第179話 亡国の姫君【其の二十二】

「どこかで殺されるのだから、その刀で私を殺してよ! 私が今更助かったところで、なんの価値も無いのだから! おっちゃんがしたことは、只の義善で、このまま殺されていた方が、幸せに死ぬことが出来たのに……」


 スカーレットの、怒号とも咆哮ほうこうともとれる声が森中に広がった。


「うひゃひゃひゃ、その通りだぜ、トカゲの姫様。俺たちに殺されていれば、こんなに悲しむことは無かったのによ」


 コージーは、口を大きく開けてあざ笑う。


「なっ……コージーの奴、なんてことを言いやがるんだ」


 俺はコージーの悪意を剥き出しにした発言に、顔をしかめる。そんな言葉を打ち消すかのように、テレサが声を上げた。


「あなたは、今まで苦労や努力を知らずに生きてきたから、そういうことが言えるのだな。命に執着するのが正しいとは思わない。しかし、リザードマン国のトップとして、何もかも投げ捨て死ぬことなど、許されるはずはないだろう。これまで国民に生かされてきて、その国民が窮地に落ちいったときこそ、王家たらんと思わないのか? 王族の誇りを忘れるな」


 テレサの言葉の重みは、スカーレットの心に、大きな負荷を掛けた。


「そ、それは……だからといって、いまの私は何も出来やしないの! 国の象徴! そんなの誰も求めてはいないわ……力の無いリザードマンは、ただのトカゲよ!!」


 髪の毛を振り乱し、声を荒げる。


「ふふ、スカーレットの奴、上手いこと言いやがる」


 レイラは冷ややかな目で、事の成り行きをみつめる。


「スカーレット詰んだ」


 ルリがぼそぼそと、怖いことを言う。


「うひゃひゃひゃひゃ。おっちゃんよ! 姫様は殺してくれと懇願しているぜ! 今なら無料でこの殺しを引き受けてやるが、ど・う・し・ま・す・か」


 コージーは俺を煽った。


「ははは、死にたいなら俺の手で殺してやるよ。なにそんなにガタガタ震えて、レイラにしがみついているんだ。笑っちまうよ」


 俺は革ジャンの奥に手をいれ、ナイフを――


「じゃあ、死ね」


 スカーレットは、ぎゅっと目を瞑り、死を覚悟する――


 痛みは無かった。しかし辺りは、目映まばゆい光に包まれ何も見えない。ああ……私はこのまま死んでいく。しかし目映い、この光は何も導いてはくれなかった。ただ目の前が眩しいだけだと、彼女は思った。


