84:みんなで引退したいから、って話を持ちかけられました。

 話を持ちかけられたのは、三年生に上がってまもなくの、おそらくは四月中のことでした。


 うちのクラスは二年生から三年生に上がるときには一切のクラス替えがありません。一年生から二年生のときでさえ、ほとんどのメンバーがそのまま持ち上がりでした。

 結果的にもうがっつり三年めの演劇部の友人たちから、それはたしかクラスで言われたんじゃないかな? と記憶してます。


「みんなで引退したいから、菜月にも参加してほしい」


 そんな旨のことを言われた記憶があります。

 高校でまるまる二年間。学校全体から「勉強できる枠」としてだいじにだいじに扱われ、高三の開始時点にはもうすっかり受験の修羅と化していた私は、このとき心のなかで血涙をひとつ流す想いでした。



 昨年のちょうどおなじくらいの時期、つまり高二のはじまりには、勉強を理由に――しかしほんとはたぶんもっと繊細なひだのような理由で、演劇部を辞めました。

 そのことを後悔しないように、必死で、勉強に取り組みました。



 思うことといえば人を出し抜くことばかり。

 人より上位にいくことばかり。

 模試でどれだけ都内に全国に下がいるのか確認して、上の少なさにほっとする毎日。この学校全体で私はいちばん英語ができるんだという、ある程度は数字的に事実だったけど、そういう特別感のおごり――。



 そういった殺伐とした受験生活のなかにおいて、勝手に辞めて勝手にちょっと苦しくなっていただけの私に、そんな声をかけてもらえるとは、正直ぜんぜん思ってもみなかったのです。

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