第185話 王女と夢の国

 私たちはターニャ王女の専用馬車に乗って、街を案内して貰うことになった。馬車の窓から、宮殿の全体像を見て驚きを隠せなかった。白いレンガで覆われた城壁の、壮大な建物が目に飛び込んできた。高さは地上から、五十メートルを優に超えている。天井は青く塗られて細く尖っており、その美しさもさることながら、素人の目から見ても建築技術の高さが分かる。しかも青と白の色彩のコントラストは、芸術品だと言わざる終えないほど美しかった。


 それと比べると自国の城が、なんともみすぼらしいものだと恥ずかしくなる。しかもレンガ地の石畳で敷き詰められ道の、両端の建物にさえ我が城は負けていた。


「何を珍しそうに眺めておるのじゃ」


 と、ターニャに聞かれて


「いつもと違う風景を楽しんでおりました」


 そう言うしかなかった。おっちゃんからはラミアに会うとは聞いてはいたが、それは上半身が人間で裸の蛇が、小さな村を作っていると思っていた自分を恥じた。けれども沢山の馬車が行き交うのに、圧倒されながら美しい町並みを楽しんでいる自分もいた。


「俺も初めてこの国を訪れたときは、こんな感じだったよ」


 おっちゃんは、私の心を見透かしたかのように話し掛けてくる。


「言葉になりませんわ……」


 ほーっと、溜息を一つ付いた。


「ドワーフ国、エルフ皇国なんかは、これ以上の街かもしれない」


 それを聞いて、私は開いた口が塞がらなかった。このような国を束ねている魔王に、これから会に行くと思うと恐ろしくなった。


 私たちが乗った馬車は、沢山のラミア人が行き来している、商店街の前に横付けされた。 


 私たちは、従者に守られながら街を散策する。


「服屋はちょっと特殊なので、まずは下着の店を紹介してあげれば喜ぶぞ」


「そうじゃの、下半身に二本の足がついておるから、服だとバランスが悪かろう」


 おっちゃんとターニャの会話に聞き耳を立てていた。


 その店は、こぢんまりとしているけれど、街の雰囲気にぴったりと溶け込んだ店であった。扉をくぐると、色とりどりの下着が所狭しと並べてある。店の女性店員が私たちに恭しく挨拶をしてきた。


「姫様、今日はどのようなものをお探しでしょうか?」


「彼女に見合う下着を見繕ってくれ」


「はい畏まりました、失礼しますね」


 店員は私を後ろから抱きかかえ、胸を揉まれた。


「ひやい!!」


 突然の恥辱に、真っ赤な顔で下を俯く……。


「そんな声を出すのではない、店員が驚いておるぞ」


 ターニャはクスッと笑った。私は店員に胸を揉みくちゃにされ、辱めを受けた。これは私に対しての虐めでは無かろうかと思ったが違った。


「これなどはどうでしょうか。貴方様にはこの胸当てがよく似合いそうですね」


 そう言って、幾つかの品を私に手渡した。


「……」


 私はそれが何か分からず押し黙る。


「なんじゃ、子供でもないのに、これを付けたことはないのか」


 私は店員に奥の部屋に通され、胸当てのレクチャーを受けた。


 正直、この胸当という下着に目が釘付けになった。バストアップはもちろん、その付け心地は目を見張るものがあった。そのなかでも一番驚かされたことは、胸の型崩れを防ぐための下着だと教えられたことだ。確かに私より年上の女性の胸は、垂れてきているのは老化だとは思ってはいた。しかしこの下着の効果でそれが守られるなんて、正直革命だと確信できた。

 

 その頃おっちゃんは、乳袋を頭に当て、猫~~と言って、ターニャに電撃を浴びせさられていた――


「こんなに沢山の胸当てを、買って下さってありがとうございます」


「ああ構わんよ! おっちゃんにつけといたから」


 そう言って、彼女はころころと可愛く笑った。


 大通りを歩くと、大きな透明のガラス張りで仕切られたケースの中に、服や貴金属や食べ物が並べられている店が沢山ある。このようなガラスを当たり前のように使う、彼らの工業力はいかほどのものなか……我が国との国力差を痛感した。そんな中、ターニャが一軒の宝飾店に入っていく。


 その店が使っている宝石の質は、我が国とはあまり代わり映えはしないと感じた。されど宝石を飾るデザインの斬新さ、宝石のカットの入れ方は、どれも我が国の高級宝飾店を凌駕していた。


「これなぞ可愛いのではないか」


 彼女は次々と私の首に、ネックレスをあてがってくる。普段の私ならほとんど食指が動かないのだが、この店の宝飾品に関してはどれもが目移りして困ってしまう。ターニャと二人で、宝石を付け合い時間が過ぎるのを忘れた。


「ターニャ様、そろそろ帰りませんと夕食に間に合いません」


 お付きが彼女の耳元で、小さく囁いた。


 私は綺麗に箱詰めされた、数々の装飾品をおっちゃんに預け、気をよくしてお城に戻ることになった。


「ターニャ様、今日は本当に夢のような楽しい一日でした。心よりお礼申し上げます」


 夢のような時間をくれたターニャに対して、心から感謝の言葉を伝える。


「構わん、構わん。だが楽しみはこの後じゃがな」


 彼女はそう言って、横目でちらりとおっちゃんを見つめた。


 何故か、おっちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をしていた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る