第28話 湯気に紛れた独り言 Ⅳ
「ルナさんが魔法を上手くコントロールできるようになったら……それを国王陛下に認めてもらえたら、ルイス隊長に会うことを許されるでしょうか?」
「さぁ、どうでしょうね。でも、可能性はあるかもしれません。ルイスさんも此度の戦で功績を上げ、中将にまで昇進しましたから。
陛下はきちんと、彼の実力を認めていらっしゃるようですよ」
おお、そうだったのか。ルイス隊長、最近『中将』に格上げされたばかりだったのね。
なら、やはり残された問題は、ルナさんの魔法の安定のみだ。
「よーし…クロさんに代わって、あたしがルナさんの先生になってやる!そんで二人で魔法を使いこなして、あの人をぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「まぁ、頼もしい」
ざぶっ、と立ち上がって言うあたしに、ベアトリーチェさんが横で微笑む。
「ところで…フェレンティーナさんは、クローネル指揮官とはうまくいっているのですか?」
「へ?」
唐突に話の矛先を自分に向けられ、間の抜けた声が出てしまう。
ベアトリーチェさんは頬に手を当てながら続けて、
「未だに信じられないのです。あの、他人にまったく関心を示さない、精霊の研究以外には執着を見せないクローネル指揮官が、わざわざ隣国から女の子を連れてくるだなんて」
なんてことを言ってきて。
「く、クロさんて、そんな感じなんですか?」
「ええ。なにぶんあの容姿と雰囲気なので、引く手はあまたなのですが…来る者拒まず去る者追わずで、何人もの女性が泣かされているのを見てきました。
それが、国王陛下に直談判してまで
よっぽどフェレンティーナさんに惹かれているのでしょうね」
う…前半の情報は、正直あまり知りたくなかったが……
後半のは、なんていうか…泣きそうなくらいに、嬉しい話だ。
「で…実際のところ、どうなのですか?あのクローネル指揮官とお付き合いするのって」
「そ、そうですね…うーん…」
聞かれて、湯船の
どうかとあらためて聞かれると…どうなのだろう。
確かに、わざわざ国から連れ出されて、隣の部屋に住まわされて、毎日一緒に過ごしている。
けど。
こちらに来てから三週間余り、恋人らしい時間は、ほとんど取ってもらえていない。
このお城に着くまでの、あの馬車の中以来…キスだって、一度もしていない。
まさに、『釣った魚に餌をやらない』状態なのだ。
あったことと言えば、理事長室での膝枕と、先日の…
あの、"痴女パン"事件くらい…
……そうだ。
「……あの、ベアトリーチェさん?」
「はい?」
ちら、と。
あたしは、彼女の豊満なバストを盗み見して、
「……色気って、どうしたら出ると思います?」
そう、聞いてみた。
ベアトリーチェさんは二、三回、目をぱちくりさせてから、
「…指揮官と、何かあったのですか?」
少しだけ、わくわくした様子で聞き返してくる。
あたしは慌てて手を振り、
「いや、その……いちおう恋人なので…それっぽい雰囲気になることって、あるじゃないですか」
「えっちな雰囲気、ということですか?」
べ、ベアトリーチェさん!人がせっかく遠回しに言っているのに!!
「そ…そういう時にですね。こっちはすごく真剣なのに……クロさんてば、笑うんですよ」
「笑う?」
「はい。微笑む、とかじゃなくてですよ?吹き出して、『あはは』って声出して、楽しそうに笑うんです」
酷くないですか?
そう言おうとして、彼女の方を向くと。
ベアトリーチェさんは、目を見開いて。
文字通り、絶句していた。
信じられないものを目の当たりにしたような顔をして、あたしを見返して、
「声を出して、笑う?」
「……はい」
「あの、クローネル指揮官が?」
え、なに…そんなに信憑性のない話なのか、これ…
「……想像できません。彼が笑うのなんて、人を騙す時か、人を嘲笑う時だけでしたから…」
おい。一体どんな悪行を重ねたらこんな風に言われるんだ、あの人は。
「それが、楽しげに声まで上げられるとは…やはりそれだけ、フェレンティーナさんは特別ということですね」
「それなら嬉しいんですけど……でもあんまり笑われると、あたしってそういう魅力ないのかなぁ、って」
「だから、『色気ってどうしたら出るのか』、と」
「はい」
ふむ、と考えるように彼女は自分の顎に手を当てると、
「…何を『色っぽい』と感じるかは、人それぞれです。だからこれは、あくまでわたくし個人の意見ですが…」
す、っと。
その切れ長の目を少しだけ細めて。
「『口ではなく目で語ること』、ですかね」
「目で…?」
聞き返すと、彼女は「はい」と頷く。
「『目は口ほどにものを言う』と申すでしょう。こと恋愛において、ペラペラと多く語るのは野暮であったりします。
口を
言葉にすると陳腐なことも、目で伝えれば『色気』を纏ったものになるのですよ。
例えば…」
そこまで言うと、ベアトリーチェさんは。
湯船の
ぐっと瞳を覗き込むと、
「……『抱いて』、と」
「…………!」
「そう、目で訴えるのです。下手な小細工をするよりも、よっぽど効果があるはずですよ」
女のあたしが卒倒しそうなくらいの色気を放ちながら、そう言った。
あ…あぶない……危うくその胸に飛び込んでしまいそうだった。恐ろしい人…
しかし、なるほど。『目で語る』、か……
クロさんに何かされると、二言目にはだいたいツッコミを入れてしまっていたな…今度からは口ではなく、目で訴えてみよう。
そんな機会、あるのかすら微妙だが。
「ありがとうございます。すごく為になりました。参考にさせてもらいます」
「ふふ。いいですね、こういうの。『恋バナ』って言うんでしょうか。普段なかなかできないお話ができて、楽しかったです。
また、進捗を聞かせてくださいね」
そう言って、嬉しそうににこにこ笑う。いつもはあたしとルナさんのお喋りを黙って見守っていることが多い彼女だが…案外、こういう話がお好きなようだ。
「さて、長湯させてしまいましたね。そろそろ上がりましょうか」
「いえ。こちらこそすみません」
ベアトリーチェさんに続いて立ち上がり、脱衣場へと向かう。
引き戸を開けた彼女の背に…
ふと浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「そういえば…ベアトリーチェさんには恋人や、好きな人はいらっしゃるんですか?」
その質問に、彼女は振り返り。
人差し指を唇に当て、ミステリアスにこう言った。
「──秘密、です」
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