外伝 茶の道

 レイラたちと夕飯を食べていると、玄関から呼び鈴がガラガラリンと鳴り響く。この呼び鈴の鳴り方で、誰が訪れたのかが分かった。俺は手に持ったスプーンを下に置き、玄関まで足を運ぶ。


「間に合ってます! お帰り下さい」


 扉を開けずにそれだけを、招かざる客に伝えた。すると今度は呼び鈴を使わず、扉を強く叩かれる。仕方がないので扉を開くと――


「どうして直ぐに開けないのよ!!」


 そう言って、クリオネがダムダムと足を踏みならす。


「そう、がなるな……まだ夕食の最中なんだ」


 クリオネは気にも止めずに右から左に聞き流し、俺の横をすり抜けて台所に走っていく。いつものことなので、俺は小さく溜息をつき、テーブルに戻る。


「クリオネは、いつも平常運転ですね」


 テレサの言葉に、レイラとルリが爆笑した。しばらくすると、クリオネが湯の入ったポットと、小脇に何かを抱えて持ってきた。


「ジャジャーン、これは何でしょうか?」


 食卓の上に好き勝手に、その何でしょうかを並び始める。まだ食事中なんですが……などと言おうものなら、不機嫌になるのは見えているので、興味のある振りをしてあげる。


「うわ~、なんだかわからない。ドキドキしちゃうわ」


 結局、俺は彼女を不機嫌にさせた……。


 クリオネは茶器に乾燥した茶葉を入れ、四人分のコップに茶を注ぎだした。そしてドヤ顔で俺たちに差し出した。


「飲んでみて頂戴」


 まず最初に反応したのは、テレサであった。


「ほほーう。これはなんてまろやかな味なんだ」


「美味しい」


 ルリもコクリと頷く。


「酒の方が、何倍も旨いけどな」


 レイラはケラケラと笑う。


「ふー、茶葉を焙じているのか」


 俺は彼女に差し出されたお茶を飲み干し、木製のカップを置いた。


「あんたはどうして私が説明する前に、この革命が分かっちゃうのかしら。でもそれだけではこの美味しさは再現されません! 干した茶葉を途中で加熱することで、発酵を止め、この茶葉が完成したの。もちろん私が考案したんだけどね」


「凄いな……まさかこの味に出合えるとは思わなかった」


「なに知ったかしてるのよ」


「いやいや素直にクリオネが、料理の天才だと褒めてるんだ」


 彼女の頬がほんのりと赤く染まる。


 この世界において、お茶自体が高級な飲み物である。ルリやレイラが高給取りなのと、テレサは王国で働いているので、食卓では当たり前のようにお茶を飲んでいた。


 俺は椅子から立ち上がり、冷蔵庫かから幾つか食材を持ってくる。四人は不思議そうな顔で俺を見つめる。彼女たちの飲みかけのカップに砂糖と、柑橘系の果物を搾って入れる。


「おっちゃんねえ……なに馬鹿なことをしているの」


 クリオネは目を細めて、指先でテーブルをトントンと叩く。


「まあ、そう言わずに飲んでみな」


「旨っ!!」


 真っ先にレイラが反応した、


「果物の匂いが鼻孔をくすぐり、美味しいですね」


「うんうん」


 雛鳥三人は、驚きの顔を作る。


「なっ!? なによ、この味わいは……」


 クリオネは、手に持ったカップをガタガタと震わせる。


 俺はなんちゃってレモンティの中に、氷を浮かべ四人に飲ませる。


「「「「美味しい」」」」


「これって、普通の茶葉でも出来ちゃうんじゃないの」


「ああ、ただだから、これだけ美味くなったんだよ。他の果物を使っても、結構美味しくなるぞ」


 クリオネの顔が、茹で蛸のように真っ赤に変わる。


「こんな飲み方もあるぜ」


 俺は茶の中に、ミルクを注いだ。


「ふわ! これも美味いな」


 レイラが感嘆な声を上げる。


「上品な味です」


 テレサは目を瞑り、ほふっと声を出す。


 ルリは刻々と頷き、クリオネは何も言わずにそれを飲み干した。


「用事を思い出したわ」


 彼女は満面な笑みを浮かべて、我が家から去っていく。


 数ヶ月後、クリオネから生まれたこのお茶は、ローランツ王国を席巻することになる――


 もちろん俺の作ったお茶の精度を、何倍も上げてと書き記す。

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