インドミナスエクスプローション そのⅤ

 今の位置関係は、俺が山側で、鍵下が岩場側だ。

「飛んでくる水の刃にどう対処するか。それさえ考えだせば俺の勝ちだ。だが炭比奈粒磨、お前は違う。クリアすべき課題が山のようにある。濡れても爆発する物質、その膝の怪我、飛び散る火花、立ち込める煙…」

 確かに、お前の言う通りだよ、鍵下。俺はそれら全てに対処できないといけない。

「はっきり言ってやろう、炭比奈粒磨。お前に勝ち目はない。ここで潔く降参しろ。それとも俺に歯向かうか?」

 俺は首を振らなかった。

「答えない。なら、白旗を上げないと見ていいのだな?」

 今度は無言で頷いてやった。

「いいだろう。地獄まで付き合ってやる」

 既にここは地獄だぜ…。それを言うと、弱く聞こえそうだから、口を動かさなかった。

 俺は、鍵下から目を離した。相手の出方を伺っているようじゃ、鍵下には勝てない。今までの戦法は何も通じないと思った方がいい。だとすると、見るべきものは鍵下じゃない。

 俺自身だ。

 俺は、水鉄砲を地面に向けて撃った。俺は反動で起き上がると、鍵下に向かって進む。

 当ててやる。水の刃を、体に。

 肉をほんのちょっと、それも五ミリくらい切り取るだけならいいだろう。俺だってこんなに痛い思いしてるのによ!

 手加減はない。避けないと本当に当たるぜ。それも切り傷では絶対に済まされねえ。

「コイツ…!」

 鍵下は俺の腕を手で受け止める。あと少しで水の刃が鍵下に届くが、その少しがとても大きくて超えられない。

「危ないところだった、もちろん俺がな。だが今度はどちらが危ないか!」

 もう片方の手に、鍵下が忍ばせている…癇癪玉を!

 これをくらったら、終わりだ…。

 俺は瞬時に水の膜を三重に作った。そして癇癪玉は爆発したが、膜のおかげで爆風も火花も煙もくらわずに済んだ。

 すぐに俺は、水鉄砲を発射してその反動で下がった。対して動いてないが、息が切れる。

「ところでだ、炭比奈粒磨」

 急に鍵下が語り出した。

「この世で一番優れている爆発物は、何だ?」

 そんな簡単な質問を、俺にするのか?

「爆弾だろう? 爆発するためだけに作られてる物だろうからよ。でも爆弾がここにあるのか?」

 鍵下は首を振り、

「ここにはない」

 と答える。ここには? じゃあ別の場所ならあるとでも言うのか?

「だがな…日本全国、探せばある物だ。なんせ二次大戦中は、本土に爆撃を受けたからな。今も極まれに不発弾が発見されるぐらいだ」

 なるほど。鍵下は本物の爆弾を使うつもりだな。だがそれができないことは、俺でもわかる。

「無理だな。俺でも知っているが、八丈島には防空壕こそあれど、空襲を受けていない。どこを掘り返しても、不発弾なんてどこにもないぜ?」

 だが鍵下の返事は、衝撃的なものだった。

「だったら、ある場所からアポーツで取ってくればいい。どうだ、この通り」

 なんと、爆弾を足元に出現させた。

「な、何!」

 どこから持って来た? 俺がそう尋ねようとした時、先に鍵下が答えた。

「お前の故郷…仙台は酷い爆撃を受けた町の一つだったよな? そこから持って来た! どうだ、今ここで爆発させてやってもいいぞ?」

 まさか、仙台から? アポーツで? 普通に考えて、無理だろ…。ここから東京湾まで二百八十七キロメートル。さらに東京から仙台までは大体三百六十五キロメートル…。遠すぎだ。しかも、どこに埋まっているのかわからない不発弾をピンポイントで持って来る…。

 俺は、開いた口が塞がらなかった。

「俺の支配下に置けたのなら、爆発は調整できる。下手に触って誤爆することもない。安全にお前を、攻撃できるってことだ」

 そう言いながら、爆弾を踏みつける。

 あの爆弾を水の刃で切り裂いたらどうだ? 水の球で撃ち抜いたらどうだ? 駄目だ。その衝撃で爆発するとは思えないし、鍵下が同じタイミングで爆発させたら、俺だけが被害を受ける。

