65:こっちを、見て。

「見て」



 つまるところ、私はそう言ったかったのだと思います。



「見て、こっちを」



 他者や外界に興味がなさそうだったのに、あんがいそうでもない後輩くん。

 どこにもなじめないようだったのに、いますごくなじんでいる後輩くん。

 私が焦がれてできなかったことをやって、青春を楽しんでいる後輩くん。



「ねえ、見てよ」



 すくなくとも一年前の四月に会ったときには、彼は不器用でも私の言うことに驚き続けてくれました。

 こなれていなくて、ぎこちなく。でもだからこそ、通じた瞬間がかぎりなく尊いものでした。



「ね、だから、こっちをさ」



 でも、彼は、不器用どころかほんとは器用で。

 ひととも、交流ができるほうのひとでした。



「……見て」



 ああ。――そのときの私には、まだうまく言えなかったのです。

 わかっていなかったのです。



「こっちを、見て」




 こちらを見てほしかったんです。




「私を、ちゃんと、見てよ」




 ほかにも後輩はたくさんいるのに、彼の呼び名だけを変えたこと。

 演劇部でもクラスでも呼ばれていない、下の名前を呼ぶ、ってことって。


 ほかのところばかりでなく、最初からきみを見出していた私にもちゃんと視線を向けてよ、向け続けてよ――って。

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