第103話 小さな英雄
家から出ると近所のガキたちが俺を取り囲む。その中のリーダー格のひとりが声をかけてきた。
「おっちゃん、そろそろ庭の雑草が伸びてきてると思うのだけど?」
「みんなできっちり分けるんだぞ。ちびたちも仲間外れするなよ」
俺は懐から小袋を取り出し、彼に銅貨を数十枚手渡した。
「わかったよ! おっちゃんが帰ってきたら、庭がビックリするぐらい綺麗になっているはずだぜ」
「そうか、しっかり仕事をお願いするわ」
そういって、ガキの頭をなでてやった。周りのガキたちから歓声が沸く。時々、近所のガキたちが、小遣い目当てに庭の草刈りや雑用を押し売りしてくるのだ。この周辺の住人の中に、裕福とは無縁な子供たちが混じっていた。
ここで住んでいるおっちゃんは、彼らから見れば勝ち組にはいる。いい年したおっさんが、金回りの良い冒険者を続けている姿を見ているので、貧困層の小さな希望になっていた。
仕事の単価で言えば払いすぎだが、懐いてくる子供に嫌とは言えないおっちゃんであった。ただ、彼らが冒険者になったときの先行投資でもあると、打算的な思惑がないとは言えなかった。
口笛を吹きながら山には入る。今では、卵を抱いたまま薬草狩りを続けても、普段と同じぐらい動けるようになっていた。茂みを掻き分けながら、薬草が群生する穴場を目指す。少し勾配のきつい斜面に息を切らしてソリを引く。やがて薬草が群生する開けた場所へ抜け出た。
薬草を十本、二十本と簡単に狩り取っていく。こういう日は、経験則上、危険に出会う確率が高かった。黙々と薬草を狩り集め袋が大きくなると、緊張感が薄れてくる。開けた場所で薬草を狩っていたので、小鬼の接近に気が付いたときには、どこにも逃げ場がなかった。
群れの数は六匹、もし仲間を呼ばれたらかなり分の悪い戦いを強いられるだろう。そこで俺は自ら小鬼との距離を縮めていく。小鬼は俺を格下と思ったのか、全く逃げる素振りを見せない。俺は薙刀を握りしめ、一番大きな小鬼の頭をめがけ刀を振った。頭部に刀が入り、小鬼が後方に倒れる。周りの小鬼は、まさか一撃で倒されるとは思いもしなかったようで、動揺し直ぐに攻撃してこない。俺はこの機を逃さずに薙刀を上下に振り分け、もう一匹を片付けることに成功する。
小鬼が牙を剥いて威嚇してくる。四匹同時に攻められれば、まだ危険な状態には変わらない。長い薙刀の利点を生かして、懐に飛び込ませないように刀を振る。俺の間合いにうかつに踏み込んできた小鬼の足をばっさり切り裂いた。小鬼もただ殺されるほど馬鹿な生き物ではない。三方に飛び散り俺の死角を狙い定めた。
グルルと低い唸り声をを出しながら、小鬼が飛びかかってきた。
身体が不思議とよく動く――小鬼の腹に刃が食い込む。もう一匹の小鬼を手甲で受け止め、力で吹き飛ばした。しかし、小鬼の持っていた木の枝が腹に食い込んできた。やられたと、一瞬思った。木の枝でも腹を切り裂かれれば致命傷になる。しかし大きな衝撃があったものの、身体が何故か動いた。
小鬼の腹に突き刺さった薙刀の刃を素早く抜き取り、棒を持った小鬼を横から切り裂いた。吹き飛ばされた小鬼は完全に戦意を失い、その場から走り去ってしまった。俺は卵で腹が傷付かなかったことにようやく理解出来た。
血溜まりの中でまだ完全に死んでいない小鬼に、止めの刃を順次に入れていく。完全に動きが止まったのを確認してから、小鬼の腹から魔石を取り出した。
満身創痍になりながら、なんとか小鬼を蹴散らした。
腹に巻いた卵が激しく震える。俺は息を整えお腹をさすると、不思議と震えが治まってくる。妊婦がお腹の胎児の様子を気にするような事を、自分がしているのに苦笑する。
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