第178話 亡国の姫君【其の二十一】

 俺たちは、居間でまんじりともせず、来客が来るのを静かに待つ。俺が若ければ、屁でもこいて、この場を和ますのだが――おっちゃんがしようものなら、彼女たちは一生口を聞いてくれないだろう。


 そんな一種異様で、緊迫した空気に飲まれそうになったとき『ブブッ』という音が鳴った。


「わりー、おならが出ちゃったよ」


 下をぺろっと出してレイラが笑った。


「おい! ふざけて良い場面ではないぞ」


 テレサがジト目で彼女を睨みつけた。


「ははは、緊張しすぎも良くないよな」


 俺は大声で笑い声を上げ、レイラの男っ振りに惚れ直した。


 玄関の呼び鈴が鳴った――


 いつもなら、来訪者の確認などしないで、いきなり扉を開いていた。しかし何も考えず扉を開けて、ばっさり切られるのは面白くない。


「どちら様でしょうか?」


 俺は無愛想な声で、扉を開かずに尋ねた。


「スカーレット王女を迎えに来たものだ」


 扉の外から返事が返ってくる。


「名前を言ってくれるか」


「慎重すぎるぜおっちゃんよ! コージーだ、安心して扉を開けてくれ」


 聞き慣れた声に安堵し、ゆっくりと玄関の扉を開いた。玄関先には、コージーの他に二人のドワーフが立っていた。


「久しぶりだな、元気していたか」


 コージーがなれなれしく、俺の肩を叩いてくる。


「何とか無事に、この日を迎えることが出来たよ。ここで立ち話もなんだから、靴を脱いで部屋に上がってくれ」


 彼らを招き入れることにした。


 食卓のテーブルに一同に会して、俺はお茶を出した。コージーがまず最初に喋り出した。


「難しい問題が、全て片づきました。詳しいことは、馬車の中でお話しさせて頂きます。長い間、スカーレット様にはご不自由をおかけさせてしまい、申し訳ありません」


 ドワーフ三人が、スカーレットに頭を深々と下げた。


「分かりました。お礼の言葉は、キャゼルヌ女王に会った時、改めてさせてもらいますわ」


 リザードマンの王女らしく、しずしずとしたもの腰で対応した。


「了解しました」


「コージー様、グルガムが迎えに来ていないのは、何故なのかしら」


「拠点で獣馬を守って、待機して貰っています」


「そうですか……


 は、誰にも聞こえないぐらい小さな声で、彼女は呟いた。


 暫くの間、スカーレットとコージーの会話が続き、ようやくその場が落ち着いた。


「これが依頼料だ、受け取ってくれ」


 コージーが金貨の詰まった袋を、テーブルに置いた。俺は眉をひそめながら受け取る。


「一月前に、スカーレットを狙って五人のドワーフと、一人のリザードマンから襲撃を受けたぞ! これで依頼料の半金が無くなっちまった。女王に追加料金を求めたいが、ちゃんと契約をしていないのでこの件に関しては、もう触れる気はないが伝えてくれ! お前たちの情報が筒抜けで、彼女を連れて無事に帰りつけるのか?」


「それは申し訳なかった。俺たちの中に裏切り者は居ないはずだが、本国には政敵が腐るほどいやがるからな……忠告を感謝する」


 言葉とは裏腹に、軽薄な態度でコージーが答えた。


「では、これで俺たちは帰らせて貰う」


 そう言って椅子から立ち上がる。俺は彼らと玄関先で出会った時から、記憶の奥底で何かが引っかかる物があり、その正体を考えあぐねていた。


 帰り際、スカーレットは三人の雛鳥たちと別れの挨拶をしていた。もちろん俺は完全に蚊帳の外むしである。


 玄関先で彼らと別れ、気持ちも楽になったので、お茶を入れ直し茶菓子を用意した。


「おっちゃん……スカーレットは殺されるぞ」


 レイラがお茶を啜りながら、ぼそりと話す。


「どうしてそんなことが言えるんだ?」


「冒険者の勘だな……だが奴らからは血の臭いがした……」


 俺はレイラの言葉を聞き、その正体が分かった。


「思い出した! あの生臭さは、リザードマンの血の臭いだ! スカーレットの従者が来られなかったのは、不自然すぎだと思ったが、何かあったに違いない」


「おい、それでは彼女は本当に危ないのではないか」


 テレサが驚いた顔で、レイラに目を向ける。


「俺の仕事は完了した。これ以上この件に関わっても、碌なことにはならんよ」


 俺は目の前の茶菓子を一気に口に放り込み、バリバリとかみ砕く。


「友達価格で、金貨三十枚だ」


 レイラが俺を見ながら、にっと笑った。


「――――っ。スカーレットを助けてやってくれ、ドワーフは出来るだけ殺さない感じで頼む。もちろん彼女とレイラの命が最優先だ。彼らの拠点は、森の入り口近くにあるはずだ」


