外伝 腐れ縁
ギルドの掲示板を吟味していると、後ろから嫌な声が聞こえてくる。
「よっ! 相棒、美味しい依頼書は見つかったのか」
オットウが、下品な笑い声を上げながら俺に声を掛けてきた。
「より取り見取りなんで、選ぶのに苦労するわ」
そう返事を返してやる。
「それは上々。今夜、歓楽街で飲みに行かないか」
「了解したが、時間は守れよ」
「ギルドの酒場で相棒が酔いつぶれるまでには、帰ってくるさ」
オットウ自身が遅れてくることを前提に、答えたので少しイラッとくる。俺は掲示板に張ってある一枚の依頼書を引きちぎり、何も言わずに窓口に並んだ。朝一だったが、掲示板を更新する日だったので、かなり長い列が出来ている。俺はぼーと列の後ろにつきながら、オットウといつ出会ったのか思い返していた―――――
―――――「よっ!ルーキー」
背中越しに見知らぬ冒険者が、俺に声を掛けてきた。その男は自分と同年代に見えたが、肌の艶や声からして、もう少し若いかもしれないと感じた。
「ルーキーに何のようだ? ベテランさんよ」
「ベテランはまちげえないが、オットウと呼んでくれ」
そう言いつつ、彼は笑顔で右手を差し出す。
「ああ、俺は静岡音茶だ。ルーキーよりおっちゃんのほうがしっくりくる」
俺はオットウが差し出してきた右手を、強く握り返す。
「ギルドの仲間が一緒に飲もうと、お前さんを誘ってくれと頼まれたのよ」
「誘ってくれるのは嬉しいが、酒のつまみになるつもりはない」
そう言って、くるりと
「おい! ちょっと待ってくれ」
オットウという男が、必死で呼び止めてくる。
「返事は返したが、まだ何か言い残したことがあるのか」
「相棒! そんなにつっけんどんな態度を取るなよ。俺のお薦めの店を紹介してやるので、二人で飲みに行こうぜ」
「仲間をほっぽり出して良いのか?」
俺が探るような視線を、オットウに向けた。
「問題ない、俺が居なくても奴らは楽しく飲んでいるだろうよ」
「高い店でなければ、付き合わせて貰うわ」
この世界で通じるかは分からなかったが、右目を軽く閉じ彼に向けてウインクを飛ばした。
「安くて美味い料理だと、太鼓判を押させて貰う」
俺はオットウの誘いに乗って、ギルドの裏通りにある歓楽街に消えていく……。
* * *
「く~~~旨ぇええ~」
俺は木製のジョッキを左手に持ち、右手で持った串焼き肉をがっついて食べていた。
「それぐらい旨そうに食べてくれると、この店を紹介したかいがあるっていうもんだ」
オットウも同じように、串焼き肉をかじりながら嬉しそうに話す。
「底辺から抜け出したくて、薬草狩りに命をかけてるのよ……。先日、小鬼に釜をほられて、魔の森の肥やしになるとこだったぞ」
「わははは、新人は小鬼に簡単に殺されるからな! ただおっちゃんは薬草積みを中心に、堅い仕事を選んでいると思うぞ」
「そう言ってくれると嬉しいが、ただパーティを組む仲間がいないから仕事が限られるともいう」
俺は自虐ネタをほうりこむ。
「確かにその年では、若い初心者冒険者と組むのは難しいか」
「一応、掲示板にメンバー募集はしてるんだけどよ」
俺はジョッキを片手に、ゲラゲラと笑う。
「まじかよ! 金をどぶに捨ててるのかよ!!」
俺とオットウは馬鹿話を続ける。こちらの世界に来てから、久しぶりに楽しい酒を飲むことが出来た。お互いに酔いながら、酒場を後にする。
「飲み足らないので、もう一軒どうだ?」
「お付き合いしましょう」
俺は二つ返事で答えた。
二時間後――
「おいこら! この値段はぼりすぎだ!」
会計でオットウと店の店員が言い争っている。どうやら俺たちは、ぼったくりにあっているらしいと、二人の会話から推測出来た。俺はわざとオットウに酔った振りをしてぶつかる。
「相棒、大丈夫か……つまらん店に捕まっちまったみたいだ」
オットウが俺を介抱する振りをして、耳元で囁く。
「で、どうするんだ、このままごね続けて料金を減らすか」
俺はいかにも困ったと言った表情でオットウを見る。
「このままでは、後ろの部屋から腕っ節のある馬鹿がくるから、俺の合図で右の店員は、お前に任せたぜ」
言うが早いが、俺を抱き起こす振りをして、オットウは左の店員を殴り飛ばした。もちろん俺も、右にいる店員の脇腹に拳をねじ込む。完全に意表を突かれた攻撃を受け、店員は尻餅をついた。その彼の股間に追撃を加え、言葉にならない呻き声を背に、俺たちは店から飛び出した。
『『うげーーーっ』』二人して繁華街を無事に抜け出し、道の横で肥料を蒔くことになった……。
「二件目も、お勧めの店ではなかったのかよ!」
俺が呆れた声を出した。
「おっぱいが、お勧めだっただろう」
オットウが悪びれる風もなく答える。
「ちんけな客引きに捕まったのか……とんだベテラン冒険者様だな」
やれやれといった調子で、肩をすくめてみせた。
「ちげえねえ!」
そう言って、俺たち二人は顔を見合わせ大声で笑い合い、その場で別れた。
後日、仕事帰りに一人で歓楽街に出かけると、ぼったくりの店を横切った。すると店の雰囲気がかなり違っている様な気がした。そこで俺は近くにいた客引きに尋ねる。
「ここにあった店の印象がかなり違うんだが、何か知っているか?」
「ははは、お客さんも捕まった口ですか。先日この店は、ぼったくりをしているということで、処分されてしまいましたね」
「それは上々だな」
そう言って、にこやかに笑う。
「おれっちの紹介する店は、低額料金で美人揃いですぜ」
もみ手をしながら、ぼったくり店を勧める。
「悪いが友人が店で待っているので、今度、寄らせて貰うさ」
俺は客引きを軽くあしらって歩き出す。
ぼったくり店が潰れた原因を作ったのが、オットウだと何故だか確信し、決めかねていた飲み屋を、一つに絞ることが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます