽に顕れてくるものなのでしょうかね……。

    「黄水晶(シトリン)」を嫩い裸身の耀きの譬喩に用いたのは三島由紀夫『鏡子の家』に着想を得たものです。『鏡子―』の主要登場人物の一人がボクシングをしている大学生で、その合宿所(でしたか)で練習に励む部員達の裸身を「オパール」(※恐らく琥珀オパールだと思われます)の耀きに宛てる描写があったのを拝借しました。この作品も年嵩の「貴婦人」と四人の青年が織り成す長編小説で、ある意味、「貴婦人、最後の恋」に人物構図が通じているかもしれません。「老い」と「成熟」の問題は、私にとって人生の大きな謎のひとつで、今後も考えていきたいテーマです。「若き者と老よすけた者とは、互に報われぬ想人たる運命」とは、私の人生観の吐露のようで些か面映ゆさを覚えていたのですが、譬喩として「真綿」を用いてみたところにも御目を留めて下さる「援護射撃」を頂戴でき、大変心強いことでした。

    レモングラスは、恐らくタンニンの苦み渋みを感じないせいでしょうか、レモンティーとは風味が随分と異なり、寧ろカモミールに似ていると思います。仄かな柑橘系の香りはするもののレモンのような強い酸味は無く、優しい口当たりでほんのり甘さがあります。人によっては「ぼんやりとした味」に感じられるようで、別のハーブと合わせて飲まれる方も多いようです。癖がないので、ブレンドには打って付けだと思います。

    御作、更新されていますね。落ち着きましたら、夜光虫(ノクチルカ)に出逢える時分に拝読しにお邪魔しようと思います。

    追伸
    時節柄、宵澤さんも呉々もご自愛下さいませ。

    2020年5月12日 15:04 編集済

  • 第5話 義姉妹でする茶話へのコメント

    こちらには「茶葉」が登場しますね。「ニルギリ紅茶」こと紅茶のブルーマウンテンが心を過ぎります。先日のお茶の御話、興味深く拝読しました。OHASHIの「クロモスBOX」は上品で、贈り物に良さそうです❤ フレーバーは斬新過ぎますが、意外に美味しいのですね! 良いことを知りました。 
    茶壺(ポット)に泳ぐ薬湯(ティザーユ)は、工藤様にとって身近なものだったのですね。アレルギー、春に強く出て困りませんか? お大事に、お過ごしください。
    色のお話ですが、「甕覗き」も「白緑」も、90色の色鉛筆に収載されていました。ペールトーン、ディープトーン、ビビッドカラーもあり、横文字の色彩の美しさもあったと思うのですが、記憶に残るのは「鳩羽紫」や「美女桜」など、美しい漢字の色です。どちらも淡紫でした。幼少時に、こういう色鉛筆と出逢えていたら、想像力が冴えたでしょうね。ところで「日本流行色協会」の選ぶ「梅」「菫」「桜」の三色には、花(はな)笑(え)んでしまいます。「花笑む」に此方で逢遇いたしました!(^^)! 「複雑なモザイク画のような驚喜の葉桜模様」という表現も、また美麗です。其処から「落葉間近」の如く、うつろう表情が浮かびます。

    作者からの返信

    宵澤樣

    ニルギリ、ご名答です! 已にお気付きかも知れませんが、このシリーズの固有名詞の多くには「もじり」を用いております。せっかく拵えた世界観を土崩瓦解させ得るような間抜けなものも含まれておりますので、とかくネタばらしをしたがる私としましても、今回ばかりは控えさせて頂きますことお許し下さいませ(笑)

    今、このお返事を書いている最中も実は例のレモングラスを飲んでおります。先だってのお茶のお話、長々と失礼しました。クロモスBOXはそのうち私も贈答用に使おうと考えております。

    春先のアレルギー、お察しの通りです。お気遣い下さり恐縮です。昨年などは気管支炎も併発して、3週間近く声が出せませんで、ネブライザーの有り難みを再認識した年でした。幸い今年は酷い症状も出ることなくヤマは越えたようなのですが、もし昨年と同じような症状が今時分に出ていたら……と想像するとゾッとします。

    「甕覗き」「白緑」ともに収載とは……ワクワクする色鉛筆ですね。横文字の色彩の美しさ、確かに私なども、例えば赤系統のクリムソン・スカーレット・カーマインといった色名に、色そのものの美しさとは別の魅惑を感じてしまいますし、長野まゆみさんの「紺青(プルシアン)」なども捨てがたいですが、やはり日本古来の色名は極めて繊細で惹き付けられてしまいますね。平安の襲色目なども雅やかです。「美女桜」とは初めて聞きましたので調べてみましたらバーベナのことでしたか。

    「花笑み」、見付けて下さったのですね。まだあるかもしれませんのでお楽しみに……。「複雑なモザイク画のような驚喜の葉桜模様」、この比喩は正直に申し上げて読者の方々がどのように読んで下さるか不安だったのですが、その後の「落葉間近」まで繋げて下さり、伝わっていたようで安堵しております。今後ともお気付きの点、お知らせ下さいますと幸甚です。

    2020年5月9日 04:14 編集済

  • 第2話 又しても伯爵へのコメント

    工藤様
    『語彙世界』と同じように……と御寛恕いただいたのをいいことに、お邪魔しております。
    「出不意くも」出逢った耽美世界。地の文が美しいです(とは何という語彙力の不足)! 末嫩き、もと小公子の運命を、じっくり見届けたい所存ですm(__)m

    作者からの返信

    宵澤樣

    実は宵澤さんがおいで下さるかも知れないと承っておりましたので、修正を施しておりましたら、まさか……! まさに「出不意くも」こんなことがあるのですね。こんばんは。幾つか誤字やルビ振りの不備があったかと存じます。お詫び致します……。
    それでも「地の文が美しい」と仰って下さり大変嬉しいです。未だ語彙としての「末嫩き」も持たず、とはいえ使いたい語彙や比喩を多く抱えているだけで吐き出せていなかった頃にそれらと睨めっこする中で拵えた世界です。如何でしたでしょうか? この後も多く用語の上滑りや文体の揺らぎ、破れもありましょうが、「末嫩い」試行錯誤の産物として「ご笑覧」下さると幸いです。

    2020年5月9日 03:13