第69話 おねだりノックアウト II


「……………………」



 それから。


 彼は、動かなかった。



「………クロ、さん…?」


 恐る恐る、声をかける。

 が、反応がない。


 ………まさか。



 がばっ、と布団を捲り、あたしの胸に顔を埋めるクロさんを確認すると。


 その顔から、完全に血の気が引いていた。



「ちょ…クロさん!クロさん?!大丈夫ですか?!」


 起き上がり、彼に呼びかける。

 すると彼はうっすらと目を開け、



「……血が足りないのに…興奮しちゃったから………アッチに血液持ってかれて、頭くらっときちゃった…」



 と、言っていることは最低なのに、薄幸の美少年のような儚げな表情をしてのたまうので。

 あたしは、自分の顔が真っ赤に染まるのを感じながら、



「………もう!馬鹿っ!!」


 彼を布団に突き飛ばし、胸元を直しながらベッドを降りてやった。


「回復するまで!絶対安静!!いいですね!!!」

「………はい」


 ピシャリと言うあたしに、おとなしく返事をするクロさん。

 まったく…この人ときたら……!!


 目を吊り上げるあたしを尻目に、クロさんは残念そうにため息をつきつつベッドへ潜り込み、


「はぁ…やっとレンちゃんのおっぱい揉めると思ったのに」

「おっ……!だから、なんで今日、このタイミングなんですか?!今まで全然構ってくれなかったくせに!!」

「………我慢していたからだよ」

「それですよ、わからないのは。一体、なんの我慢なんですか?」

「してた、っていうか、させられてたの」

「…………は?」


 我慢、

 あたしと…イチャイチャするのを?


「……誰が、なんのために…?」


 そんな馬鹿なこと……

 と、口を尖らせる彼を問いただそうとした、直後。



 コンコン、と部屋をノックする音がして。



「おーい、入るぞー。って、フェルもいたのか」


 腕に包帯を巻いたルイス隊長が、医務室に入ってきた。

 先ほどまで一緒だったルナさんは、今はいないようだ。


「隊長!怪我は、大丈夫でしたか?」

「ああ。クロに比べりゃかすり傷みたいなモンだ。で?クロはコレ、起きてんの?」

「起きていますが……ちょっと、拗ねています」

「……なんで?」


 隊長が入ってきた途端にゴロンとあちらを向いてしまったクロさんを見ながら、あたしは苦笑いする。


「まぁいいや。クロ、歩けるか?国王がお呼びだぞ。……例の件で」


 例の、件?

 その言葉に反応するかのように。


「…………」


 クロさんは、虫の居所が悪い猫のような、ムスッとした顔をしてこちらを向いた。


「フェル、お前も来い」

「へ?あたしも、ですか?」


 言われて、あたしは自分を指差す。隊長は頷くと、



「ああ。むしろ、お前に関わりのある話だ」



 なんてことを言ってきて。



 ますます頭の中が疑問でいっぱいになりつつも。

 あたしは、隊長とクロさんの後ろをついて、国王陛下の元へと向かった。

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