第161話 亡国の姫君【其の四】
俺は王女と一緒に、勝手知ったる薄汚れた商店が立ち並ぶ裏通りを歩いている。王女は自分が何処かに売られるのではないかと訝しみ、浮浪者と擦れ違う度にビクビクしていた。そんな彼女を見ながら、この町並みを楽しそうに見物し、怪しげな商品を見ては目を輝かせて歩いていた、一人の少女の事を思い出した――。
「ここで王女様と呼んだら、人さらいに合っちまうから、取りあえず名前だけは教えてくれないか? 今更で悪いが俺の名は静岡音茶だ。おっちゃんで名が通っている」
「スカーレットと呼んで頂戴……」
(自分の中の)彼女のイメージと名前がぴったりと合致し、やけに素直な態度に笑いが溢れそうになるのを我慢した。
「これからお前は、この店で売られるんだ」
そう言って、この辺りでは場違いの、清楚な佇まいをした一軒の店を指差した。そんな悪質な冗談を真に受けた彼女は真っ青な顔になった。
「嘘に決まってるだろ!」
慌ててさっきの言葉を取り下げた。
「ぐぬぬ……死ね!」
今度は顔を真っ赤にしながら、俺に悪態をついた。まあ、この場合は完全に俺が悪いわけだが……。
店内に入るとハーブの匂いが漂い、珍しくチェルシーがレジ前に座っていた。
「よっ! 久しぶり」
「なんじゃ……せっかく顔を出していたら、最初の客がお前とは……」
「そう言わんでくれよ、チェルシー婆さんや」
「ふん! 最近とんと飯を作りに来もせんで」
不機嫌そうな鼻息を俺に返してくる。
「どうせしこたま貯めた金で、食べ歩きしているんだろ」
彼女の口が閉じた……。
「で、何のようじゃ?」
さも一見さんお断りとばかりに、彼女は問いかけてくる。
「悪いが、この子に人間の姿に見せかけられる偽装魔法を掛けて欲しい」
馬耳東風……しれっと用件を伝えた。
「日数は」
フードを脱いだリザードマンを見ても、彼女は全く顔色を変えずに話を進める。
「話が早くて助かる、二ヶ月だ」
「馬鹿いっちゃあ、いけないよ。魔法の効果は一月だ……金貨二十枚。切れそうになったらまた来ておくれ」
「姉さん、少しまけてくれよ」
「なっ……金貨十五枚じゃ」
意外というか何というか……まさかまけてくれるとは思っていなかったので、刻々と頷くしかなかった……。
「この魔法を彼女に施すのに、少々時間が掛かるぞ」
「ああ、問題ない」
「では、ハンバーグを用意して待っていろ」
「しっかりした姉さんだよ」
そう言って、俺はスカーレットを店に預けて、食材を買いに行くために市場へ出かけた――
* * *
「ただいま~~」
沢山の食材を抱えて薬屋に戻ると、一人のお客が居た。
「すいません……買い物を店主に頼まれていたので」
そう言って、彼女の後ろをすり抜けようとした。
「人間に謝られるいわれなど無い」
真っ直ぐに腰まで伸びた美しい金髪の少女が毒を吐いた。
「おっちゃんよ……この子はスカーレットじゃぞ」
店の奥からチェルシーが顔を覗かせ、そう言った。
「なっ!? 王女様かよ!!」
俺は驚きで目を見開く。
「大きな声を出すでない、五月蠅くてかなわん。術も完璧なのでお代を早く払っておくれ」
「いやいや……魔法を頼んだのは俺だけど、こんなべっぴんさんにしたら意味が無いわ。これでは目立ってしょうがない」
「彼女にかけた偽装魔法は、本人の本質に左右されるのじゃ。おっちゃんから見れば、彼女の元の顔は、他のリザードマンと同じに見えるかもしれないが、スカーレットは種族の中ではとびきりの美人ぞ」
「はあ……じゃあチェルシーが婆さんに見えるのもそういうことか」
「馬鹿者! わしは若いし美人じゃ! 面倒くさいので説明は省くが、違う魔法を使っておる」
俺は彼女に納得出来ないという顔を作った……。
「まあ、婆さんがそう言うなら仕方がない。今から飯を用意するから台所を借りるわ」
荷物を担ぎ直して部屋に上がった。
「プリンは多めに用意せいよ」
「冷やす時間がないから作るつもりはなかったんだが……」
彼女に聞こえない声でぼやいてみせた――――
――――「用意出来たぞ」
食卓にハンバーグの山とバケットを大皿に積み上げて、彼女たちを呼んだ。
「結構時間が掛かったのう……もう腹ぺこじゃ」
「俺の腕はもうパンパンに腫れて、明日は使い物のにならないわ」
と、笑いながらうそぶいた。
「頂くとしますか」
彼女はハンバーグを自分の取り皿にのせ、食べ始める。
「婆さんは大食漢だから、遠慮しているとすぐに食べられてしまうので気をつけろよ」
「ハハハ、流石のわしも、これだけの山は崩せぬわ」
俺とチェルシーのやり取りを黙って聞きながら、スカーレットはハンバーグをフォークに串刺して、不思議そうな目をしながら口にする。
「んふ~~~、美味しい」
可愛い声を出す。そんな姿をにやにやして見ていた俺に気が付き、金髪の美少女が真っ赤な顔をしながら
「このお味は、もう一つですわ」
そう言い直した。
食器の音がカチャカチャと部屋の中で小さく響きながら、食事の時間は流れていく――多めに用意したつもりの難攻不落のハンバーグの山が、今にも登頂されそうだ。
リザードマンの口は大きいので、彼女の小さく見える口に次々とハンバーグが一飲みされていく光景が、壺の中から飛び出してくるデブの魔法使いのように見えてしまい可笑しかった。
「あー、もう食えん……」
チェルシーが腹をさすりながら、幸せそうに上を向いていた。俺は食卓のお皿を片付けてから、再びテーブルに茶菓子とお茶を用意する。
スカーレットは、そのお菓子を直ぐに手を取り食べ始める。
「お前たち……まだそんなに食べられるのか」
スカーレットがチェルシーから視線を外したのが分かった。
「俺は人並みにしか食べてね―し」
一応、反論しておいた。
「そうじゃ、彼女に掛けた魔法について一つ注意しておくぞ。彼女は一応人間には見えておるが、この術は本人の意志に繋がっておる。彼女の感情がもし高ぶれば、リザードマンの本質が現れ、正体がばれるから気を付けておくれよ」
「「???????」」
俺とスカーレットは首をかしげた。
「要は、いつもこの姿をイメージし、人間のフリをして暮らしておけということじゃ。まあ、わしの魔法は素晴らしいので、早々人にばれることは無いはずなので安心するがよい」
胸を軽く叩いて、チェルシーは笑った。俺たちは彼女から魔法に関してのレクチャーをいくつか受け、店を後にすることにした。
彼女との会話は家に帰るまで一切無かった。とりあずスカーレットも大食いする雛鳥の一員として迎え入れなけれならないことに、我が家の調理長として気合いを入れ直すことにした――。
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