第102話 優しい時間
「なーおっちゃん! ちゃんと聞いてるのか?」
レイラは酒を飲みながら、俺にくだを巻く。
「聞いてるぞ……今、受けている仕事に不満があるんだろ」
「そうなんだ! 警護依頼は別に嫌ではないが、依頼者は魔獣を見たら逃げろと言うんだぜ。冒険者は戦ってなんぼだろ」
それにどう答えていいのか少し悩んだ末に
「まあ、戦って怪我をするより効率的だな」
「それならもっと下のランクの冒険者でも出来る仕事だ」
レイラの言わんとすることが分からない訳ではない。要は暴れ足りないだけなのだが……。
「依頼者はお前たちに安心を担保して貰って、作業を進めてると思うぞ」
そう答えながら、俺は酒を口に運ぶ。
「まあ、それを言われたら嫌とは言えないけど……魔の森の地図をつくって何になるってんだ」
レイラは納得いかない顔を作った。
「冒険者に凄く役立つ仕事じゃないか!!」
「ハハハハ、この地図はギルドには見せないらしいぞ」
「きな臭い仕事だな!」
「だな」
酒飲みの会話は何処に飛ぶのか分からない――
「そういやおっちゃん、卵を産むって聞いたけどマジ?」
「まったくの嘘ではないな」
「ガセネタじゃあなかったのか!! 」
思わず声をあげる。
俺は腹に巻いた卵を取り出した。
「何、これ!? 」
レイラは愕然として目を見開いた。その直後、腹を抱えながら笑い転げた。
「卵を拾ったから、孵化させようと暖めてるのよ」
「卵ではなく石だと思うけどな」
疑いの目で卵をじっと観察する。
「たまに殻をコツコツ叩くぞ」
「みせて、みせて」
子供のような人懐っこい仕草を俺に向ける。
「いや、もう見せてるじゃないか」
「そうじゃなくて」
長い手を伸ばし、俺から卵をひったくる。
「宝石みたいで綺麗だな、でも音などしないぞ」
そう言って、卵を耳で当てた後、卵を上に放り投げて遊び始めた。
「そんな揺らしたら死ぬし、落としたら割れるし」
「落とすわけないじゃないか」
そう言ったとたん、レイラの手から卵がするりと滑り落ちた。『がたん!』と床を大きく叩いた音が鳴り、その場が一瞬、凍りついた……卵がころころと転がる。レイラは、ばつの悪そうな顔をした。
「わ、悪りぃ~……落としちゃった、てへぺろ」
「てへぺろで済ますな!!」
俺は床に転がった卵を慌てて拾い上げ、ひびが入っていないか確認した。卵には小さな傷もなく、胸を撫で下ろした。
卵を身体に当てて包帯を巻き直す。
「それぐらいじゃ、卵は暖まらないんじゃないのか?」
「まあ、そうだけど気持ちだな 」
レイラが俺に近づき耳元で囁く
「こうした方がもっと暖まるよな」
手を俺の首に巻き付けながら、顔を近づけてくる。悪戯っぽい眼差しを俺に向けた。そして卵を巻いた腹の上に、自分の腹を押しつけ二人で卵を挟んだ。彼女の火照った身体で卵を暖める。
「そんなに押すと、卵が割れちゃう……」
俺は乙女のように嫌だと
「それぐらいじゃ割れないさ……」
男前のレイラがそう言って、さらに身体を押しつけてきた。お互いの悪のりに熱が帯びる。卵がカタカタと動き出す。
「だめっ……あ、赤ちゃんに見られちゃう」
「それなら、これはどうだ」
レイラは上下に腰をグラインドさせる。二人の温もりが卵に伝わり、卵が答えるかのように打ち震える。
「ふああああ」
攻めているはずのレイラの身体がビクンと弾ける。ここぞとばかりに、彼女の
「や、やめてっ」
口をぱくぱくさせながら哀願する。
「レイラが始めた事じゃないか、可愛そうだから止めちゃうか」
「……や、止めないで……」
俺からの視線を外しながら、小さな声で否定する。彼女を担ぎ、よたよたしながらベッドに運ぶ。精一杯の見栄がばれ、彼女はプッと吹き出した。彼女の髪を優しく掻き上げ、俺も笑う。
優しい時間に溺れながら、ゆっくりと意識を手放す……
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