アクアバレット そのⅢ
階段を上ると、廊下で武炉、空飛、鍵下の三人が話ながら歩いているのを見かけた。この三人を一度に相手にするのは、圧倒的に不利である。数に着目しても明白で、しかも三人とも、実力が本物。挑んだところで、勝機はないのだ。
だが粒磨は違った。室内という状況が、彼に勝負を挑ませた。武炉と空飛の超能力が屋外でないと本領を発揮できないことはわかっている。だから二人は最初から、眼中になかったのである。警戒すべきは鍵下のみだった。
「む、粒磨?」
武炉が粒磨の接近に気付いた。
「どいていろ!」
鍵下目掛けて水の刃を振る粒磨。だが二人も黙って見ているなんてことはしない。
「ほほう。私たちをイグノアできると思っているのか!」
空飛が粒磨の腕を押さえた。
「この俺に勝負を挑まないとは、ふざけた野郎だ」
武炉も片方の腕を掴む。
身動きの取れない粒磨にできることは、水鉄砲のトリガーを引くことぐらいで会った。だが今の彼には、それだけで十分だった。
軌道が変わる、魔法の弾丸。武炉と空飛の顔に当たって弾けると、二人は驚いて手を放した。
「しまった! この!」
再びつかもうとした時には既に遅く、粒磨は一歩後ろに下がっていた。
「二人同時に、終わりだ!」
連続で繰り出される、水の球。これを防ぐ手段を二人は持っていない。
だが鍵下が持っていた。ねずみ花火を投げ、爆発させてガードした。
「武炉氏孝、雷折空飛…。大丈夫か?」
「私なら、なんとか」
「この俺も今のところは」
三人には、確認すべきことがある。
「粒磨はどうして、俺たちを攻撃してくる? お前ら、心当たりはないか?」
「皆目だ」
武炉が答えて、空飛は頷く。
「まさか…」
鍵下の中で、ある疑いが生じたが、すぐに自分で消した。
黒幕が狩生先生であったことは、二人は知らない。粒磨はクラスメイトに教えるかのような口ぶりだったが、次の日に確認しても誰も話題にしてなかったので、喋っていないのだろう。ならクラスの誰かが先生に寝返って、粒磨を倒せたということはまずない。
では、一体誰に粒磨は操られているのか。これが一番、頭痛がする議題だ。狩生先生は負けたし、すぐ粒磨と再戦したとも考えにくい。第一、自分の目の前であれだけの強さを見せた粒磨がそう簡単に負けるのか。
そもそもの事の発端は、一体何なのか。この島に、他にも超能力者がいるのか。
なぜ粒磨はこのような行動を取っているのか。
様々な疑惑が鍵下の頭の中で生まれ、解決されずに靄になる。
「まあそう焦るな。私たち三人が合わされば、粒磨程度など敵ではない」
空飛はそう言いながら、さりげなく窓に近づく。そして窓の鍵に手をかける。
「ぐえっ!」
「どうした?」
窓の鍵のところに、既に細工がされていた。
「チクっときたぞ、この鍵。既に水の針が仕掛けられている!」
これでは窓を開けられない。それができなければ、風を使うことが不可能。
「ならばこの俺が窓をぶち破ってやる」
「いや、よせ。それによく見てみろ、窓ガラスにも細工が施されている」
鍵下の指摘通り窓をよく見てみると、全体的に濡れている。
「なるほどな。割ろうとしても、そうはさせずに攻撃できるってことか。完全に私の超能力をメタっておいたと言うワケか…」
空飛は一歩下がった。
「そしてこの場から、動かない。この俺の超能力の弱点を突いたな、貴様…」
武炉も下がった。
「なら俺が、やってやろう。炭比奈粒磨。すぐに誰の差し金か、白状させてやる」
鍵下が癇癪玉を取り出したその瞬間、粒磨は手元にペットボトルを出現させた。
「何、水鉄砲二刀流がスタイルのはずなのに、なぜペットボトル? このシチュエーションで?」
この間にも、粒磨は反対の手の水鉄砲で水を散弾させた。大した威力じゃないこの水は、三人にとって触れても痛くも痒くもなかった。
「それは意味がないことは、お前が一番知っているだろう、炭比奈粒磨。俺の爆発にかかれば…」
