第167話 亡国の姫君【其の十】

「私に仕事を回して貰えないかしら」


 我が家に戻るとスカーレットが突然、勤労意欲に目覚めた。


「何が欲しくて、お金が必要なのか知らないが、お菓子の払いなら警護代に入れてやるぞ。支払いは安心して二人でお菓子を買いな」


「それでは意味がないのです。自分の力でお菓子を買いたいのです」


 少しおずおずしながら、スカーレットは俺にこう言ってきた。


「良く分からんが……服をもう一着売れば十分生活費は出来るので、明日出かけるとするか」


「そ、そうではないの。私はレミと対等な立場でいたい……」


 スカーレットは心が波立つのを抑えて話す。


 (お金に良し悪しなんて無いんだが、このお年頃では説明しても無駄だろうな)暫く思案した後


「分かった、明日ギルドで仕事を用意してやるから安心しろ」


 そう言って、ドンと胸を一つ叩いた。


「おっちゃんさん、明日はよろしくお願いします」


 彼女は初めて俺に頭を下げ、名前を呼んでくれた。


*     *     *


 ギルドの横に併設されている酒場にスカーレットを連れていく。


「あそこに待たせている女性に、仕事を与えて欲しい」


 と、馴染みの店主に声を掛けた。


「おお! おっちゃんよ激マブな子じゃないか」


 店の親父は彼女を見るなり声を上げる。


「実は伯爵家の依頼で警護を任されているんだが、我が儘な女で……仕事がしたいと駄々をこねられたのよ。だから邪魔はさせないから、お昼の時間帯に、飲み食いした食器を運ぶという架空の仕事をやらせて貰えないか? 給金はもちろん俺から出すし、彼女の働いている時間は俺が飲み食いするので、店に損はないだろう」


「まーーな。人が少ない時間でも良いのではないか?」


「それでは流石に、茶番に気づかれてしまう。子連れの客と思ってくれれば、問題無しだろ」


「おっちゃんには、儲けさせて貰ってるので特別だぞ! それと皿を割ったり、邪魔になりすぎたらすぐに首にするからな」


「了解した」


 働くといっても週に一、二度の研修程度の仕事内容だが、彼女は酒場で働き出した。


 ギルドの酒場は、お昼にお客がどっと訪れることはあまりない。あぶく銭が入ったので夜まで飲み明かす、仕事からあぶれて安酒をあおる冒険者と、食堂も兼ねていますという程度の働きしかしていない。ギルドに用事がある冒険者が比較的増えるので、昼から店を開けていた。


 物語の新米給仕が、食器を割ったりとドジっ娘を演出するが、スカーレットは空になったグラスや皿を、テーブルから厨房にテキパキと運んでいた。噂好きの冒険者は、そんな彼女を見付けて、美人の給仕がお昼に働いているという話しをばらまいた。


 その情報を聞きつけた女好きの冒険者たちが、スカーレット見たさに、酒場に集まることになった。彼女が働く時間は短く、毎日来ることはないので、それが余計に冒険者達を引きつけてしまう。


 一人の青年が、沈痛な面持ちでスカーレットに近寄ってきた。


「お嬢さん、僕と付き合ってくれませんか」


 青年は彼女の言葉を待った。


「ごめんなさい。今は恋愛のことが考えられないの」


 十人目の告白者を撃沈させて、スカーレットを落とせるかという賭の倍率は、三十倍まで広がってしまった。彼女は王女であるので、男のあしらい方も品が良い。それがまた人気に拍車が掛かっていた。これ以外にも少し問題が出そうになった。彼女があまりにも可愛いものだから、チップが集まりすぎてしまうのだ。


「あの子、仕事をしていないのに何様なのかしら」


 他の給仕から、陰口が囁かれる……。


 そこで、チップは店の収入だと、俺がスカーレットに教えた。彼女は何の疑問も持たずに、貰ったチップを店のレジに納めた。酒場の親父から給仕の女の子たちに、そのチップが自分たちだけで分けることになると伝えると、一気に不満は収まる。スカーレットは店のとして、酒場の中で優しく扱われることになった。

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