アクアバレット そのⅠ
廊下を歩いていたのは、開と守。二人は職員室で返却された課題を運んでいた。
「停止推奨…。正面ヨリ、未確認人物ガ接近中…」
「(・・∂)」
守が疑問を感じるのも、無理もない話だ。この学校の生徒と職員の顔ぐらい、把握している。だから向かい側からやって来る人が誰なのか、わからないはずがないのだ。
「(°°;)」
「目標ヲ捕捉…。データベースヲ参照中………。該当データアリ。炭比奈粒磨、発見…?」
守が驚き、開がすぐに納得できないのは、帰りの会で見せた様子と、粒磨の今の表情がまるで違うからである。
今の粒磨の顔は怒りに染まっている。表情筋は一つも緩んでおらず、目つきも鋭い。まるで獲物を狩る猛獣のような表情に、二人は驚きを隠せない。足を止めた。
「ちょうどいいところで会ったな。俺についてこい」
粒磨はそう言った。だがこれに二人は頷かなかった。
「現在ノ状態カラ推測スルニ、精神状態ハ不安定…。コノ状況ニオイテソノ要求ハ、認メラレナイ」
一呼吸おいて粒磨は返事をした。
「じゃあ力ずくで連れて行ってやる!」
先に守が動いた。彼の超能力が最も力を発揮できる場所…すなわち天井に移動するためだ。体の一部分でも触れることができれば、そこを地面と見なすことができる。だから思い切り高くジャンプをした。
「Σ(゚口゚;)//」
しかし、いきなり叩き落された。守は粒磨に目をやったが、動いていたようには見えない。手にはまだ、何も握られていないのである。
「俺がお前を、上に逃がすとでも思ったか! 守、お前は地べたにいれば、そこら辺の超能力と何ら変わらない。取るに足らない相手だ」
これは粒磨の言う通りである。守の超能力は重力に逆らうことができるが、それ以外は他のみんなと変わらない。そしてそれが行えないのなら、意味がない超能力である。
守が顔を上げると、天井が既に水で濡れている。ここから水の柱が出現し、自分を弾いたのだと理解した。
立ち上がろうとする守の前に開が出た。
「非常事態行動ヲ開始スル…」
開の行動は簡単だ。廊下では、天井の照明、窓から差し込む太陽光、非常ベルのランプと、光源は大量にある。そしてそれらから発せられる光を全て曲げて自分と守の姿を誤魔化すことはすぐにはできない。なので、単に粒磨の目に光が入らないようにするだけ。これを行えば、粒磨は何も見えなくなる。
「作戦、始動…!」
開は、粒磨の視界を奪った。一見すると状況は何も変化していないが、もう粒磨の目は光を掴めない。
ここでアポーツを使い、手元にドライバーを出現させる。相手には見えてないので、撃ち込めば確実に当たる。だが開は、躊躇った。
理由は粒磨にあった。目が見えない状態になっているのに、首を少しも動かさないばかりか、何も言ってこないし動きもしない。まるで自分の意思で目をつぶっているかのようだ。これには違和感覚えない方が無理である。
「∠( ゚д゚)\」
守の発言を合図に、開は静かに、かつ素早くドライバーを放った。
だがこれを、粒磨は瞬時に水鉄砲を手にすると、水の刃で弾いた。
「??? 理解不能? 目標ノ行動ガ不明…?」
開の頭はショートしそうになった。この状況では、自分の行動は相手に悟られるはずがない。だから防げるわけがない。だが粒磨は、それを目の前でやってのけた。
「Σ(・口・)」
その理由は、守が先に理解した。
天井を濡らしていた水が、ポツポツと垂れている。そして足元に転がるドライバーを見ると、少し濡れている。
「行動ノ入力ヲ確認…」
天井から垂れた水が、飛んでいたドライバーに当たったのだ。当たった時に音はしなかったが、床に落ちる音を遮ったので、粒磨に何かが飛んで来ることを感づかれたのであった。
ここで守は走り出す。壁に足をつけると、そこに立った。そのまま壁を走って、直接粒磨に攻撃を仕掛けるつもりだ。天井も飛び道具も駄目なら、それ以外に方法がない。開も守の行動を援護するために、弾き返されるのを承知でネジやナットなどを出しては投げつける。
「無意味だ!」
粒磨はそう言うと、水鉄砲から水を発射する。そしてそのまま回転させ、水の渦を描いた。
「くらうがいい!」
それを発射する。水の渦は開に向かって、その形を維持しながら飛んで行く。
「迎撃スル…」
ハサミを出して、開いて投げる。これで水を切断する。
だが思いとは裏腹に、水の渦にハサミは負けた。回転がかかっているためか、弾かれてしまった。
「緊急事態発生…」
他にも出せるものを出して投げたが、どれも水の渦に弾かれる。このままでは自分に直撃してしまう。だがその危機的な舞台でも開は冷静だった。
次にアポーツで取り出したのは、バスタオル。これで水を吸い取る。金属を弾くことができても、水を吸う布は無理なはず。
その先入観が開に、決定的な隙を作らせた。
水の渦は、バスタオルに当たると吸収されるどころか、そのまま直進してくる。
「クッ…!」
バスタオルで覆ったものの、威力がまるで落ちていない。開は水の渦に直撃すると、体が横に回転し、そして床に叩きつけられた。
「まず一人」
粒磨はそう言った。
「(╬◣ω◢)」
粒磨と守の目が合った。これは開の超能力が途切れてしまった証拠。しかしここで止まるわけにもいかない。
守もアポーツは使える。金属の棒を両手で握ると、思いっきり振り下ろした。
「( Д) ゜゜ 」
粒磨は一瞬で水の網を作った。それに棒が引っかかっており、粒磨には当たらない。
「これで二人」
再び水の渦を作ると、粒磨はそれを守に向けて放つ。守の体も、不自然な方向に回転して地に落ちる。
「( ゚ρ゚ )」
二人は、いとも簡単に粒磨に屈した。つい数日前まで、粒磨にとって脅威とも言えた二人の特殊な超能力は、経験した彼にとっては一度解いたことのある問題のようなもので、方法さえわかっていれば対処は難しくなかったのである。
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