第71話 黒猫のきもち II


 と、思わず口を開いた……つもりだった。


 が。



「全然。こちらに来てから一ヶ月半、まーったくしてくれなかったです」



 ……え?

 何これ。今の、あたしが喋ったの…?


 口が、舌が、喉が、勝手に。

 あたしの意思に反して、言葉を紡いでゆく。



「あたしの『心も身体も全部欲しい』、なんて言ってこの国に連れて来たクセに、仕事仕事仕事で全然構ってくれなくて。それなのに、今日になっていきなり……」



 だ…だめぇぇええっ!!

 お願い!誰かあたしの口を塞いで!!それか、舌を引っこ抜いて!!


 ていうか、何この質問!なんで王さまにこんなこと聞かれるの?!

 恐ろしい…実際に魔法をかけられた人々を見てはいたが、こんなにも無意識に口が動いてしまうものなのか。


 陛下の前で…いや、それ以上にあたしたちのことをよく知る隊長やベアトリーチェさんの前で……


 これ以上は、言えない!言えるわけない!!

 さっきまで、あんな……

 あんな、いやらしいことをしていただなんて……!!



 その思いが通じたのか。

 隣にいたクロさんが、咄嗟にあたしに近付き。

 その手で、あたしの口を塞ごうと駆け寄ってきて……



 彼の動きを、まるでスローモーションのように感じながら。

 あたしは、思った。


 嗚呼、あたしたち今、通じ合っている。

 さっきまでの情事を知られるわけにはいくまいと……まったく同じ気持ちでいるのですね。

 あなたがまるで、二人の身に降りかかるピンチを救いに来た、王子さまのように見える……




 ……しかし。



「ビーチェ」

「御意」


 国王陛下の一声で、ベアトリーチェさんが指を振るったかと思うと。

 クロさんの手があたしに届く直前、突如として彼の両腕に鉄製と見られる手枷が嵌められ…

 彼はその重みに腕を引かれるように、床に突っ伏した。

 王子、あっさり陥落。


「ちっ……"鋼鉄の女"め」


 恨めしそうにベアトリーチェさんを見上げる彼の呟きも虚しく。



 あたしのこの口は、まごう事なき真実を述べた。




「舞踏会の会場で刺された直後に一回。

 それから先ほどまでいた医務室で、ベッドに引きずり込まれて、布団の中で何度も何度もキスされました。

 舌と舌とが絡み合う、それはもうえっちなキスを」




 あたしの両隣で、顔を真っ赤に染め上げるクロさんと隊長と。


 玉座の後ろで口を押さえ、ニヤッとするベアトリーチェさんと。


 正面で穏やかに微笑む、国王陛下。




 ………嗚呼、お願い。神さま。


 どうかあたしを…………この場から、消し去ってください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る