第101話 十対一
朝起きると身体がだるい。昨日はオットウと酒を飲み過ぎたと反省する。酒飲みの反省など口先だけで、それを改めて酒の量を減らすことはまずない。どうやって家に帰ったのかまったく覚えていなかったが、俺の横には毛皮の服に包まれた卵があった。酔いながらも、卵を暖めることを忘れなかった自分の母性に驚きを隠せなかった。
卵を確認すると何の反応もなく、寂しい気持ちになる。ただ、諦めきれないので身体に巻いて薬草を狩りに出かけた。
いつもと同じ山道をゆくりと進む。倒木に足を取られバランスを崩し、そのまま地面に尻餅をつく。卵をかばって倒れたせいで受け身を全くとれず、あまりの痛さにうめき声をもらした。
腰に巻いた卵から振動が戻る―― 痛さより喜びが勝った。
卵を身体に巻き付け、薬草を狩ることはさほど苦にはならなくなってきた。ただ、鳥みたいに羽毛を使い、身体全体で暖めている訳ではないので、それほど卵が温もっているとは思えない。それでもときおり腹に振動が来るので、何かが孵化してくると思えてくる。自分でも馬鹿馬鹿しい挑戦だとは思っているが、振動が続く限り最後まで面倒を見るつもりだ。
薬草を狩りながら俺が鼻歌を歌っていると、それに合わせて震動が来るときがある。最初は偶然かと思っていたが、お腹に声を掛けると卵が揺れている。何故かは分からないが、卵に手足の突いたRPGのキャラクターを思い出した。
ギルドに戻ると沢山の視線を感じる。新米冒険者が初めてギルドに来たときの、洗礼じゃあるまいしと周囲を見回した。するとギルドにいる冒険者たちが、俺を見てにやにや笑っているのに気が付いた。
知り合いの冒険者が、俺の肩を叩きながら声を掛けてきた。
「俺はおっちゃんを応援するぜ!!」
何を応援されているのかさっぱり分からなかったが
「よろしくな」
と、適当に返事を返した。しかし、またもや顔見知りでもない冒険者から声が掛かる。
「期待しとるで」
彼に期待されるいわれは全くないので
「ああ」
と、気の抜けた表情で生返事を返す。この後、面識の少ない冒険者から衝撃の一言が発せられた。
「頑張れよ! 俺は生まれない方に賭けたけどよ」
「俺に何を賭けたんだ?」
「ウヒャヒャヒャヒャ……その腹から、ちゃんと子供が生まれるかどうかだよ!」
そこまで聞いて、俺に視線が集まっていた理由がようやく分かった。どうやら、俺が卵を暖めている事を、オットウが吹聴しまくった結果、賭の対象になっていたらしい。恥ずかしさのあまり頭を抱えたくなったが、オッズが気になったので調べてみた。
オッズは十対一で、圧倒的に卵は産まれない方に賭けられていた――
軽い気持ちで始めた事だが、変人指定されたことに落ち込む。冷静に考えると、卵を暖めるおっさんなんて、奇異の目で見られて当然だ。しかし、腹の中で動く卵を外す気にはなれなかった。
人の噂も七十五日という諺があるが、冒険者の面白話など、三日もすれば新しいものに書き換えられる。とりあえず今の現状を甘んじて受け入れ、話題が消えるまで我慢するしかない。ぽっこりと膨らんだお腹をさすると、俺を慰めるかのように、卵がコツンと反応した……。
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