「やめろ鍵下! 今爆発させるな!」
武炉が叫んだので、鍵下は手を止めた。
「どうした一体?」
「今、一滴だけだがこの俺の口の中に入ったのでわかった! これは水じゃない、油だ!」
「油、だと…?」
油は水とは違い、点火すれば火が付く。
鍵下の超能力では、自分は爆発の影響を受けない。だが例外がある。間接的に生じる火は防げないのだ。この状況で癇癪玉を爆発させれば、確実に油に引火する。そしたら火だるまになるのは避けられない。
かと言って、癇癪玉に火花を出させずに爆発させることもできない。また、油だけ火をつけずに先に爆発させることもできない。一か所爆発すれば火花が飛ぶ。そして意図しない箇所に引火する。
「待て武炉! 私は粒磨が水と油を入れ替えるのを見てないぞ? それともお前だけには見えたとでも言うのか!」
「あの顔を見てみろ。あれは確実に、既にやってやった、って顔だ。それに粒磨ほどの超能力者が、無計画にお前に攻撃を仕掛けるか?」
思い留まる鍵下。その横で空飛が、濡れた部分の臭いを嗅ぐ。
「確かに武炉の言う通りのようだな。この臭いは水じゃない」
鍵下も、それに指で触れてみてわかった。
「く…。こんな程度で封じ込まれるとは………」
確信が持てた以上、癇癪玉は使えない。捨てるしかなかった。
「やはり捨てたな、それを。俺はそうするのを待っていた」
急に粒磨が口を開いた。
「な、何!」
銃口にパイロキネシスで火をともす。ライターのように小さな炎が揺らぐ。水鉄砲の中身が油になっている証拠だ。
そしてその銃口を、鍵下たちに向けた。
「おい! やめ………!」
粒磨は、実行した。引火しやすいこの状況で、容赦なくトリガーを引いた。
勢いよく発射された油は火で燃えて、火炎放射器のようであった。その炎が三人を包み込む。
「安心しろ、加減はした。ほんの一秒だけ、熱さを感じる程度にな。もっとも一秒あれば戦意を奪うことなど、容易い」
三人は、立っていられなかった。
「四、五、六…。あと四人」
粒磨は反転し、校舎の探索に戻ろうとした。
「…待て!」
武炉が立ち上がった。その力強さは伊達ではない。だが、
「屋内では、噴火も間欠泉も隆起も陥没も起こせない。武炉、お前の超能力が役に立たないことはわかっている。それでもまだ、歯向かうのか?」
「当たり前だ。この俺が、脅し程度で引き下がれるか! 貴様に後悔を教えてやる!」
急に、地鳴りがした。室内に唯一影響を与えることのできる、地震を武炉は起こした。しかしリスクもある。地に足をついてないので、武炉自身も足取りが不安定となってしまうのだ。
「粒磨! 今度はこの俺が、パイロキネシスを使う番だ。くらうがいい」
目標は、油の入った水鉄砲。アレに引火すれば、今度は粒磨が火だるまになる番だ。武炉はそう考えていた。
「火が…つかない? そんな馬鹿な!」
確かに水鉄砲に火は当たった。だが、反応なし。
「悪いが、もう入れ替えは終わっている。これは引火しない水に戻した」
そして粒磨は水の鞭を作ると、容赦なく武炉に振り下ろす。
「ぐおぅ!」
水とは思えない威力に、無意識に声が出た。
だが武炉も、やられてばかりではない。粒磨に向かって走り出すと、やはりアポーツを使ってバットを出した。
「くたばるがいい!」
粒磨目掛けてフルスイング。これが通用しないはずがない。
「甘いな」
水の鞭が、不自然な動きをした。それはバットに絡まり、そしてそれをズタズタに切り裂いた。
「鞭が、刃に…!」
これも一瞬の出来事だった。そしてその瞬間に、粒磨は特大の水の球を十発、撃ち込んだ。これには武炉も耐えることができず、少し吹っ飛んで沈黙した。
粒磨は近くの蛇口で水を補給すると、その場から去っていく。
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