スフィアメモリー そのⅤ

 マズい。何かが、非常にヤバい。俺の本能がそうささやいている。

 だがそれが何なのか、わからない…。頭が理解できていない。

 俺が今できることは、膝の痛みを押さえつつ、先生から距離を置くことだけだ。

 俺が後ろに下がるとすぐ、先生は手を開く。しかし指を開くだけだ。本当にそれだけで、何も起こらない。

「何の意味が、アレにあるんだ? アレでどうやって戦う?」

 俺は先生の動き一つ一つに注意したが、警戒すべきようなことは何も生じない。

「粒磨君。君にはもう、見えていないようだね」

 先生がそんなことを言う。何が俺に見えてないんだ? それはわからないが、見えない何かが目の前にあると言うなら…。

 俺は水を散弾させた。すると一部の水が、何もない空間で弾かれた。

「あそこに見えない何かがある! それが先生の超能力か!」

 水をまき散らして、見えない何かの動きを探る。俺に向かって飛んできてはいるが、機敏な動きはできないようだ。

「見えなくても軌道がわかれば、かわすなんてワケないぜ!」

 横に飛べば、それを簡単に避けれた。そして避けると同時に水を撃ち込む。だが水は全て、先生の前に存在する見えない何かに妨げられて届かない。

「この見えない壁さえどうにかすれば…。だが、どうする?」

 それが攻略ポイントだが、この問題への模範的な解答方法が思いつかない。こうなったら思いつく攻撃法を全て実行してみるか? しかしそれでも通用しなかったら、本当に絶望するぞ…。

「先生はよ、いいよな。守りながら戦えるんだし。俺なんてそんな防御壁は持ってない。こりゃあ不公平じゃんか。それとも先生は、生徒に負けるのが怖くて守ってばっかなのかよ?」

 少しだけ、煽るか。だが、

「口を動かす前に、しっかりと考えたまえ。試験時間は一分一秒も無駄にはできないのだぞ? それで落第しても、私は一切の責任を負わないからね」

 これは、駄目か。だがそうなら新しい作戦を試すまで!

 俺は水の球を一発、撃ち込んだ。そしてそれは、先生の目の前の地面に落ちた。見えない何かに撃ち落とされたのではない。俺が最初から、そこに着弾するようにしておいた。

「何だこれは。君は意味のない計算式で部分点をもぎ取ろうと思っているのかい?」

 意味がないことを、この期に及んで俺がするかよ!

 着弾した水の球は、水の柱を作り出した。ここから意味がある攻撃だ。

「行くぜ!」

 二発目の水の球を、柱に向けて放つ。球が柱に当たると………。

「ふむ。意外な式だ。だがこれに何の意味がある?」

 柱は、水の球に押されて動いた。柱の形状を維持したまま、先生に向かって進む。俺はさらに水を撃ち込む。

「私が押し返せるのは、わかっているはず。違うかい、粒磨君?」

 それは俺にもわかる。現に先生はまた、見えない何かで水の柱を押さえている。でも俺は、攻撃の手を緩めない。

「なに…? 何故だ、何故急に力が増す?」

 先生が、俺の行為の意味に気がついたようだな。

「水で押してるだけだと思ったか? これは、柱の質量も随時追加してるんだぜ? 増えた分、押す力も大きくなる。いつまでも同じ力じゃ、押さえ切れなくなるのは当たり前だ!」

 このまま押し切れるか? それは無理だ。先生が俺の意図を知ってしまったから。でもここでできることもある。

 さっき、何かの拍子で吹っ飛ばされた時に地面に転がり落ちたウォーターガン。それを使う。とは言ってもいつもみたいに超能力で持ち上げたりはしない。地面に落ちてる状態で、水を発射。これなら、ウォーターガンの方を見る必要はないし、力もそこまで使わない。水の柱に集中できる。

 ウォーターガンの水を、撃つ。それは先生の足に当たった。

「まさか!」

 これは意外だったようだ。そしてそのまま、

「今だ!」

 俺は勢いよく、水の柱を押してやった。先生は一瞬バランスを崩したが、その一瞬さえあれば十分だった。ウォーターガンは今使った一丁だけじゃない。他に二つも転がっている。それを水の柱に向けて発射する。当然水の柱は向けられた水を全て自身に加える。

 一気に大きく太くなる水の柱。それが、先生に倒れこむ!

「……!」

 この一撃は、大きかったようだ。先生は体勢を維持できず、地面に倒れた。俺にはさらに、攻撃のチャンスが訪れた。

 今なら小さな水の柱で攻撃できる。地面と先生の体の間とじゃ、見えない何かでも防御なんてできない!

「うおおお、おおおお!」

 周囲の地面の水を、全て先生に向けて集中する。

「うぐっ!」

 やっと悲鳴らしい声を上げた。効果があった。先生は中々立ち上がれない。押し切るなら、今しかない!

 俺は先生の上に、水の球を作った。大きさはバスケットボールぐらい。これをまともにくらえば、確実に先生は戦闘不能になる。この一撃で決める!

「まだだ。まだ数式は途中だ」

 やっとのことで膝立ちになった先生がそう言った。だが無意味だ、これで終わる!

「行くぜえええぇ!」

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