外伝 望まぬ新人冒険者【後編】

 薬草の高騰でようやく自分の時代が来たと、ほくそ笑みながら穴場の群生地で薬草狩りを続けている。


 薬草採集は初心者冒険者の仕事になりがちだ。地味な作業なので、ある程度山に慣れれば、パーティを組んで魔獣狩りや警護依頼を選ぶ冒険者が多くなる。しかし、この薬草バブルに乗っからない冒険者はまず居ない。


 楽して大金を稼げるなら、それに越したことはない――冒険者稼業とはそんなものだ。中級以下の冒険者は、掲示板に張り出された依頼書と見比べ、薬草採取に勤しんでいた。


 近場にある野草の群生地は、あらかた荒らされていた。いつもなら藪漕ぎしなければ行けない場所にも、踏み固めた道が出来るほど冒険者たちは集まっていた。俺はそんな道をこっそりと外れ、秘密の群生地で狩りを続け、一人勝ちを続けていた。しかし、数カ所の穴場を回している間に、一つの場所が既に荒らされていた……。


 薬草の根ごと引っこ抜くなんて、基本の採取方法も知らないド素人かよ……と、ぶつぶつ呟きながら次の穴場に向かった。そこで俺は信じられないものを目撃してしまう。


 ジェットンがパーティを組んで、薬草を乱獲していた――


「仲間に教えるのは、百歩譲ろう……しかし、この採取方法は頂けないな!」


 俺は彼の元に駆け寄り、声を荒げて詰め寄った。


「そんなの早い者勝ちだろう! 早く薬草を狩らないと、他のパーティに薬草が摘み取られる可能性を考えたら、スピード重視で集めて何が悪いて言うんだ。出遅れたからといって、難癖つけるなよ!」


 いけしゃあしゃあと反論してきた。


「一月待てば、もう一度薬草を集めることが出来る!!」


 まだ摘み取られていない群生地を指差し、怒りを露わあらわにする。


「ははっ! それが俺じゃなくて、おっちゃんだった場合どうすんの? 一月無駄に待つって事だよね」


 ジェットンの言い分は分からないでもないが、彼らが薬草をかき集めている場所は、もともと俺が教えた穴場だ……。普通の冒険者なら、義理ぐらいは守って当然の案件だった。


「ジェットン……何、おっさんに絡まれているのよ」


 若い女冒険者が、俺に詰め寄ってくる。


「アハハ……薬草狩りのオヤジじゃん。難癖付けてくるなんて、流石、底辺の冒険者を、恥ずかしげもなく何年も続けていける訳ね」


 そう言って、俺を嘲笑する。俺はギルドの冒険者たちと、それなりに良い関係を構築していた。しかし、年齢のせいもあり若い冒険者たちとの接点は少なかった。彼らから見れば、俺は変わった武器を持つ薬草狩りのおっさんに過ぎなかった。


 俺は大きな溜息を一息ついて、この穴場の薬草を丁寧に狩り始めた。ジェットンに教えた、幾つかの群生地は、彼らに荒らされるのは覚悟して、嫌な仕事を続けようと決めた。


 ジェットンが所属するパーティを横目に、黙々と薬草を狩り続ける――


「おいおいこれだけ採れちゃうと、ソリに乗せるのも大変だ」


 彼らはこれ見よがしに、薬草の詰まった袋を俺に見せ付ける。根から引き抜き、多勢で薬草を集めたのに対し、丁寧に薬草を狩った俺の袋と比べると雲泥の差があった……。


 秘密の群生地だからといって、多人数で薬草を集めればすぐに無くなる。俺は数日間、彼らとの短い戦いを終え、まだ残っている穴場に仕事場を移すことにした――


「流石ですね……これだけ薬草を集めて下さるのはあんたぐらいだよ! 薬草摘みのエキスパートだね」


 換金所のギルド職員が俺を労う。ぞれを横目でジェットンたちは、袋に半分にも満たない薬草を換金していた。それでも今の薬草の換金レートだと、彼らにとってもかなりの儲けになっている。だからといって、当たり前のように大量の薬草を、換金していた時の金額に比べれば、残念な結果だと錯覚してしまう。しかも、俺が収穫した薬草の量と比べてしまうと、言わずもがなである。


    *      *     *


 藪漕ぎしながら三時間ほど山の奥に潜っていく。後ろからこっそりと、ジェットンがついてきているのが分かった。最初は巻いてやろうと思ったが、彼一人だったのでそのまま知らない振りを続ける。もう一時間ほど移動して、ようやく目的地に到着した。


 一息つき薬草を狩り始めたが、そのときにはもうジェットンの姿はどこにも居なかった。俺はのんびりと薬草を狩り続け、日が傾くと安全な場所に拠点を移し一夜を明かした。


 目覚めると、まだ日は登っておらず、薄暗い中テントをたたみ、薬草の群生地に移動する。辺りを見回すと、まだ二三日では刈り取れないほど、薬草が残っている。俺は昼前に薬草狩りを終え、群生地を後にした。帰路の途中、ジェットンのパーティとすれ違う。


会いましたね、せ・ん・ぱ・い」


 彼らはニヤニヤ笑いながら俺に声を掛けてきた。


「なっ!! なんで……」


 俺はわざと悔しい顔をしながら、それ以上何も言わずにすれ違う。背中越しに「ザマーねえな」など、俺を嘲笑する声が聞こえてきた……。


            *      *     *


 薬草バブルも落ち着き、換金所で薬草を査定して貰う。


「薬草の買い取り金額がかなり下がっていますが、問題ないでしょうか?」


 マリーサさんが、テキパキと薬草を仕分けしながら話しかけてくる。


「問題ない……今日は臨時収入もあったからな」


 そう言って、俺は懐からギルドのネームプレートを差し出した。彼女はそれを見て一瞬、ギョッとした顔付きをし、ネームプレートを確認する。


「ココチカ、アイシャ、マコチ、ガラル、ジェットン……このお名前に心当たりはありますか?」


「ジェットンだけな……短い付き合いだったようだ……」


 俺は彼女の前で、汐らしい態度を作り、答えた。


「いつも通り、プレートを拾った場所と現場の状態を教えて下さい」


 マリーサさんはその言葉を審議するかのように、俺の目の奥底をじっと覗いてきた。


 もちろん、穴場を去る直前に、魔物が集まる細工イタズラを仕掛けたことは、つゆほど疑われないように、しれっと説明した。いつもと同じように、プレートの対応を済ませ、換金を終えた。


「臨時ボーナスが手に入ったので、旨い酒でも飲みに行くか?」


 銀貨の詰まった財布をジャラリと鳴らし、彼女を誘った。


「そんなお金で、飲みたくありません!」


 そう言って、マリーサさんにきっぱりと断られる。それを聞いていた冒険者たちは、テーブルを叩いて爆笑するのであった……。


「おめーらも、プレートになったら、俺が見付けてやるから安心しろ」


 俺は白い歯を見せ、彼らに対してうそぶいて見せた……




※ 時系列的に言えば、黒マリーサが登場する前の話です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る