第59話 たった一人の王子さま III
制御…できなくなる?
それは一体、どういうこと…?
どうしてそんな、余裕のない表情をして……
彼の心の内を探ろうと見つめるが。
彼は、「はぁ」と深いため息をついて。
「……見れるわけないでしょ。こんな…」
チーフを巻き終えたあたしの左足に。
キラキラと輝くヒールを履かせながら。
「…見違えるほど綺麗になってさ。あんまり見つめていると、せっかくの我慢が台無しになりそうで。だから、見ないようにしていたんじゃないか」
心臓が、きゅっと苦しくなる。
クロさん、このドレス姿のこと、そんな風に思っていてくれたの…?
変だって思われていたわけじゃ…なかったんだ。
けど……
「我慢、て…」
何に対する、我慢?
さっきから『制御』とか『我慢』とか…彼は何と戦っているというのだろう。
それを教えて欲しくて、見つめるのに、
「……もう少し、待って。本当に、あと少しだから。ただ……」
ちゅっ、と。
彼は、目の前にあるあたしの太ももに口づけをし。
「……言ったでしょ?僕は、『楽しみは最後に取っておく主義』なんだ。それだけは、本当」
そう、微笑みながら言うので。
あたしは、隊長と三人で行った、モーリーさんの酒場での言葉を思い出す。
確かに、そんなことを言っていたような…
しかし。
「……いつまで?」
あたしも、もう限界だった。
「いつまで待てば……あたしだけを、見てくれますか…?」
彼が何と戦っているのかなんて知らない。
何を勝手に我慢しているのかなんて、知らない。
とにかく今は、今だけは。
もっと、あたしのことを、見てほしい。
あたしは。
彼の目の前で、静かに。
ドレスのスカートの裾を、持ち上げた。
彼に、スカートの中身を……下着を、見せつけるように。
「ちょっ、何やって……」
珍しく、クロさんが慌てた様子で止めようとするが。
あたしがスカートをたくし上げた瞬間。
彼は、言葉を止めた。
今日は、とても大事な日だから。
気合いと、自信をもらおうと思って履いてきた。
ローザさんにもらった……あの下着。
クロさんに『痴女パン』とからかわれた、あの、恥ずかしいパンツ。
それを彼に、見せつける。
だって、もう、こうするしかないのだ。
あなたの目を奪う方法が、他に思いつかない。
羞恥心をぐっと飲み込んで。
サイドの、リボン結びをしている紐の端に。
あたしはそっと、手をかけ。
「……クロさん…」
囁くように、彼の名を呼ぶ。
すると彼は、切なげな表情であたしの瞳を見返して……
そのカオに、何故だかゾクゾクしてしまう。
嗚呼、そうか。こういうことなんだ。
いつか、ベアトリーチェさんが言っていた。
『口ではなく、目で語る』
確かに、今。言葉はいらない。
見つめ合うだけできっと、伝わる。
ねぇ、クロさん。
あたし、クロさんに見てもらうためなら、なんだってできるのよ?
恥ずかしい子にだって、いやらしい子にだってなれる。
あなたが望むのなら。
あたし、なんだって……
だから……
ガマンなんかしないで。
全部、ぜんぶ、ゼンブ。
あなたの中にあるものをゼンブ、あたしにちょうだい…?
心臓が、全身に響くくらいに脈を打つ。
でも、なんだかそれすらも心地いい。
あたしは、彼の瞳を見つめながら。
下着の紐を、スルリと引っ張って……
「──だめ」
それを、彼の手に止められる。
止められるが。
彼の目は、もう、完全に熱を持っていて……
スイッチが入ったことを悟る。
「……そんなカオ、どこで覚えたの…?」
彼は立ち上がると、あたしの足の間に自分の右足を滑り込ませるようにして体を密着させ、
「イケないコ……これを
「あっ……」
下着の紐の辺り…太ももの付け根から、恥骨にかけてを、指先で撫でるように弄ばれる。
「僕が、この最後の一枚を脱がせるのを、どれほど楽しみにしているか…」
そしてその手を、今度はあたしの顎にかけ。
「…君がいけないんだよ。僕の我慢を台無しにするから。
教えてあげようか?僕が君のことを、どれだけ想っているのか。どれだけ、君しか見えていないのか」
開かされた口に、指を入れられ。
舌をくちゅくちゅと、掻き回される。
そして。
「……僕の愛は、重いよ?」
一切の理性を捨てたような、怖いくらいに真っ直ぐな瞳を向けて。
「………泣いたって、もう…やめてあげないからね…?」
その言葉に。
身体が、びくっと跳ねてしまう。
彼の唇が、微かに開く。
それが、開かれたあたしの唇に。
重なるように、近付いて……
あと数ミリで、それが触れ合うという──
その時。
何かが割れるような、けたたましい音と。
大勢の人の悲鳴が聞こえてくる。
あたしもクロさんもハッとなって、音のする方……
舞踏会の会場である、広間の方へと視線を向ける。
今の音は…何……?
あたしが耳をすませていると、目の前でクロさんがまたため息を吐く。
「……危なかった。自分の仕掛けた目覚まし時計に、叩き起こされた気分だ」
「クロ、さん……?」
「……えい」
「いたぁっ」
戸惑うあたしのおでこを、ピンと指で弾くと、
「続きはまた…あとでね」
いつもの調子で、妖しげに微笑んだ。
「さぁ、最後の大仕事だよ。それには……おそらく君の力が必要だ。付き合ってくれるよね?優秀な秘書ちゃん」
そう言って彼は、あたしに手を差し出す。
今だ聞こえてくる悲鳴や、グラスが割れるような音を。
どこか別の世界のことのように感じながら…
あたしは鼓動を
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