第138話 竜の落とし前
「承継の義」が終わった翌日、青銅の塔の周りには、ドワーフとリザードマンたちで埋め尽くされていた。彼らは紙吹雪や花弁を撒き散らし、御子様がいつ現れるのか今か今かと待ちわびていた。
塔の中では、竜族が集まって、御子様の誕生を祝う盛大なパーティーが執り行われている。主役のソラは、次から次へと挨拶に来る竜たちに、可愛い笑顔を振りまいていた。その姿を卵から見守ってきた関係者たちは、嬉しさのあまり涙が止まらなかった。
竜王と竜妃に挟まれて、幸せに包まれているソラの姿を見た竜たちは衝撃を受けていた。魔王に破れて百年、食文化に溺れていた事に、彼女を見て気づかされてしまう。ある者は、失った自分の息子のこと。またある竜は親友だった友のこと。ここに集まっている殆どの竜は、某かの近親者を戦いで失っていた。ガルシアもその中の一人であった。嬉しそうに振る舞う。竜王と竜妃を見ながら涙がこみ上げてくる。警備を任されている彼は、仲間に声を掛けて持ち場を離れた。
青銅の塔の突き出たバルコニーから、竜王の肩に担がれたソラが現れた。御子を一目見ようと集まった魔人たちのボルテージが一挙に上がった。「おめでとうございます」「御子様万歳」様々な喜びの声が沸き上がる。それに応えるように、ソラは小さな手を振って彼らに応えた。この塔にの中に入れなかった竜族たちも、彼らと一緒に喜びを分かち合っていた。
私が御子様の警護の一人として指名されたときは、我が耳を疑った。両親は小さい頃に魔王に殺されたので、うっすらとしか顔を思い出せない。ただ、両親を知っている竜からは、よく似てきたとからかわれた。竜族の中で自分が選ばれた理由を聞くと、一番若いからだと教えられた。そんな私が卵を抱いて空の散歩に出かけたあの日、事故が起こった。
ここで本来ならば、
私たちは、御子様が落ちたと思われる場所を何度も何度も探し回った。しかし卵は一向に見つからず、捜索は打ち切られることになる。私は涙を流しながら、捜索を続行してくれるように頼んだ。しかしその願いは叶えられないまま、私は竜王様の前で処罰を受けることになった。竜王様は、悲しい顔をしながら、あの日は竜が流されたのはお前だけじゃない、たまたま卵を守っていたのが、お前だっただけの事だと言って許された。
私は自分を許すまで部屋の中で謹慎することしかできなかった。御子様の警護を紹介して頂いた後継人にも合わせる顔がなかった。何日も部屋に閉じこもり、自責の念に押しつぶされそうになる。そんなある日奇跡が起こった。なんと御子様が人間国で生きている情報が飛び込んできたのだ。しかも私はその御子様に会いに行くことを許された。
御子様は人間国で生きていた。御子様を助けた人間の態度はあまりにも不遜で許し難かった。それでも我慢して御子様を守る決意をする。
御子様の友として失格した私は当たり前のように、御子様から許しが貰えるはずもなかった。それでも御子様をドラゴニア王国までお連れ返すまでは、警護を全うしようと思った。「承継の義」を無事に終えた御子様は神々しく、その隣に自分が立てなかったことに苦しみを覚えた。塔の周りで警護している私は、こっそりと持ち場を離れる……。
百年前の戦争で亡くなった竜族の名前を彫った碑の前で、私は両親の名前を見付けて指でなぞる。そして膝をつき頭を下げた。
「父上、母上、 恥を掻かせて申し訳ありません」
腰に掛けている刀を首に当て、力を入れた――
「大馬鹿者っっっっ!!」
首に当てた刀が、弾き飛ばされる。
「ガルシア叔父様が何故ここに!?」
「そんなことはどうでも良い! お前は何をしようとしてるのか分かっているのか」
憤怒の顔で睨みつける。
「もう私には死ぬしかないのです。叔父様にも大恥を掻かせてしまい、最後に御子様のお世話を任せて頂いただけで十分幸せでした」
「クラリス! お前の価値はそんな安い物ではない!」
そう言って、私に一枚の証書を手渡した。私はゆっくりとその証書に目を通す。
「そ、そんな……」
両手に持った証書がブルブルと震えた。
「私が死んだら……ソラ様が人間国に行かれると!?」
「そうだ! そんなことになってしまえば、それこそ竜王、竜妃様に顔向け出来ん」
「こんな馬鹿げた内容を……誰が……」
次の瞬間、全身が総毛立ち、私の頭の中には一人の男の姿が浮かんだ。しかしそれを打ち消そうと何度も試みた……。
「分かっておるだろうに、おっちゃん殿だ!! あの御仁にお前は、二度も救われたのだ」
「んあーーーーーーーーーーーーーんっ」
私は叔父様の胸の中で、息を殺して泣きじゃくった。
「クラリスよ……この借りは、どれだけ頑張っても返せそうにないぞ」
私の頭をなでながら、叔父様は苦笑いをしていた。
「全てを投げ打ってでも、借りたものは返して見せます!」
「どうやってかえすのやら」
ガルシア叔父様が私の言葉を、変に勘ぐった事に気が付いた。
「そ、そういう事ではありません!!」
否定しながら、おっちゃんと一緒に酒を飲んだことを思い出し、顔が赤くなった。
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