第24話 魔法少女同盟 II


 早速、あたしとルナさんは、クロさんにもらった講義の資料を見返しながら要点の整理をした。


 魔法を使いこなすには、まず自分自身をしっかりと見つめ直すこと。

 自分の魔法は何ができて、何ができないのか。その輪郭を、はっきりと認識すること。

 そして、魔法をもたらす精霊は…十四歳までの経験を元に宿主を選んでいるということ。


 つまり、十四歳までの記憶や経験の中に、自身の魔法を理解するヒントが隠されているかもしれない、ということ。




「十四歳までの、記憶…」


 ペンを握る手を止め、ルナさんが呟く。

 何か、嫌なことでも思い出させてしまったのだろうか。その表情が少し曇ったことに気がついて、あたしは咄嗟に声をかける。


「ところで、ルナさんの魔法って……どんな能力なんですか?」


 何気なく聞いたつもりだった。自分の魔法のことなら、話しやすいと思ったのだ。

 しかしルナさんは一瞬固まってから、悲しげに笑って、


「……眠らせる、力…なんだと思います」

「眠らせる…?」


 聞き返したあたしに、ルナさんが頷く。


「周りの人を、眠らせてしまうんです。糸の切れた操り人形のように。力の及ぶ範囲も、眠りの深さも、その時々でまちまちで…時には自分自身が眠ってしまうことすらあるので、本当のところ、どんな能力と言っていいのかわからないのですが」


 そう遠慮がちに、自信なさげに言う。

 しかし。

 あたしは、驚きを隠せなかった。


「それって……ものすごい能力じゃないですか!」

「え?」

「だって、使い方によっては敵を無傷のまま無力化できるってことですよね?戦闘において、かなり有効な能力ですよ!…あ、でもお姫様に直接戦ってもらう場面なんてないのか……でも、無為な戦いや負傷を回避できるだなんて、なんだかすごく…"この国"っぽいです!」

「……"この国"っぽい…?」


 ルナさんのきょとんとした顔を見て、はっと我に返る。

 またやってしまった。思いついたことを一気に捲し立てて、驚かせてしまった。

 なんだろう…クロさんの"精霊オタク"が移ったのかな?聞いたこともない能力に、いささか興奮してしまっている自分がいる。


「ご、ごめんなさい。あたし、またしゃべりすぎちゃって…」

「…フェルさんは」


 肩をすぼめ謝るあたしに、ルナさんは真っ直ぐな瞳をこちらに向けて。

 あらたまった様子で、こう尋ねてきた。



「このロガンス帝国を、どんな国だと思っていますか?」



 その質問に。

 あたしは、すぐに答えることができなかった。

 何故なら、いいところがいっぱいありすぎて、簡潔にまとめられそうになかったのだ。

 だから、



「……優しい、国です」



 一番に思いついたことを、真っ先に伝えた。


「…誰かが傷付くのが嫌。

 死んでしまうのが嫌。

 それが例え、敵国の人間であっても。

 だからこそ、あえて戦争に身を投じ、最小限の被害に収められるよう奔走していた。

 あたしの目に映ったルイス隊長は…そういう人でした」


 想い人の名を聞いた彼女が、ぴくりと反応する。


「そしてそれは、国王陛下…ルナさんのお父様のご意志なのだと聞かされました。

 あたしの母国・イストラーダ王国が、敗戦国にも関わらずかなり譲歩された条約を結んでもらえたのも、ロガンス王が働きかけてくれたおかげであることも知っています。

 同盟国であるフォルタニカを敵に回すようなことになっても、敵国であるはずのあたしたちを護ってくれた…

 みんなが幸せになれる方法を、本気で模索しているんですよね。

 それがあたしの思う、『ロガンス帝国』という国です」



 言い切ってから、結局長々と話してしまったなと少しだけ後悔する。けれど、すべて本心だった。


 あたしが心から、憧れた国。

 人々の、国と国の平和を、本気で願っている国。

 ルナさんは……その象徴のように無垢で、真っ直ぐで、優しい人だ。



「ルナさんの魔法、とても素敵で、優しい能力だと思います。

 あたしのなんか、傷付けることに特化しているらしいから……羨ましいくらい。

 だから、もっと自分に、自分の魔法に自信を持ってください。

 使いこなせるようになったら、きっと誰かを助ける力になります。

 その方法を、一緒に見つけましょう」


 と、なんだかクロさんみたいなことを言っているな、なんて思いながら。

 ルナさんに、微笑みかける。

 すると。



 ぽろっ、と。

 彼女の頬を、涙が伝った。


 そして、堰を切ったように、



「…ぅっ…うわぁぁあん…っ!!」



 あたしに縋り付くようにして。

 声を上げて、泣き出した。



「は…!えっ!!あの、ええと、ごめんなさ…!!」


 な、泣かせてしまった…また、喋りすぎた。

 そう思って、もう三回目になる謝罪の言葉を口にしようとした…その時。



 ぽん。



 ベアトリーチェさんが、あたしとルナさんの頭に手を置いて。

 優しく、微笑んだ。


「…………」


 あたしは、どうすればいいのかわからないまま。

 ただ、あたしに縋って泣く小さなその肩を。


 壊れ物を扱うかのように、そっと抱き締めた。

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