 俺は大きな大きな溜息をつき、金貨の詰まった袋を彼女の前に置いた。


「毎度あり」


「そうだ、ドワーフの武器で弓矢に似た新兵器がある。弦を引かなくても、弓が飛び出すから注意しろ! 二、三発、連射もあり得るので油断するなよ」


「了解した」


 そう言い残し、彼女は部屋を飛び出した。テレサとルリは、彼女の後ろを追いかけていく。もちろん俺も雛鳥たちと一緒に、家を後にはしたが、あっと言う間に彼女たちとの距離を離されていく……。


*      *      *


「危ねぇーーーー」


 俺はスカーレットを抱えて地面に転がった。地面には数本の矢が突き刺さる。


「助かったよ、おっちゃん!!」


 そう言って、ドワーフを蹴り倒した。


「戦いに夢中になって、本末転倒だ」


「なははは、最近ストレスのある仕事ばかりで、たまには身体を動かさないと鈍ってしまうよね」


 油断大敵と言いたいが、彼女の実力はもちろん、ルリ、テレサがこの争いに参加している時点で、ドワーフたちに勝ち目はなかった。俺は一方的にボコられる彼らを見ながら、を続けた。


「ど、どうしておっちゃんが私を助けに来たのよ」


 服についた泥を叩き落としながら、スカーレットは小刻みに身体を震えさせていた。


「まあ、取りあえず彼女たちの戦いが終わるまで傍観していろ」


 水戸の御老公の様な立場を味わい、彼女の質問には答えようとはしなかった。


「雛鳥たちや、この辺で勘弁してやりなさい」


 コージーを筆頭に、六人のドワーフが目に青たんをつくり、地面に転がっていた。俺は拠点からロープを見付け、彼らを縛っていく。彼らの衣服はぼろぼろになっており、目も当てられないほどの怪我をしていた。


ててててて」


 コージーが目を覚ます。


「ひでーことしやがるぜ」


 憎々しげに言葉を吐き捨て、俺をじろりと睨みつけた。


「身体が半分にならなかっただけ、儲けもんだ」


「ちげえーねぇ」


 彼はそう言って、苦笑いをした。


「コージーさんよ、悪いが全部話してくれないか」


「そんなことを俺がするとでも思っているのか! 悪党にも悪党なりの仁義があるものよ」


「分かった……残念だが、お前とはここでお別れだ」


 そう言って、頭の上から薙刀を振り落とそうと身構える。


「ちょー、ちょっと待ってくれ、何でも話すから、なあ俺とおっちゃんの仲だろう」


 先ほど言った仁義とはなんだとつっこもうとしたが、不毛なので止めにした。とりあえず、ドワーフを一人一人離して、コージーから話を聞くことにした。


「この二月でリザードマン国は隣国に併合され、イグザス軍は完全に崩壊した。国王、その他の重鎮たちも、生きては居ないという確実な報告を受け取っている」


「なっ……」


 スカーレットはそれを聞いて、膝から崩れ落ちた。


「それで、この姫様の価値が殆ど無くなった。だから彼女の身柄を、隣国に渡そうと話をしたが、彼女を殺しても隣国に益はないそうなので、そちらで処分するようにと頼まれたのよ。女王としては今後の付き合いは隣国になるので、二つ返事で俺をお使いに行かせたわけだ。で、この有様だな……」


「お父様が死ぬなんて、信じられません!!」


「王女さんがどう思っても構わないが、イグザス王が殺された事は間違いないし、貴方の生きる道は閉ざされたんだよ」


「そ、そんな……」


 彼女の大きな目からは、涙が滝のように流れ出し、その声が森の中に何処までも響いていった。


「全くやりきれない話しだぜ」


 レイラは地面に唾を吐き捨て、彼女のもとに近づいて優しく抱きしめた。


 その後、何人かのドワーフにも尋問をしたが、同じような答えが返ってきたので、コージーが真実を語っているという裏付けがとれた。


「ほれ、ポーションだ」


 俺はドワーフたちに、安ポーション大盤振る舞いをした。


「悪いな……おっちゃん。命まで助けて貰った上で、怪我まで治療してくれるとはな」


 彼は嫌み混じりでお礼を言って、ポーションを飲んだ。


「命を救うとは、誰も言ってないんだが……」


 ぐにゃりと顔を崩して、薙刀をちらつかせた。


「ひぃいいい」


 コージーたちの顔は、青たんが消えたにも関わらず、真っ青になっていた。


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