 ここで切り札を使うか。だが、それには時間がいる。すぐにはできない。鍵下にバレないように、慎重に進めないといけない作業。

「ここらで、後ろを確認してみるか」

 鍵下が振り向いた。

「…!」

 俺はとっさに、消火器をそこに出した。ピンは既に外してあり、後は噴射するだけの状態。

「真沙子に通じなかったものが、俺に通じるとでも思ったか!」

 鍵下が癇癪玉でも投げると思ったが、それはしない。ただ、消火器の方を向いている。

 急に、消火器が破裂した。

「アレも爆発する危険性がある。そしてその危険性が少しでもあれば、俺の超能力の対象だ」

 俺は、落胆した。少しでも頼れると思ったものが、そうではないとわかったからだ。

 鍵下が俺の方に向き直ると、言う。

「どうやら、あれがお前の最後の抵抗のようだな。消火器か。この、俺の戦いが盛り上がって来たところで、一気に勢いがなくなった。文字通り消火器を吹きかけられたかのように、な!」

 そしてその爆弾を、超能力で持ち上げる。

「今のお前に、これが避けられるか? それは不可能だ。だが安心しろ、命までは奪わない。その辺の加減は俺にはできるからな」

 それを聞いて、気が休まると思うのか? 無理だ!

「こ、この!」

 俺は数発、水を発射した。だが不発弾を押し返せない。威力が全然足りない。

「みっともないマネはやめろ。最後が汚くなるだろう?」

 でも俺は、撃ち続ける。

「もういい。これで、終わりだ…」

「いいや、お前がな! 後ろを見てみろ!」

 俺は言った。すると鍵下は、

「ハッタリか? だとしたら聞き捨てる」

「違うぜ。さっきは振り向かれたから焦ったが、俺の切り札はあれじゃない。お前は気がつかなかったのか? 潮が引いていたことに」

「何だと?」

 鍵下が振り返る頃には、もうそれが目前に迫っていた。

「津波っ! お前の超能力は、海すらも操れるというのか!」

「武炉には披露したんだがよ、見てなかったのか?」

 俺の発言に、鍵下は一瞬だけ固まった。

「そんな物騒な物は、荒れ狂う波が洗い流してくれるってよ! 良かったなあ、周りに人がいなくて!」

 津波が俺たちの戦場に押し寄せる。大丈夫だ、仮にも俺が操っている水。俺も鍵下も溺れないようにできる。

「この…炭比奈粒磨ぁ!」

 津波に流されながら、鍵下が叫ぶ。正直それはそれはどうでもいい。まずは危険極まりない爆弾を排除。さっさと水の中を運ばせて、沖の方へ送る。これで解決だ。

 次は…。テレポートで逃げられないようにするぐらいか。膝に怪我を負っていても、俺は泳げなくなるわけじゃない。この津波の中では、俺だけが自由に移動できる。鍵下のことを掴むと、水の中に引っ張った。

「うぐ、ゴボゴボ…」

 安心しろよ、命は取らねえから。ほんの少し、動かなければそれでいい。

 目的が果たせたのなら、津波にはもう用はない。すぐに波は引いて行く。

 そして鍵下は少し、海水を飲んでしまったようだな。俺は鍵下の胸を睨んだ。そうすると口から、海水を吐き出した。これで無事だ。


 数分後、鍵下は目を覚ました。

「おい、大丈夫なのはわかってるんだぜ。さあ全てを話してもらうか!」

 これが言えたのは、いつまで経っても鍵下から、白い球体が出て来なかったからだ。ということは、記憶が消えていないということ。

「く、くそ! 俺が負けるとは…」

「感情は後でいい! そういうのは後でたっぷり聞いてやるから、今は俺の質問に答えろ!」

 鍵下からはまだ、悔しい表情が消えない。だが、口を開いた。

「そこまで知りたいのなら、教えてやろう。ただしその後は何も保証しない」

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