 光の根源は、おっちゃんの手のひらから出ていた。それは……


 拳大の龍石ドラゴンストーンだった――


 おっちゃんはその石をスカーレットに握らせた。


「これは……龍石よね」


「あげるんじゃないぞ、無期限でスカーレットに貸してやる。リザードマンは、『力こそ正義、そして財こそ力』だよな。たった今、いまお前は二つの力を手に入れた」


「お、おっちゃん……」


「龍石だと!? そんな巨大な龍石を人間がどうして手に入れた!! ドラゴニア王国でさえこれほどの石は、数個しか持っていないだろう」


「簡単なことだ、俺がドラゴニア王国の竜王から、直接もらい受けたのよ」


「そんなことなど、信じられるはずはない」


「そうかな、俺は竜王の子供むすめ、ソラの親だから持っていて当然だと思わないか?」


「なっ……竜王の子供が生まれたのは事実だ。まっ、まさか……御子が人間に育てられたと、噂で聞いたことがあるが、それは事実だったのか!?」


「何度も言わせるな、竜王の娘は、俺とレイラの子供でもある」


「理解出来たら、さっさとスカーレットを連れて、とっとと帰れ! これ以上のただ働きはもう沢山だ!!」 


「スカーレットも早く馬車に乗って帰れ」


「私を助けてくれたの……」


「その力を使ってどう生き残るかまではしらん。この石をいつか返してくれるだけで良い」


「「「おっちゃんさあ……」」」


 三人の雛鳥たちは、クスクスと笑い合った。


「それなら、この指輪を預かって下さい。もし私が返しに来なければ、自由にしてくれて結構です」


 彼女は指から、大きな宝石のついた指輪を抜き取り、俺に差し出す。


「そんなのいらんよ」


「これは私の母に貰った大切ものだけど、龍石に値しない物よね」


 スカーレットは、しゅんとなって黙りこんだ。


「そうじゃない。こんな簡単に換金出来る指輪を預かれば、明日から酒にすり変わっちまうよ」


「その通りだスカーレット、おっちゃんを信じるなんて馬鹿げているぞ」


 テレサが頷いた。


 いつの間にか場の空気が穏やかになり、鳥の囀りが聞こえてくる。さっきまで周囲に血が流れていたとなど、微塵も感じられなかった。その時、俺たちの前の茂みが大きく揺れ動いた。


「お前だぢ、姫様に何をずる!!」


 茂みの中から、血だらけのリザードマンが、大剣を振り上げ現れた。


「どうして死んでいないんだ……」


 コージーたちは表情を凍りつかせ、ゴクリと息を飲む……。


「グ、グルガム!? ――止めなさい、この人たちは、我らの敵ではありません」


 彼女の声がグルガムに届く。


「はひー、姫様。いぎでいでよがった……」


 グルガムは、そうい言うと地面に崩れ落ちた。背中には何本もの矢が刺さっており、血がドクドクと流れ落ちている。


「グルガム!!!!!」


 スカーレットは慌てて、彼の元に駆け寄っていく。


 俺は気を失いかけているグルガムに、虎の子の高級ポーションを飲ませた。


「ルリ! お前のクスリも貸してやってくれ」


「うん」


 ルリは俺に向かって、ポーションの瓶をひょいと投げた。


「これで助かるか分からないが、まず大丈夫だろう……すでに血が止まりかけているし、リザードマンのしぶとさは身をもって体験したからな」


 俺はそう言って、うそぶいた。


「コージー、この尻ぬぐいは自分でしてくれよ」


「ああ、おまえら、早く包帯とクスリを持ってこい」


 ドワーフが慌てて、医療器具を取りに走る。


 リザードマンの背中から矢を抜きながら、治療する姿をぼんやりと眺めている。ドワーフたちがテキパキと、包帯を巻いてグルガムの治療を終えた。


「流石、姫様を守るリザードマンだな。もう立って普通に歩いていやがる」


 グルガムがゆっくりと、俺の前に近づいてくる。


「俺の名はグルガムだ。助けてくれた事に心から礼を言うぞ」


 大きな身体を小さくし、頭を地面にすり付けてお礼を言う。


「静岡音茶だ、おっちゃんで名が通っている。この貸しは、いつか返して貰うから忘れるなよ」


「しかとうけたまわった。この恩はしっかりと心に刻みつけておく」


 うわー重い…。俺はそんなつもりで言ったのではないが、空気を読んで頷いた。


「じゃあ、俺たちは帰るとするか」


「またな、スカーレット」


 レイラが笑顔で、彼女に手を振った。


「おっちゃん……ありがとうございました。この経験は一生忘れません。いつか会う日には、(いい女になって)私に惚れさせてみせますわ」


 俺は彼女の言葉を、背中で聞きながら


「期待して待っている! それともし――」


 「――夢が破れたときは、我が家に帰ってきてもいいぞ」と、続きの言葉を飲み込み、右手を軽く挙げ、彼女たちと別れた。


「レイラよ、依頼料の独り占めは良くないと思うぞ」


 テレサは目を細め、彼女を睨みつけている。


「テレサはおっちゃんの剣だから、金の無心なんてするなよ」


「私の分け前は?」


 小さな手のひらを、ちょこんとレイラに向けた。


「ルリはしこたま金を持っているだろう。オレの貯金はゼロなんだぞ」


「それは引く」


 雛鳥二人がレイラに詰め寄っていく。


「もー分かった。冒険者御用達の高級料理店で、飯を奢ってやるから!! それ以上、ごちゃごちゃ言うな」


 レイラのお腹から『ググッ』という音が鳴った。


「レイラ臭いぞ!!」


「レイラさん目がしみて、臭いですよ」


「はしたない」


「こ、これはおならじゃない、腹の音だ!!」


 彼女は、耳の先まで真っ赤にさせて否定した――

 

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