第130話 ドラゴニア王国【其の一】
我が家の前に二匹の竜が今か今かと、御子様の来るのを待ちわびている。そんなことは知らなかった俺たちは、ソラを抱えて玄関で別れの挨拶を交わす。
「行ってくるから」
ルリとテレサに一時の別れを告げた。
「……ソラ、元気でね」
「ここがお前の家だからな……」
涙ぐむ二人をよそに「きゅぴぴぴ」と、いつもの調子で挨拶を返すソラだった……。
「さあ、行きますか!」
そう言って、レイラは俺の背中を気合いを入れろとばかりにバシンと叩く。
「おっちゃんを守ってくれよな」
彼女はプッと吹き出し、大きく頷いた。
「どれだけ待たすのか! 早く御子様と一緒にガルシア様に乗ってくれ」
赤竜の倍以上の大きさな青竜が、腰を屈めて俺たちを待っていた。
「転移魔法じゃないのかよ!?」
俺はまさか竜に乗せられ旅立つとは考えもしなかった。数時間でドラゴニア王国に着くと聞かされたが、どれだけ揺れるのか想像するだけで酔いそうになる。早く乗らないかと急かされてしまい、俺とレイラはその竜の背にある荷台の上によじ登った。
「俺たちを落とすんじゃないぞ」
表情を強ばらせながら、ガルシアに声を掛けた。
「魔法のシールドを張っているので、心配する必要はない」
フラグが立ちそうなので、御子の卵はどうして落ちたんだと言うのを止めにした。
「あっ!? 家の鍵を忘れてきた」
俺はズボンと服のポケットをまさぐって鍵を探したが出てこない。
「オレが自分の鍵を持っているから大丈夫だ」
そう言って、荷台から降りようとした俺をレイラが止めた。
そうこうしているうちに、目の前で大きな翼が羽ばたき宙に上がる。大空に上がった青竜は雲を切り裂くように前に進んでいく。不思議なことに風圧も揺れもなく、飛行機の中にいるような快適な乗り心地だった。
レイラとソラは荷台の窓から、かじり付くように外の景色を見ている。
「雲の上に乗れそうだな」
レイラが子供のような感想を言ったので
「飛び降りたら跳ねるように動けるぞ」
「下ろしてくれと頼もうかな」
冗談のつもりで言ったが、彼女は信じてしまった……。荷台から地上は見えにくかったので、景色を見るのを飽きたレイラとソラは暫くすると、イビキを掻きながら眠ってしまった。俺も月一で会議に行くために乗っていた、飛行機を思い出しながら目を閉じた。
* * *
「おぃ、もうすぐ王国に着くから起きてくれ」
ガルシアの声が荷台に響く。
「うにゃぁ~、もうこれ以上飲めないや……」
俺は口から涎を垂らして、寝言を言っているレイラを揺り起こした。
高度が徐々に低くなり、地上の景色が見えてきた。大きな建物が碁盤の目のように規則正しく広がっていた。その中心には赤銅色の、巨大な光る塔がそびえ立っている。俺たちを乗せた青竜は、その建物の近くにゆっくりと旋回し降り立った。
荷台から降りると、あれだけ大きかった青竜の身体がみるみる小さくなり、俺たちの知っているガルシアに戻っていった。
俺たちは彼に案内されるまま青銅の塔に着いた。塔の入り口には、衛兵は立っておらず、すんなりと扉を開いて入ることが出来た。
塔の中は思ったよりシンプルな作りで、調度品も少なく竜王の住まいかと訝しむほど、何もない空間が広がっている。その部屋の奥から二列に並んだ集団が現れた。その中でも一団の先頭に立って、ひときわ目立つ男がいる。ブルーの生地に金糸で幾何学的な紋様が描かれた服を身につけた、端整な顔立ちの男がこの国の王だとすぐに気が付いた。
その男の容姿は、エメラルドグリーンの髪の毛が腰まで伸びており、ガルシアとは正反対の線の細い体型をしている。
ガルシアとクラリスは、俺たちを挟むように、その集団が近づくまで待つように合図を送る――――
「ガルシアよ、待ちかねたぞ!」
「御子様と命の恩人を連れて参りました」
そう言って、彼は頭を垂れた。
「遠いところまで我が子を連れてきて頂き礼を言う。我が名は竜王ガルムそして隣にいるのが竜妃シグレと申す」
二人は俺たちに頭を深々と下げてきた。
「俺の名は静岡音茶、おっちゃんで名が通っている」
「オ…、私はレイラと申します」
「キュピピピーーー」
ソラも自分も忘れるなとばかりに、鳴き声を上げた。
「ああ……生きてたのね……」
竜妃が震える両手を広げソラに迫る。俺は彼らにかまそうと色々な言葉を用意していたが、彼女の姿を見て全てが吹き飛んでしまう。
「抱いてやってくれ」
彼女にソラを渡した……。ソラは嫌がりもせず、竜妃の胸に抱かれ甘えだした。その姿を見ながら彼女は涙を流しながら笑っている。そして、竜王もまたソラに手を掛け、嗚咽の声を漏らしていた。やがて堪えきれなくなった二人のむせび泣く声が、塔の中に静かに響き渡る――
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