第25話 湯気に紛れた独り言 I


「……やってしまった」



 終わった。今度こそ強制送還だ。さよなら、クロさん。(二回目)


 なにしろこの国の姫君を、声を上げるくらいに泣かせてしまったのだ。結局泣き止まない内にベアトリーチェさんに促され、部屋を後にしてしまったが…


 上から目線に、知った風な口を利いてしまったのがいけなかったのかな。

 それともどこかに、地雷があったのか……



 と、鼻の下まで湯船に浸かりながら、口からぶくぶくと泡を吐く。

 お城の使用人用の、大浴場。ルナさんを泣かせてしまったショックから夕食もロクに喉を通らず、自室でしばらく放心していたため、入浴の時間がかなり遅くなってしまった。


 もうすぐ日付けが変わる時間帯。あたし以外、浴場には誰もいない。

 それをいいことに。


「あぁぁ…あたしって、なんでこうなんだろう…」


 ため息混じりの、大きな独り言を言う。

 どろどろした嫉妬心も、クロさんに構ってもらえないモヤモヤも。

 ルナさんを泣かせてしまった至らなさも。

 全部全部、洗い流せたらよかったのに。


「………」


 ぼーっと、天井に溜まった水滴がぽたぽたと垂れるのを眺めめていると。


 ──ガラガラ。


 引き戸の開く音がして、誰かが浴場に入ってきた。こんな時間でもまだ利用者がいたのか。と、何気なくそちらを見ると、


「あっ…ベアトリーチェさん……」

「フェレンティーナさん。今、お風呂ですか?」


 先ほど迷惑をかけたばかりの彼女の姿が、そこにはあった。

 …………って、


「えっ!いいんですか?!」

「何がです?」


 思わず口走ってしまったが、慌てて口を塞ぐ。

 自分でもなんでこんなことを言ったのかわからない…だって、ベアトリーチェさんの一糸纏わぬグラマラスな裸体が目の前にあったから、ありがたすぎてつい…女湯なんだから、いいに決まっているのに。

 それにしても、女の自分でもドキドキするくらいの体つきだ。まさに、出るとこは出ていて、引っ込むとこは引っ込んでいる。くうぅ…一体何を食べたらこうなれるんだ。



「あ、いや…その……先ほどは、すみませんでした」


 かけ湯をするベアトリーチェさんに、まずは謝罪する。裸に興奮してしまったことではない、ルナさんの件についてだ。

 彼女はつま先からゆっくりと湯に入ると、少し離れたところへ並ぶようにして浸かった。


「いいえ。謝るのはこちらの方です。殿下が急に泣かれたので、びっくりされたでしょう」

「…でも、あたしが偉そうにベラベラと喋りすぎてしまったので…」

「ありがとうございます」

「え?」


 急にお礼を言われ、あたしは驚いてベアトリーチェさんの方を見る。すると彼女は、穏やかな表情で、



「殿下を泣かせていただいて、ありがとうございます」



 なんてことを言ってくるので。


「……へ?」


 あたしは素っ頓狂な声を上げた。彼女はそのまま、にこりと微笑んで、


「あのお方は…お優しすぎるのです。此度の戦争で傷付いた民を思い、自分のことのように胸を痛めておられる。

 それだけではありません。フェレンティーナさんはあのようにおっしゃってくださいましたが……戦に勝利したにも関わらず、あまりにも欲目のない条約を結んだことに対し、国王陛下は一部の貴族からひどく責め立てられました。

 父君のそうした姿も見ているので、フェレンティーナさんのあのお言葉は、とてもありがたいものだったのですよ」


 そのまま、静かな声音でベアトリーチェさんが続ける。


「その上、ご自身の魔法に大きなコンプレックスを抱えておいでです。

 だから、この国も、殿下自身も、まとめて肯定してくださった貴女のお言葉には、本当に救われたのだと思います。

 ご自身の負の感情を、あまり表には出さないお方なので……あんなに泣きじゃくる姿、久しぶりに見ました。

 主人あるじに代わり御礼申し上げます。ありがとうございました」

「い、いいえ。あたしはただ、思ったままを言っただけで…」


 頭を下げられ、あたしは慌てて両手を振る。


 そうか……ルナさん、やっぱりいろいろなことを抱えているんだなぁ。

 "王女"という立場だからこそ、もどかしいことやままならないことも、たくさんあるのだろう。

 あたしの言葉でルナさんが少しでも救われたのなら、これほど嬉しいことはない。よかった。傷付けたわけではなかったのだ。

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