第6章 祭りのあと

第66話 氷楔融解 I


 クロさんは、お城に常駐する医師の元へと運ばれた。

 お医者さまの診立てでは外傷はほとんど治癒しているから、やはり血を失いすぎたのだろう、とのことだった。


 怪我を負ったルイス隊長と、それに付き添うようにルナさんも医務室へついて行ったが……

 国王はそれについては何も言わずに、お城の兵に会場の後処理の指示を出していた。

 眠っている生徒たちも、ひとまずお城の客室へと運び出され……



 あたしは、今。



「……ごめんなさい。痛かったですよね」



 お城の一室で。

 アリーシャさんの手に、治療を施していた。

 その後ろにはベアトリーチェさん、部屋の外には見張り役の軍部の人が二人、廊下で控えている。

 理由はどうあれ、王宮内で傷害事件を起こし、さらには王女にまで剣を向けたのだ。当然と言えば当然の扱いである。

 だが、


「いえ……私があなたの立場なら、あの場で殺していましたから」


 そう、淡々と答える彼女のことを。

 あたしは、どうしても悪く思えなかった。


 クロさんが刺された。そのことは、許せない。けど。

 クロさんも、彼女を利用したのだ。この国に対する深い憎しみを刺激し、力を与え、復讐の場を与えた。わざわざ、ルイス隊長まで呼びつけて。

 不義をはたらく貴族たちと、拝金主義な学院の風土を、一挙に葬るために。


 結果として、彼女もスティリアム家からは解放されたが……

 先ほどの一件の罪を、責任を、負うことになってしまった。



 彼女の両手に手のひらを当て、魔法で元の状態に治していく。

 自分でやっておいて、よくもこんな残忍なことができたな、と思いながら、そのめちゃくちゃになってしまった両手を眺めていると、


「……あなた、理事長の恋人なんですよね?」

「ぶっ」


 アリーシャさんに突然そんなことを言われ、思わず吹き出す。


「なっ…知っていたんですか?」

「知ってるも何も……さっき、目の前でしていたじゃないですか。…キス」


 はっ。そう言えば……

 いろんなことが次から次へと起こりすぎて、すっかり頭から抜けていたが…



『ありがとう。最高の仕事ぶりだったよ。……惚れ直した』



 あんなことを言われて。

 人前で、キスを……


 って、よくよく考えたら、隊長にもルナさんにもベアトリーチェさんにも見られた…!

 あああ…今になって、恥ずかしさで爆発しそうだ。


 ……ていうか。

 なんで、あのタイミング?!その前に、控え室でいくらでもキスするタイミングあったでしょうが!!

 本当にわからない…一ヶ月半ぶりの口づけが、なんであんな修羅場中の修羅場でだったのか……


 でも…

 クロさんに、初めて「ありがとう」って言われたかもしれない。

 初めて、褒められたかもしれない。

 そう思うと、ふつふつと嬉しさが込み上げてくる。


 ……が。

 それを差し引いたって恥ずかしさの方が勝る。

 嗚呼、後ろでベアトリーチェさんがどんな顔をしているのか……怖くて見られない。

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