第26話 湯気に紛れた独り言 II


 しかし、ということは…

 今の話を聞き、あたしの中で一つの仮説が浮かぶ。そして、それを確かめるべく、


「あの…ルナさんの魔法って、いつから……上手く制御できない状態なのですか?」


 先刻から気になっていたことを尋ねてみる。ベアトリーチェさんは一呼吸置いて、


「…最初から、です。十四歳のお誕生日を迎えられたその日から、殿下はご自身の魔法を上手く扱えていないまま…間もなく十八歳になろうとしています」


 …って、ルナさん年上?!

 と言っても一つだけだけど…そうか、てっきり同い年か年下かと…


「それって…何か、考えられる原因はあるのですか?」

「……わたくしが思うに」


 ベアトリーチェさんは神妙な面持ちになって、


「十二歳の時に亡くなられた王妃様……殿下の母君の死が、原因になっているのではないかと」

「お母さんの…死……」


 十二歳で、母親を亡くした…

 あたしと、同じだ。


「わたくしも同じようにクローネル指揮官に尋ねてみたことがあったのですが…こればかりは、殿下ご自身が向き合わねばならない心の問題なようで。

 指揮官曰く、精神が成熟する前に大きな心的外傷を受けた者の辿る道は二つ。

 一つは、苦悩を乗り越え強さに変えることができた場合の、爆発的な成長。

 そしてもう一つは……乗り越えられなかった場合に陥る、"魔法音痴"」

「…魔法音痴」


 クロさん、もっとマシな言い回しはなかったのか。


「殿下は、まさに"魔法音痴"なのです。

 王妃様は病に倒れられてから、長らく眠りについたまま、目を覚ますことなくお亡くなりになりました。

 その時の経験が、殿下の心にまだ大きな傷として残っているのだと…わたくしは考えております」


 やはり、そうか…

 クロさんが、講義の中で言っていた。魔法の強さは、心の強さ。魔法の安定は、心の安定である、と。

 ルナさんの優しすぎる繊細な心が、"魔法音痴"を引き起こす原因となっているのだろう。


 王妃様が亡くなられた時の詳しい状況はわからない。けどルナさんのことだから、もしかするとお母さんの死についても『自分のせい』と抱え込んでしまっている部分があるのかもしれない。

 それをどうにか、解きほぐしてあげたいが……なかなかに難しい問題である。


「よくわかりました。お話いただき、ありがとうございます。それから…もし、可能であれば、もう一つ」


 と、あたしはベアトリーチェさんの方を向いて尋ねる。



「ルナさんは、何故……ルイス隊長と、会えなくなってしまったのですか?」



 あたしが一番気になっていたのは、実はそこだった。

 姫君と、それを護る近衛兵の一族……会うこと自体はなんら不思議ではない関係性のはずなのに。

 ルイス隊長を名指しして接触を禁じられているのであれば、よほどのことがあったに違いない。ルナさん自身は『自分の至らなさのせい』と言っていたが…


 あたしの質問に、ベアトリーチェさんは考え込むようにして沈黙する。

 そして、静かにこちらに目を向けると、


「……フェレンティーナさんは、殿下の大切なご友人です」

「あ、ありがとうございます」

「しかしこの件は、城の中でも当時を知る者以外には口外禁止の、とある事件に因縁があるのです」

「とある、事件…?」

「はい。それを、ご友人だからと安易にお話することは憚られますので……」


 ぱちっ、と。

 星を散らすようなウィンクをして。


「ここからは、わたくしの勝手な独り言です。…よろしいですね?」


 右手の人差し指を立てて、いたずらっぽくそう言った。

 それを見たあたしは、


「……わかりました」



 危うく『好きです』と告白しそうになるのを堪えて、そう頷いた。

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